第1章 6話 『冷たく静かに強く』
金髪の目つきの悪い男は顔をしかめながらゆっくりと立ち上がる。
「洗いざらい吐かせるだぁ?一発喰らわせたぐらいで図に乗ってんじゃねーよ。」
その顔には怒りがこもり、楓から一切視線を逸らさなかった。
「俺の方が喰らわせてんだろ。今イニシアチブを握ってんのは俺だ!」
大きく振りかぶって右のフックを喰らわせようとする。この一撃は並みの成人男性の攻撃力をはるかに上回る攻撃だ。
まともに貰えば骨の一本や二本折れる事は免れないだろう。
ーーまともに貰えばの話だが、
ーーバコッ!!
「ぐぁっ!」
攻撃をした側の礼王は何が起こったかも分からず後方に無造作に飛んで行く。
気づけば顎に走る痛み。そして口からは止まらない血。
「何しやがった……」
礼王が必死に喋った言葉にあっけらかんと楓は返す。
「別に。ただお前の攻撃避けて顎に一発入れただけだけど。」
グッと力を込め歯をくいしばる。
今までどんな喧嘩を売られても負ける事は無かった。持ち前のセンスと、組織で培った経験をフルに活かせば、大人に負けることすらなかった。
ーなのに……
なぜ目前の男の拳はこんなに重い。
なぜ自分がひれ伏して、この男を見上げている。
なぜこの男に見下ろされなければいけない。
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ
「なぜぇぇぇぇぇぇっ!!!」
冷静さを遂に顔から1ミリも無くし、めちゃくちゃに殴りかかる。
もう礼王に勝算などなかった。
あったのは砕かれてボロボロの破片として残ったプライドだけだった。
そのめちゃくちゃな礼王の攻撃をするりとかわし、冷静に一発ずつ重く、鋭い攻撃を喰らわせる。
冷静さを無くした相手の攻撃ほど読みやすいものはない。
楓は容赦なくありとあらゆる攻撃の方法で礼王に攻撃した。それはまるで颯那に礼王がした事を返すように。
床にまみれた多量の血液。そしてその流れの元多罪の男、河本 礼王が血とともに倒れている。
もう意識は虚ろでほぼ気絶している状態に近い。
「……ぐっっ……いてぇっっ……」
痛みの場所を庇うことすらできない。果てない痛みに涙すら出ない。
ただただ気が狂いそうで仕方ない。
「痛い?何寝言ほざいてんだよ。お前がやってきた事はそういう事なんだよ。」
その楓の声は酷く冷たく、人の声していないような。
まるでマシンのような冷徹な声だった。
「あの女の子はこの任務が初めてだったんだよ。そんな女の子がなぜこんな目に会わなきゃいけない。」
颯那は現場への覚悟はできていた。だが、それ以上に今回の傷は心の中で決して完治する事はないだろう。
今までお嬢様として育ち、こんな劣悪な環境に不慣れな中、この仕打ちを受けた。
この傷は決して癒えない恐怖として残り続ける。
「本当はお前を俺は殺してやりたい。
でもそれはそこの女の子が望まない。だからお前にも決して消えない傷を植え付けてやるよ。」
そう言うと楓は礼王の両手の指を全て握った。そして礼王がこちらを見たのを確認すると強引にひねる。
「ぐぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
綺麗なパキッという音を立て全ての指の骨が一気に折れる。
礼王の目にはついに薄っすらと涙が浮かび、失神寸前と言ったところだった。
しかし楓はまだ許さない。
這いずって逃げようとする礼王の背中に座り、頭を掴む。そして折れた指を5〜6回ずつ両手踏みつけ、腹を蹴り上げ攻撃を終えた。
「くっぞ……やろう……」
涙ぐみ、最後の最後に憎しみの言葉を残して気絶する。
その姿を見て楓は軽蔑をしたような目で見やる。
「……逮捕はする。けど……お前の人生の責任なんて背負いたくない。背をわせたくない。俺にも、颯那にも。他の誰にも……」
心から呆れたとばかりにさっきよりも冷たく放つ。
その声は今までのどれよりも冷たい声で、小さく、それでいて強く。
静寂の辺り一帯に静かに響く。
今日も学校は始まる。
後数分も経てば此処に居合わせる3人以外には平凡な1日が訪れる。
空を仰ぎ見る。
楓は疲れたような面持ちでぼそりと呟く。
ーーだからこの世は腐ってるーー