第157話 本当は、(後編)
「新人類……?ってか成損ねたって────」
「……Dr.タカイワ。」
「俺をこんな…………こんなのにした奴の名前だ。」
「理貴……。」
「あの日何があったのか、お前には話をしておきたいと思う。」
頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「それは、突然だった。」
「6時半────晩御飯を食べるのはいつもその時間だったから、よく憶えている。」
「俺と父さんは、リビングで母さんが料理を作り終わるのを待っていたんだ。
『学校は楽しかったか』『サッカーは上手くなったか』『好きな子はできたか』他愛もない……くだらない……そんな話だった。」
「けど、本当に突然だったんだ。
その……最初は────母さんだった。」
「父さんが母さんの名前を呼ぶんだが、返事がないんだ。」
「その日は、土砂降りの雨が降っていたんだ。
けれど、隣の部屋から返事が聞こえないなんて有り得ない。
不審に思った父さんは、母さんの様子を見に行ったんだ。」
「そのまま、帰ってこなかった。」
「俺は待ったんだ。」
「うん、怖かったんだ。とても。
だから、父さんが、母さんが『僕』を呼ぶのを待ってたんだ。」
「でも全く、あんなに煩かった雨の音もしないのが不気味で、怖くて耳を塞いだんだ。」
「だから、肩を叩かれた時、僕はとっても嬉しかった。」
「こんばんは。お邪魔しているよ?」
「想像したくなかった。」
この男は誰だ?
父さんは?母さんは?
なんでここにいる?
僕はこのあと、どうなる?
「因みに君は────流れ星を見たかな?」
あっ。くらい。
「次に目を醒ましたのは、妙に広い空間だった。」
「そこには窓がなくて。けれど眩しいほどの照明のお陰で明るくて。そして、あの男がいたんだ。」
「おはよう。早起きは健康体の証だ。それだけで君をここに連れてきた価値がある。」
そんな感じでその男は話し始めたんだ。
僕は、その男に沢山聞きたい事があった。
父さんは、母さんはどうなったのか。
ここはどこなのか。
あなたは誰なのか。
「でもな、声に出せなかったよ。俺は、なにも。
聞いておけばよかったと後悔している。
けれども、怖かったんだ。」
でも、その内の一つは、男が勝手に喋ってくれたんだ。
「僕はDr.タカイワ。人類をさらなる高みへ導く、科学者だ。」
そういって、男は爽やかに笑ってみせた。
そして、俺は……僕自身の状態をやっと確認したんだ。
「四肢の関節ごとに、太い金属の拘束具か付いていて、少しも体が動かない。
そんな脱走を試みようとする俺を、奴は貼り付けた笑みで観察ていたんだ。」
恐らく俺がまだ能力者として覚醒していないか確認を取りたかったのだろう。
満足そうに鼻を鳴らした奴は……そのままゆっくりと話し始めた。
「生物は……いつか、『進化』をする。それこそが現在の生物が多様性を発揮している理由だからね。」
「けれど、それは蕾が花開くよりもずぅーっと遅い。
僕が待つってのも、まぁ悪くない。
ただ……それってゴリ押しというか、華がないよねぇ。
しっかし、失礼じゃないか?この僕に対して『進化』なんて面白い題材をお預けするなんて。」
「そんな時に、僕が知ったのは『異能力』だ。
うん、願った事を叶えられる『異能力』が発現するってアレ。
そう、流れ星の降ったあの日、僕にも発現したんだよ。『黙らせる能力』がね。静かだったろう?もちろん僕の能力のおかげさ。」
「そこで、ピンと来たんだ。これが、『進化』だって。
つまり、君には今から『異能力』を発現してもらう。それが被実験体たる君の役目だ。
わお!華形だよ!」
「何を言っているのか分からなかった。
ただ、自分がどうにかされるって事だけがひしひしと伝わってきて、とても、怖かった。
あまりに怖いから、必死に口を噤んで、どうにかこの嵐が過ぎ去るのを待ったんだ。」
「うん、君。静かだね。いいよ〜ガキの癖に静かなのは将来有望だ。こいつは幸先がいいぞ。
きっと今回は成功する!」
「……………………!!!」
「僕はね、度重なる実験で発見した事があるんだ。
『夢見たものになること』より、『喪失したものを取り戻す』方が能力に現れやすい。」
「わかる?あのね。サッカー選手になりたい被実験者が居たんだけどね、そいつの聴覚を奪ってみたら、聴覚をリカバリする『異能力』が発現したんだ!
すごいよねぇ。サッカー選手になりたかったハズなのに、サッカーと関係ない『異能力』が発現したんだ!!これは興味深い。」
「それでね。もう、五感はそれぞれ試しちゃったから、今度は全部だ!おめでとう。君にはきっとすごい能力が発現するぞ!」
「震えて声も出なかったよ。奴が医療器具を手に取った時も、それが顔に近付いてくる時も。」
「ほーら、目だよ!けれど、まだ能力を発現させちゃだめだよ?麻酔が効いていても、味覚あたりで能力が発現しちゃう子が多いんだ。
そこまでは何をされてるか理解が及んでないと、僕は考察しているんだけどね?」
声の感じから、男が興奮している事が分かった。
「嗅覚ともさよならしよう。これを飲んでみて、副作用で癌が治っちゃうけど、君には関係ないよね?」
「次は触覚と味覚!神経系を破壊するよ!脳にダメージが行かないように脊椎を切るんだ。」
「最後に聴覚だ!遂にここまで来たね。まだ能力が発現してないって信じてるよ!」
そこで、俺は初めて声を出したんだ。
追い詰められて、追い詰められて、あともう少しのところでようやく、俺は声を出したんだ。
…………どうせなら、このまま黙っていれば、簡単に死ねたのにな。
「とう…………さ……………………かぁ……さ………………。」
「ん?あぁ、僕は耳が良いからね。聞こえるよ。
父親と母親だね?いつ聞いてくるかなって思ってたんだけど、大丈夫!!」
それを聞いて、俺はとても安心したんだ。
こんな状況になって、こんな姿になって、それでも、父さんと母さんの無事を聞けると思って安堵したんだ。
「綺麗に殺しといたから!お葬式に困らないようにね。」
上り詰めた山から、突き落とされた気分だった。
「おやおや、突然五月蝿くなっちゃったね。
……華がないなぁ。おっと、早くやらなきゃ。おりゃ。」
そして、俺は五感を喪った。何も感じない。何も分からない。そんな、まるで何もかもが黒く塗り潰された世界に放り出された俺は、絶望はしなかった。
逆に、この男に復讐してやるという気持ちが湧いてきたんだ。
(力が、ほしい。)
「…………やだなぁ、怒ってるの?
普通は感謝するでしょ、泣いて喜ぶでしょ?全く野蛮だ。華がないなぁ。イメージ、ダウンだ。」
はじめに取り戻したのは聴覚、次に触覚、味覚、嗅覚、視覚。
正確には、それらを感じる様に適応した。
また、それが能力によるものだと、俺は本能的に理解していた。
「…………ん?おいおい、新入者!?ったくこれからが本番なのに!華がないなぁ!」
そして、この日俺は初めて能力を発動し────
「……ん?嘘だろ?!なんてこった…………。」
──生きるのを辞めた。
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