イワン本紀4 イワン殿下の九宝玉
イワンのもとに、九人の絶世の美女がやって来てから。
イワンは、夜毎、順番にひとりずつ、おのれの居室に招いた。
最初に呼ばれたのは、九人の中で最年長のエヴァだった。
居室では、イワンの対面に、イワンが座しているものと同質の椅子が用意されていた。
そこに座り、イワンに促されたエヴァは、その日に至るまでのおのれの人生を、亡夫との出会い、恋、夫婦であった日々、そして別れをも含めて、涙を交えながら語った。
イワンは、何も語らない。ただ、静かにエヴァの話を聴き続けた。
語り終えると、イワンに誘われて、ベッドをともにした。寛いだものではあったが着衣のまま、一夜、イワンの胸に抱かれた。
イワンは、何もしなかった。
居室に入ったとき、エヴァは、緊張の極みにあった。
が、話を続けているうちに、その緊張感は無くなっていった。
そして、イワンに静かに抱かれた一夜、エヴァは、かつて夫にも感じたことのない安らぎ、絶対的な安心感と幸福感に包まれたのだった。
次の夜はデオドラが、その次の夜はトミ(富)が。
最年少のシャオリン(小鈴)が、居室に呼ばれるまで、同じことが九夜、繰り返された。
九人の中で、再び居室に呼ばれたものは誰もいなかった。
九人の美女は、みな分かっていた。
これは一夜限りのことであると。
だが九人は、そのまま、イワンの居室が存在する皇宮の一角にとどまった。
人びとは、彼女たちを、「イワン殿下の九宝玉」と称した。
帝国ホアキンの民びとにとって、ホアキンは、世界と同義であり、草原は、自らの世界とは異なる領域という意識しかなかった。
だが、様々な部族が雑多に暮らしていたという草原が、突然統一されたという出来事。その統一が、十七歳の若き草原の王子により、極めて短時日の間に成されたということは、帝国において、大きな話題となった。
それはまるで・・・
帝国の民たちは思った。
イワン殿下が成されるであろうようなことではないか。
草原が統一された翌年。
チャガタイの精神が感応した。
ついに、その時が来たか。
チャガタイは、草原を発ち、帝国の都に向かった。
同行したのは、
弟である嫡子オゴタイ。
同母妹クサンチッペ。
教師トクベイ。
そして妻であるマンドハイの四人だった。