第1章 4話 『いきなりの爆弾』
ーーはぁっ、はぁっ、っつはぁ
止まらない荒い息。腹部には止まる事のないじんじんとした痛み。
まるで永遠に金槌で叩かれているような痛み。
その痛みだけでも頭がおかしくなりそうだ。
「いい加減諦めれば?俺には勝てんよ?」
金髪のワックスでガッチガッチにセットした髪を撫でながら呆れたような声で男は言う。
「俺には勝てないよ。お嬢さん。」
激痛を我慢しながら少女は聞き返す。
「貴方はなぜそこまで言い切れるの?」
少女は恐らく負ける事は自負している。ならば何かを聞き出してからやられようと本能的に導き出したのだろう。
呆れたような顔から、聴かれるのを待ってたとばかりに笑顔になった男は1つ間を空け、ドヤ顔で放つ。
ーー俺が、『新森』だから。
ーー時はほんの数十分前に遡る。
颯那は珍しくイライラを隠せなかった。
生まれてこのかたお嬢様としてうまれた颯那は〝イラつく〟という行為に触れる事など無かった。
父は厳しい道、厳しい道へと進ませてくれたが、そこでも父のフォローがあったお陰で多少の不便はあったが、特別不自由があった事はなかった。
なので人生で初めて今、颯那はイライラの頂点に達している。
「あいつ……ふざけやがって。」
お嬢様の言葉使いを無くしてしまうほどのイライラ。そこまでの原因はパートナーである排村 楓の仕業だった。
その楓が颯那に何をする事でここまで怒りを覚えさせたのかと言うと。
まず、警察官としてパートナーになったのにあらゆる全ての仕事を颯那に押し付けた。
書類整理や、パトロール。
事後報告は個人でしなくてはならないのにそれも体調不良を理由にして颯那に丸投げした。
挙げ句の果て、颯那が間接的に理由になったケンカを颯那のせいにして文句を言うだけ言って怒り散らした。
まぁここまででも十分怒る理由には相応しいが、極め付けは
「あいつ……やっぱ遅刻しやがった。」
楓の口の悪さが移ったような喋り方になる颯那。
そう、楓は6時集合の待ち合わせをもう1時間近く遅刻している。
しかも、颯那が朝起こす為に電話を何回もしたのに全て無視。
「仕方ない……1人で行くか。」
1時間近く待ってはみたが流石に我慢の限界だ。
校門を後にし、対象のいるテニスコートに向かう。
「……いた。」
楓が。ではなく目標の河本 礼王だ。
テニスコートに入り、部長に話す。
「河本 礼王を読んで頂けませんか?少し話があるのですが。」
すると部長はあからさまに鼻の下を伸ばし、受け答える。
「ちょっと待ってて、すぐ呼んでくるから。」
スタコラと去りものの数秒で礼王を読んできた。
まぁ礼王も颯那が呼んでると聞けば直ぐに来るだろう。
「なんだ?何の用だ?」
あからさまにかっこつけ、そのガッチガチの髪の、毛先を手で整えながら礼王は来た。
「2人で話があるの。」
近くにいた男子は耳を立てその2人のやりとりを涙ながら聴いていた……
校門の裏口側。ここなら誰も来ないと事前にチェック済みだった颯那はそこに移動した。
「んで、話って?」
少し何か期待を持っているのか男は笑いながら話を聞く。
だが少女から出た言葉に、男は一気に顔を曇らせる。
「警察です。貴方には逮捕状が出ています。大人しく付いて来なさい。」
颯那は鋭く言い放ち、逮捕状と警察手帳を見せる。
ーー瞬間、
その颯那を嘲笑う男。大きく声を上げ、辺りに響く声で笑う。
「やっぱ、警察だったか。」
笑いを止めふわりと空気を交わすように礼王が言う。
「えぇそうよ。大人しく来なさい。」
「ふんっやだねっ!」
最後の一文字に力を込め、勢いよく回し蹴りを飛ばす。
その蹴りは風を切り、とてつもない速度で小柄の少女を襲う。リーチが長くかわすのは困難だ。
ーー刹那、その少女は蹴りを拳で1突き。
その突きで体勢の崩れた男の溝にかかとを落とす。
「これは立派な公務執行妨害にもなる……
まだ今すぐ私についてくるなら…」
言いかけたその時だった腹部についてる脚を手で強引にひねり、転ばせる。
虚をつかれた颯那は身体の軽さも相まって簡単に投げ飛ばされる。
「っつ!」
頭から跳ね起き、体勢をすぐさま立て直す。
ーーだが、それよりも速く拳が脇腹を直撃する。
ーーメキョッーー
と骨の鈍い音をたてて颯那の身体は軽々とまた飛んでいく。
「おいおい、警察なのにそんなもんか?」
煽るような言葉を投げながらゆっくりと大柄な男が近付く。
「くっ!はぁっ!」
痛みの走る脇腹を抑えながら、掛け声と同時に颯那は拳を飛ばす。
だが礼王は軽々とかわし、さっきの何倍もの速度の回し蹴りを飛ばす。
「きゃぁぁぁ!」
女の子らしい声を上げつつその声には悲観がこもっていた。
「ひゅぅ、ひゅぅ、ひゅぅ、」
呼吸が浅くなる。息がしづらい。更に腹部から胸にかけての激痛。もはや闘えるコンディションなはずがない。
それでも立ち向かわない訳にはいかない。
颯那は自分の父の為にも、父の顔に泥を塗らない為にも立ち向かう。
ーーが、そんな颯那に礼王は低いトーンで斬りかかるような声で話す。
「もうやめておけ。俺には勝てないよお嬢さん。」
たしかに万に1つも勝てる見込みなどない。立ち向かうだけ無駄なのかもしれない。
ーーならば、
どのみち負けてしまうのなら何かを手に入れて負けた方が良い。
その激痛の走る腹部を握るように抑え必死に痛みを堪えて言葉をやっと放つ。
「な、んで、貴方はそんな、に言い切れるの。」
とりあえず探るように言葉を選びジョブで言葉を放つ。しかし、彼から返ってきたのはとんでもない爆弾だった。
ーー俺が……俺が新森だからだよ。
そのとてつもない爆弾をどう受け止めれば良いのか、持て余していた颯那に礼王は最後の一発を食らわせにかかる。
「じゃあね!」
目をぎゅっとつぶり颯那は終わりを覚悟した。
だが一向に痛みは襲ってこない。
その謎に目を開け颯那は目前を見やった。
するとそこには見覚えのあるスタイルのいい、イライラの原因である男が礼王の拳を受け止めていた。ーーーー