共生
女の話はこうだった。
幼い頃両親を亡くし兄と女は二人で暮らしていて、兄は工場で働き女は大学へと通っていた。金は無かったが二人で支えあいそれなりに幸せにくらしていた。しかし兄は一年前に急に手紙に探さないでくれと書き残して消えてしまった。あの優しかった兄がそれだけを残して急に消えてしまうわけがない!警察にも相談したがまともに取り合ってもらえず、悩んでいたところこの事務所を聞きつけてやって来たという訳だった。
「失踪届けは出したのか?」
「出しましたけど警察は探してますとは口先だけで何にもしてくれません…」
「そうか…じゃあまず君とその兄さんが住んでた部屋に案内してくれるか?」
「じゃあ依頼受けてくれるんですか!?」
「やらないっていったらこのまま大人しく帰ってくれるのか?」
「帰りません」
「じゃあやるしかないな」
俺は立ち上がり車の鍵と携帯を手に取りニコと一緒に一階に降りた。
「あらお客さん?珍しいわね」
「誰かさんが休憩に行ったおかげで仕事がもらえたよ」
「じゃあもっと嬉しそうにしたら?」
「そうだな、ありがとよ」
彼女に皮肉を言うと俺達は駐車場の車に乗り込みニコの家に向かった。
「今時ガソリンで走って自分で運転する車なんて不便じゃないんですか?」
「そうかもな、でも電気で走って機械が自動で運転する車ばっかりになるとそれに歯向かいたくなるのが古い人間なのさ」
「変な人」
「そりゃどーも」
ニコが住んでいた家、アパートに着くと彼女と俺は階段を上がり二階の一番奥の部屋の前で立ち止まった。
ここですと彼女は言うとドアノブの上に付いている指紋認証機に親指を当て覗き穴の右に付いている網膜認証機に左目をあてた。
「厳重だな」
「今の時代ついてない方が珍しいですよ」
ピーという音がなると鍵が開き、二人で中へ入った。
部屋は玄関から入ってすぐダイニングキッチンになっており左側にドアを挟んで六畳程の部屋と、もうひとつ奥に襖を挟んで六畳程の部屋、右にユニットバスがついていた。
「兄さんの部屋は?」
「はい。兄…シローの部屋は奥の部屋です」
奥の部屋に入ると中は殺風景で、タンスとテーブルと壁に貼るモニター以外何も無かった。
俺は右のこめかみに指をあてると眼球に内蔵されているカメラを起動した。
「共生してるんですか?」
「今の時代してない方が珍しいだろ?」
いつになってもこの感覚には慣れない。普通の視界が機械的な映像になっていくこの感覚。
まるで自分が人間ではないような機械に乗っ取られたような感覚。
この時代俺のような人間は珍しくない、悪くなった部分を機械で代用し、むしろ元の機能よりも良くなる事に異議を唱えるやつは少ないからだ。
だが共生という名称はどうなんだと思う。
2062年に定まった機械の人権宣言によって機械も人間、生き物ということで人体改造ではなく人間と機械の共生だ!という主張でこの名称になったらしいが…
「どうですか?」
ニコの言葉で我に返る。ボーッとしていた、これを使うと少し疲れるのが悪いところだな…
俺はニコに大丈夫だと伝えると部屋を出て車に乗りアパートを後にした。
「映像を撮るだけで良かったんですか?」
「知らないと思うが警察以外が監視カメラの映像を調べたり専門的な捜査をするのはご法度なんだ」
「でもバレなければいいんじゃ…」
「まあその辺は着いてから話すよ」
「そういえばどこに向かってるんですか?」
「昔の知り合いのとこだよ」
外の景色を見て電子タバコを咥えながら俺は呟いた。