第1話 転移失敗
「疫病神」「疫病神」「疫病神」
老若男女問わず、皆が彼を否定した。
耳を塞ごうが眼を閉じようがーーーー
ーーー朝、小鳥達が唄を口ずさむ、この時間。
アナログに音を刻む置き時計のベルが鳴る。
「ぐっ………うぅ……あぁ……」
彼は、普通の高校生、天野優司。
この作品に於ける主人公である。
彼の顔に朝日が射した。
「…はぁ……またか!?」
洗面台に向かい、歯磨きと洗顔を済ませる。
サッパリ目が覚めた彼は、食事を摂る為に一階へ向かう。
「あっ!おはよー!」
…彼女の名は、亜流玲音
彼、優司の幼馴染である。
「…ベランダから不法侵入するのは、まだ許せるよ。」
早くも彼が普通の高校生である、その事に信憑性が無くなってしまったが、彼は気にしない。
自分だけで区切れば、まだまだ普通の枠に居られると考えているのだろう。
「カーテンは閉めてくれ、眩しいからさ……な?」
顔を洗ったところで、やっぱり眠気は全く変わらなかった。
この方法には個人差があると思う。
「そんな事言う奴は〜朝飯抜き〜!」
フライパンに乗っていた目玉焼きを、空中で一回転させ、そのまま口の中に放り込む。
非常な現実に、気怠げな気分は消失した。
この主人公、もしかしなくても不憫である。
「んなっ!?そ、そんな……」
結局、自分で焼き直した目玉焼きと、オマケのベーコンを乗せたパンを同じ食卓で食べた。
幼馴染の女の子とお食事できるのは普通ではないとこいつは早く気付くべきだ。
そんなこんなで、そろそろ登校しなければならない時間になった。
優司の着替えシーンは誰得なのでカット。
「ゆーじ!!遅いよー?」
一足先に玄関から出ていた玲音が手を振る。
因みに彼女の家は、彼の家の右隣である。
「玲音が早いだけだと思うんだけどなぁ…?」
そう言いつつ早歩きをして、なんとか追い付く。
「いーや、いっつも遅いのはゆーじだよ!!」
春の太陽すら霞む、この笑顔。
幼馴染にこんな表情、男ならドキッとしそうなものだが………まぁ、理由はその内わかる。
「今日から二年生か〜」
「クラス替え楽しみだねー!」
優司がそうぼやく。
相変わらず玲音はニコニコしていた。
ーーーと、向こう側から、見知らぬ女性が歩いて来た。
「…うわっ」「おおっ!」
その女性が、見知らぬ人である事に問題は無い。
女性と、二人がすれ違う。
「ねぇねぇ、ゆーじ!」
玲音が肩を叩く、優司は、どこか諦めたような表情を浮かべ、溜息を吐いた。
「あの人!白色だった!可愛いーー!」
ーーー白色、それの意味する所は、あの女性の履いている『アレ』が、白だったという事を意味している。
「おう、そうだな。」
背後の女性が、驚き、スカートを抑えた。
それだけで玲音の言った事が、本当であると理解する。
「お前は変わらないな、本当に。」
「勿論!これが玲音ちゃんスタイルーーー
ーーあっ!みんなおはよー!」
元気に挨拶をする。
登校班の小学生に。
流石に、小学生のぱんつを見はしないだろう。
そう思った読者の皆様、彼女を甘く見過ぎだ。
「「「「「れなおねーちゃん!おはよーございまーす!!!!」」」」」
小学生達が元気に挨拶する。
…女性の下着に対する、過剰な興味を除けば…容姿端麗、成績優秀、天才少女、大和撫子、etc…というように、彼女がエベレストの天辺に咲く花である事が分かるだろう。
「みんな!元気でよろしい!頑張ってねー!」
ハーイ!という元気な声を後ろに、彼女は語りかける。
「白、水色、クマさん、白、ネコ、ピンク…いやー!小学生って素晴らしい!」
こんなセリフも、美少女である影響で、ご近所さんには、「小さい子にも優しい」という評価を得ている。
ずるいね。
「…ほどほどにしとけよ?」
「えー?1回も2回も100回も一緒よ?」
優司は、彼女のこの性癖を、半ば諦めている。
勿論、下着の色が聞けるからではない。
寧ろ、幼少期から聞かされた結果、下着になんの興味も持てなくなってしまった。
無理矢理止めようとしても、恥ずかしながら玲音には何をやっても勝てないのだ。仕方ない。
そんなこんなで、校門が見えてきた。
玲音は、着くまでに20人位の女性の下着の色を教えて来た。
…なんと、これでもマシな方だ。
「私立炉洞リベド総合学園…か。」
山の頂上周囲にあるこの学園の略称はロリペド学園。
何度もこれでおちょくられた。
彼のアダ名が一時期ロリコンに変わったのも、この学校の所為だ。
「この世界への入門者よ!!我々は貴様らを歓迎するぞ!!ふはははははは!!!」
壇上で、小学生が話している………と言うのは嘘だ。
実際は、身長が低い+幼児体形の上、ゴスロリファッションをキメた校長先生がそこに立ち、黒歴史を量産しているだけだ。
因みに、一部の生徒は彼女の事を『闇堕ち幼女』やら『孤高のばらぐみ』、『禁断のりんご組』とか言っておちょくったりする。
そして、一年の時と同じ先生が教卓に立ち、義務的な話をする。
…あえて、今日の良い所を挙げるとすれば、始業式だったので、すぐに帰る事ができた事だ。
クラスに玲音含む友人が数名、知り合いは半分程度存在している事に安堵し、とっとと帰路につく。
玲音は、折角早く帰れるので、近くのショッピングモール、『マリーゴールド』で、服屋の店員を装い、店に来た女性の下着とスリーサイズを、合法的に測って来るらしい。
「…あの店、潰れないと良いなー」
まぁ、玲音は見た目も、接客も上手いので、店の損にはならないだろう。
気付けば、家の前まで来ていた。
「ただいま〜」
帰ってくる声は無い。
兄弟は居ないし、母は5年前に、トラックに轢かれて死んだ。
父は…「お父さんな、お母さん探してくる」
そう言ったきり、帰ってこない。
口座に入金はされているので、死んだわけじゃないらしい。
妙に静かで、嫌になる位広い。
そんなだから、俺はこの家が嫌いだ。
口には出さない、唯一の家族との思い出が、穢れる様な気がするから。
「はぁ〜………2年生になっても、なんにも変わんなかったな」
まるで、玲音という主人公のオマケ。
ただのモブ、そう言うに相応しい自分が…
変われなかった。
……いや、変わろうとしなかった自分が、果てしなく情けない。
「…ほら、俺はこういう奴だ」
すっかり慣れた自己嫌悪ループから、無理やり抜け出し、ベットに転がる。
「あぁ…こういう時は寝るに限る…」
深い、眠りに落ちた。
陽気に触れているからか、普段よりも安らかに眠りに没頭した。
突然、妙な浮遊感を感じた。
ベットから落ちたのか………
「………?」
しかし、痛みだけはいつまで経っても訪れない。
もどかしくなり、目を開けた。
「…………………は?」
ベットを中心に、円形の幾何学模様……所謂世間一般的な魔法陣である。
そう、近頃よく見る異世界転生のテンプレ。
『普通』の主人公が『異世界』に転生する。
「これってーーー」
視界が、虹色に染まる、痛くはなく、包むように優しい光。
「勇者様!!異世界へようこそ!!!」
王女の風貌をした少女が、勇者を歓迎するように、両手を広げる。
「…………………………」
だが、普段ならば一瞬で消える筈の光が消えない。
少女も、お付きの衛兵も軽く困惑した。
そして、やっと光が晴れた時……
「………え?……そ、そんな…!!」
誰も、誰一人そこには居なかった。
ジリリリリリリリリリ!!!
またもや置き時計が、起きる時間を激しく主張する。
「……うるさい!!!」
いつもの力加減で、ベルを止めたつもりだった。
…なんと、まるで自動車を、圧縮機にかけた様に、置き時計がブッ潰れた。
それだけではない、置き時計を置いていた棚が手の形に凹み、歪んだ。
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ???!!!!?!??!?!!!!!」
「どうしたのゆーじくん?反抗期ー?」
こんな時にだけ勘のいい幼馴染。
世界の仕組みを軽く恨んだ。
「なっ!?なんでもないぃぃっす!!!ちょっとね!!!コケただけ!!いったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!あはははははは!!!!」
我ながら、酷い演技力だと思う、なんとか誤魔化せるといいのだが…
「まさか…頭打ったの!?大丈夫ーー!?」
訂正、かなり勘が悪かったようだ。
ほっと一息吐く。
「来なくていい!!!大丈夫!大丈夫だから!!あははははは!!!!」
どうやら、彼は普通の主人公ではなくなってしまったらしい。
初めての方ははじめまして。
そうでない方はこれからもよろしくお願いします。