チャガタイ叙事詩4 草原統一
草原の部族、柔然の若者に嫁いだマンドハイ。
夫となった若者は、快活な働き者だった。
夫婦のなった翌年、娘トロルトが、その二年後に息子バルスが産まれた。
マンドハイが、娘時代から嫁ぐまで身近で仕えたチャガタイとクサンチッペ兄妹のことを忘れることはない。
しかし、日々の営みは、新たな家族を、マンドハイにとって、かけがえのない存在にさせていった。
夫を愛し、ふたりの子供を愛し、マンドハイは、幸せに暮らしていた。
が、その幸福な日々は突然終わった。
嫁してより、六年、夫が亡くなったのである。
病いのためであったが、急死だった。
マンドハイは、茫然自失した。
葬送の日々が過ぎた。
マンドハイは、再び、突厥に戻りたいと思った。
また、チャガタイとクサンチッペの兄妹のもとに戻りたいと思った。
だが、我が子は、この柔然で産まれ、育った。柔然のことしか知らない。夫の両親も健在である。それは許されることではなかった。
チャガタイが、父である突蕨の汗、キプタヌイが日常を送るゲルを訪れた。
稀なことである。
チャガタイは、父に告げた。
「父上」
「何かな」
「草原を統一します」
キプタヌイは、チャガタイを暫し見つめた。
「草原の統一か」
「それは俺がやろうと思っていた。」
キプタヌイは続けた。
「ホルフェが病に臥したとき、最後まで看取ろう、そして、そのあと、草原の統一に向けて事を起こそう。そう考えていた」
キプタヌイは、やや瞑目したあと、再び、言葉を継いだ。
「ホルフェが亡くなった直後、お前は変貌した。何があったのか、俺には分からぬ。俺に分かることではない、ということだけは分かるような気がする」
この言葉を聴いても、チャガタイは、何も言わなかった。ただ、黙って、父の顔を見続けた。
「変貌したお前を見ていると、草原の統一などということを考えること自体、馬鹿馬鹿しくなった。そんなことは、どうでもいい。お前という人間を見ているほうが、余程大切なことだ。そう思うようになった」
ここまで話して、キプタヌイは、あらためて、チャガタイを凝視した。
「草原の統一か。お前がそのようなことを言い出すとはな。何があった」
「私には会わねばならない人がいます」
「ん」
「その人に会うには、草原を横断しなければなりません」
キプタヌイは、暫く、チャガタイを見つめた。
「どうせ草原を横断するなら、ついでに統一しておこう、ということか。分かった。」
キプタヌイは、突厥にとどまった。
チャガタイは、移動を開始した。草原にやって来て一年になるトクベイ、そして、その教え子、嫡子オゴタイは、チャガタイに同行した。
チャガタイが、ナイスケイチャの背に跨がり、宝剣タスをその身に佩いて、草原を駆けた。
草原の部族の首長に、チャガタイは告げた。
「草原をひとつにする。以後は、突厥の命に服せ」
「承りました」
会話はこれだけだった。
チャガタイに異を唱えて応じる首長はいなかった。
それは許されることではない。
首長たちは、それが分かった。
チャガタイの草原横断。それは、草原の全部族に、燎原の火のように、直ちに広がった。
マンドハイもそれを聞いた。
「チャガタイ様が、いずれ、この柔然にも来られる」
マンドハイは、待ち望んだ。
チャガタイが柔然を訪れた。
柔然の首長に告げた。
首長は、チャガタイに従った。
が、チャガタイは、常とは異なり、そこにとどまった。
マンドハイのもとにチャガタイがやって来た。
マンドハイは、ゲルに我が子を残し、見渡す限りの草原の中、ひとり立つチャガタイの元に歩を進めた。
「チャガタイ様」
マンドハイは、涙にくれた。
「マンドハイ、私のもとへ来てくれ」
瞬間、マンドハイは、柔然で暮らした日々を忘れた。
「はい、はい。またチャガタイ様をお世話させていただきます」
「ああ、世話になるぞ」
マンドハイは、泣きながら頷き続けた。
「マンドハイ」
「はい」
「そなたは、チャガタイの妻になるのだ」