第1章 3話 『ちゃんと働く』
「僕と付き合ってください!」
また告白だ。今週に入って何度目だ。
「ごめんなさい。私まだ誰とも付き合いたくないんです。本当にごめんなさい。」
9月2週目。転入してまだ1週間しか経っていないというのに颯那は告白されまくる。
男子からの人気は圧倒的で軽いファンクラブまで出来た始末だ。
「はぁっ…」
告白される事は嫌ではない。ただ断る度に相手に不快感を与えてしまっている事に彼女は悩む。
すると後ろから颯那の頭を軽くコツンと小突く者がいた。
「はぁっじゃねーよ。てめーどんだけ告白されてんだ。あぁ?」
そこには傷だらけで今作ってきたであろう殴られ跡を持った楓が怒りを露わにして立っていた。
「何?」
「何じゃねーよ!お前の人気のせいでお前の近くにいただけの俺が喧嘩売られてんだよ!」
そうなのだ。仕事柄、颯那と近くにいることの多い楓は同性の男子生徒から恨みを買いまくり、毎日毎日喧嘩の日々だ。
「そんなの私に言ったって仕方ないでしょ?」
確かにそうだ。颯那がどうすることも出来ない問題である。原因はたしかに颯那にあるのだが…
「あぁそうかよ!いい奴ぶっててめーのせいで傷ついてる人がいても無視ですか?アァ怖い怖い!」
声を張り上げ颯那に嫌味ったらしく言いつける。
それに耐えられず颯那も溜めてた不満をぶちまける。
「あなたがその喧嘩を片っ端から受けるから後日処理の書類整理がどれだけ大変かわかってるの!?」
珍しく声を上げる颯那の態度に流石の楓も
「うっ」と呟き声を失う。
「しかもそれ以外の仕事も私に押し付けて!私の検挙数は1週間で5人!あなたはぶっちぎりの0人!もういい加減にして!」
楓はぐうの音も出ない。そうなのだ。楓は警察官としての仕事を放棄して喧嘩に明け暮れ、挙げ句の果てに颯那に全ての仕事を丸投げしていたのだ。
それにしても流石の治安の悪さで検挙しようと思えば全生徒を検挙出来そうな勢いの学校である。
ただその場合楓まで傷害罪で逮捕されそうではあるが…
「…とにかく、私の仕事をこれ以上増やさないで……」
流石にやってしまったと反省する楓。
その楓にあ、思い出したと颯那がくるりと振り返り衝撃を放つ。
「これ以上問題を起こすようなら首もあるぞ。って長官が言ってたから。」
「はぁ!?」
慌てふためく楓。どうしようかと焦る。自分の野望のためにも首だけは避けなくてはならない。
「颯那ちょっとまて!」
必死に颯那を止める。颯那は止まり彼の次の言葉を待つ。
だが止めたはいいものの楓はなんと言えばいいか分からない。そして苦し紛れに出た言葉は、
「お、俺も逮捕手伝うよ。」
はにかんだ笑顔で決死の許しをこうように放った。
ーいや、それ普通にあなたの仕事だから。ー
颯那は心の中で突っ込んだ。
放課後、誰も残らない教室を選び2人は密会する。
「で、誰を捕まえんの?」
楓は早く帰りたい。睡魔がピークだった。
「河本 礼王。1-1のいわゆるリーダー格というやつね。」
下校のチャイムが鳴る。
ーキーンコーン、カーンコーンー
しばらくの沈黙が続き楓我慢を辞して言葉を放つ。
珍しく神妙な面持ちですうっと息を吸い、ゆっくりと喋る。
「それ、誰?」
ーー沈黙がまた続いた。ーー
「作戦としては明日早朝に部活の朝練をしてる礼王を呼んで逮捕状を突きつけて逮捕する。」
「もし、抵抗するようだったら力付くで逮捕する事になる。」
「そんな上手く行くもんかね〜」
いくつかの懸念が楓にはあった。
「どういうこと?」
颯那は聞き返す。
「そもそもこの学校の連中達は俺たちの事警察って噂してる奴ら多いぜ?そんな時にのこのこ付いてくるか?」
この時期に転入してきた彼らを怪しい目で見る者が多いのは確かだ。
犯罪をしてる意識がある者が警戒を強めていればそのくらいの疑問を持つのは普通であろう。
更に楓にはもっと大きな懸念があった。
「まぁもう1つは、早朝だと俺起きれねーし。」
そう。楓は特に朝に弱い。弱すぎる。起こしに来た母を袋叩きにして泣かせた事があった。
そんな楓に早朝に集合というのは、礼王を逮捕するより難しいものがあった。
「……帰りましょ。」
呆れた声で颯那が言い放った。どんな理由が来るのかと身構えてみれば寝坊するかもと言う理由だったのだ。呆れるのも無理はない。
「あ、ちょちょ、待てって!夕方にしない?」
「…早朝ね。6時校門前集合。」
低いトーンで鋭く楓の言葉を返す。もう彼には呆れ果てた。
「あ、そういえば聞き忘れてた。」
1つため息を入れ聞き返す
「何を?」
「礼王は何をして逮捕状が出たんだ?」
意外にもちゃんとした質問に颯那は逆に呆気に取られる。
確かに説明していなかったと、自分の中で少し反省してきちんと答える。
「麻薬の売買に関わっていたそうよ。それに…」
「それに?」
少し躊躇う颯那に先を促す。
「それに、新森と関わりがあるって噂。」
颯那の表情は分かりやすく曇った。誰しもこのワードが出れば恐怖や色々な感情から面持ちを暗くしてしまうだろう。
当然のごとく楓の表情も暗くなってるだろうと颯那は楓の方に視線を向ける。
ーー否、彼の表情は暗くはなかった。かといって明るくはなかったが、暗いとも言えず、今まで見たことのない表情をその顔に灯していた。
そして1つ間を開け息を吸い、大きく吐いた後放った。
「分かった…6時校門前な。」
辺りは静けさで包まれている。9月中旬、まだ空気は暖かく過ごしやすい。
そんな生暖かい空気の中、颯那は初めて楓の凍るような視線と発言を聴いた。
ーーそんなやり取りをフードを被ったスタイルの良い少年が教室の扉の前で聴いていた。ーー