第1章 5話 『隠し合い』
ーー何で……
一言だけ最後に残して少女はひと時の間気を失う。
骨は何本か折れているかもしれないが、命に別状はないだろう。
とにかく間に合って良かった。ほっと胸をなでおろす少年。
「あぶねー。これで死んでたら絶対に俺クビだったな……」
少女の安堵と自分の身の安堵を声にしてひと息つく。
ーーそして少女の重体の原因である今回の対象、
河本 礼王の顔を睨みつける。
「お前よぉ。女の子相手にここまでするって……あぁ……マジ胸糞わりーな。」
怒りを全面的にあらわにする。自分のパートナーである少女を傷つけられ、さらには少女相手に容赦なくここまでボロボロにする相手に心の底から怒りが込み上げる。
「お前の胸糞なんか知るか。女だろーが、総理大臣だろーが、俺の邪魔する奴は容赦しねー。」
金髪の男は悪びれもなくそう答える。
その男に向かい、恐ろしい程の切れ味で裏拳を怒れる少年、楓は喰らわせる。
その拳は脇腹にクリーンヒットして、ウェイトを無視し、相手を転がせる。
「もういいや。喋んな。イラつくから。」
だがそのダメージが何もなかったかのように立ち上がる礼王。
「まぁ待てよ。お前も俺に聴きたい事が山ほどあるだろ?ゆっくり話そーぜ。」
その話を1つも拾わず、勢いよく踏み込み鋭く何発も攻撃をぶつける。
楓は脇目も振らず、ただ怒りのままに礼王に攻撃を続ける。
ーーただ礼王はその攻撃を避けるのでもなく、反撃するのでもなく、ただサンドバッグのように喰らい続ける。
「ゔっぐふっっ……」
その強烈な攻撃を何発ももらい、流石の礼王も吐血を我慢できない。
「お前のその痛みの何倍も颯那は味わってんだよ。せいぜいお前も苦しめよ。」
指をバシッと指して本音をぶつける。自分でもいつのまにここまで颯那に仲間感情を抱いていたのか不思議ではあるが、とにかく今は目の前の男を許せない。
ここで颯那以上の苦しみを与え逮捕する事が颯那への報いになる。
そう考えて楓はまた攻撃の構えを取る。
その構えた腕の上から鉛のような思い一撃が楓を襲った。
身体が後転し、地面に身体を打つ。
戦い始めて初のダメージ。そのダメージの重さに楓は足を震わせる。
「手抜いてやがったのか……」
「いわゆる能ある鷹は爪を隠すってやつだな。」
得意そうにふんっと鼻を鳴らす男。この男はどこまで力を隠しているのか……
「お前いったい何者だ?新森の関係者か?」
「関係者じゃねーよ。新森のメンバーだ。」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべその直後また楓に大きな一撃を喰らわす。
それを無防御の顔面に貰い、背中から倒れる。
「お前以外にもこの学校に新森の奴がいるのか?」
ちょっとずつ体勢を立て直しつつ情報を探る。もしも礼王以外にメンバーがいたとしたらとんでもない事だ。この情報は聞き出しておかなければならない。
「教えてあげないよ!おらぁっ!」
だがそんな探りも無慈悲にも断ち切られる。
男の気合のこもった掛け声と同時に今度は得意の回し蹴りが飛んでくる。
楓はもし、この一撃を喰らおうものなら、ただでは済まないだろう。
礼王は勝利を確信した。今までしてきた喧嘩同様に、今回も勝つのだ。
自分は選ばれた人間でここで捕まるような人間ではない。ここで勢いをつけるためにも目前の男を始末しておかなければならない。
ーーとどめの一撃が楓の寸前まで近づいた。瞬間、楓の身体は吹っ飛び……
はしなかった。楓は回し蹴りしてきた足を身体の寸前で叩き落とし、攻撃を回避した。
「お前が自分から喋らねーなら力付くで吐かせてやるよ。」
礼王は一瞬何が起こったのか分からなかった。
今の攻撃で目前の男は自分に負けたはず。なぜ自分の足がダメージを喰らっている。
そんな足を抱えうずくまる礼王を見下ろしながらゆっくりと楓は言い放つ。
「洗いざらい吐かせてやるよ。もう喋りたくなくなるぐらいな。」
そう。礼王と同様に楓自身も力を隠していたのだ。力を隠し、自分の隠している力とどちらが上か見極めていたのだ。
そして探り合いは終わり、ついに本当の勝負が始まる。
ーーそんな2人の勝負をまたパーカーの少年が陰から見ていた。