第1章 1話 『新ばかりの新年度』
2025年4月5日。日本政府は大々的に新政策をメディアに公表した。
〝未成年労働基本法〟
この政策は13歳以上であり、特別な技能テストに合格したものに限り、警察官として労働する事を許可すると言うものだった。
当然のごとく世論からは反発の声が挙げられた。今までの政策発表の際の比ではない程の反論が上がり、デモ隊まで作られる始末になり、社会現象となった。
だが政府はこの多数の反発を押し切り、無理やりこの政策を新しい法律として憲法に加えた。
政府がここまで無理やりこの政策を取ったのにはある理由があった。
2024年4月6日。突如現れた犯罪集団『新森』。
彼らは半世界政府を掲げ日本を拠点とし、抜群の統率力と、数十万人にも登る数の利を活かし、世界を大混乱の渦に巻き込んだ。
見兼ねた国際連盟は世界各国で同盟を結ぶ事を指令し、新森と激しい戦争を繰り広げた。
そして7ヶ月に渡る戦いは世界政府の勝利に終わった。
しかし、新森の残した損害は大きく警察や軍隊の人口を元の半数まで減らし、犯罪件数を倍近くまで引き上げた。
その中でも新森の拠点であった日本の被害は最も大きく、警察の数は7割減。犯罪件数は3倍まで上がった。
政府の中で様々な議論が交わされ、結果警察を増やす為、未成年基本法が導入されたのだ。
そして新憲法が導入されてから初めての入職集会が始まった。
「君達はこれから警察官として働いてもらう。」
スーツを着こなし、整った容姿の中年男性が1000人近くの新人警察官の前でスピーチを始める。
「今年度から未成年の警察官導入が始まった。」
「この導入でこの日本がかつての平和国家に戻る事を大いに期待している。以上。」
盛大な拍手が警察長官に送られる。
2025年4月6日。排村 楓は13歳で警察官になった。
理由の詳細はここでは割愛するが、彼自身の為、彼の中にある野望のため自ら茨の道であるこの選択をしたのだ。
2025年4月6日。皇 颯那も排村同様、13歳で警察官になった。
彼女の場合は家柄による選択だ。彼女の家は父親が警察庁の長官であり自然と成るべくして警察官になったのだ。
颯那は、容姿端麗。頭脳明晰。運動能力に限ってはオリンピックを目指せと呼ばれる種目があった程だ。
正に非の打ち所がない無いとは彼女の為に作られたと言っても過言では無いだろう。
この2人が初対面したのは集会も終わり他の新人警官達が会場を後にし、各々帰宅しようとしていた時だ。
ーー2人は長官室に呼ばれた。
「何故君達が呼ばれたか分かるかな?」
軽く聞いてきたはずの言葉に颯那は萎縮する。自分の父親である長官の皇 麗矢のこの雰囲気を始めて目の当たりにして、言葉を発する事も一瞬戸惑った。
だがその異様な空気を楓は一掃する。
「知らん。要件を早く伝えてくれ。」
颯那は唖然とする。この男は馬鹿なのかと。本気で心から思った。
しかし皇 麗夜は全く動揺せず微笑しながら言葉を放つ。
「すまんな。早めに済ますよ。」
颯那はほっと胸をなでおろす。自分の父であるはずだが、今の父は別人だ。どこで怒りを爆発させるか分かったものじゃない。
「君達には他の新人とは別に特別な任務を遂行してもらいたいんだ。」
「特別任務?」
続け様に空気の読めない男が喋る。それを頷き、話を続ける。
「今最も治安の悪い中学、三原第一中学に編入し、治安を改善してもらいたい。」
ここで2人にずっと置いていかれていた颯那はようやく言葉を放つ。
「つまり転校生として過ごし、違反をする生徒がいれば罰則をすれば良いのでしょうか?」
「そういう事になるね。」
成る程と納得する。三原第一中といえばかなり有名だ。煙草、麻薬、恐喝、傷害犯罪を挙げればきりがない。この中学の治安を改善するのは確かに特別任務になるだろう。
ーー1つだけ納得できないのはこの男とペアで行うということだ。
話し方や振る舞いを見れば彼がお世辞にも育ちが良いとは言えないだろう。
颯那が選ばれたのはもちろん試験の首席合格と、長官の娘であるということからだろう。
颯那の父麗矢は、自分の娘には特に厳しい道へ進ませようとする傾向がある。
だから颯那にはどうしてもその部分だけが納得が出来ない。次席合格者やその他の優秀な新人警官は多数いる。何故彼がこの任務を与えられるのか不思議でならない。
その楓は颯那の疑問を煽るように堂々と言い放つ。
「はんっ!やだね。」
颯那は今日1番の驚きを見せられる。今の父にこんな態度を取れるのは彼以外いるだろうか。
「俺はそんな為にわざわざ警察官になったんじゃねー。俺は自分自身の野望の為に此処に来たんだ。」
強く強く言葉を続ける。だがその強さを打ち消すように麗矢は更に強く、
「君はどうして警察官になれたか忘れたのか?」
その言葉には鬼気が混ざって、あの楓すら一瞬喋るのに躊躇する。しかし負けじと楓も喋ろうとするがその暇も与えず更に強くした言葉を投げかける。
「もしも君が私の温情を忘れた時、私は一切の躊躇なく、君を切り捨てるぞ。」
その言葉に楓は遂に言葉をなくし舌打ちをして、
「…分かった。言うとうりにする。」
そういった。
あの場から離れられ颯那は心から安堵を感じる。
普段見たことのない父の気迫。そして初め、その気迫に怯まず立ち向かった横にいる少年。2人に取り残されたように感じた。
その少年である楓は横で虫の居所が悪そうにブツブツと文句を言っている。相当にあのやり取りが悔しかったのだろう。
そんな少年に颯那は凛とした仕草で歩み寄り初めて話しかける。
「改めて、皇 颯那よ。これからよろしくね。」
爽やかな13歳とは思えない立ち振る舞いで握手しようと手を差し出す。そして笑顔で彼と目を合わせる。彼からどんな言葉が返ってくるのかと期待を込めた眼差しを向けた。
ーーすると彼はあからさまに嫌な表情をして、舌打ちをした。
「うん!よろしく!」
引きつった笑顔でわざとらしく受け答え楓はすぐさま振り返り、颯那から逃げるように去る。
その楓の行動、言動に悪化に取られたが、すぐさまはっとして追いかける。
「え、え、ちょっと待って!何その顔!ねぇ!私なんかした?え、何で逃げるの?ねぇ!」
凛としたお嬢様の相貌は崩れ、慌てふためいて颯那は必死で楓の後を追う。楓は両耳を両手で塞ぎスタコラと逃げる。
「ちょっと!ねぇーーーー!」
颯那のらしくない大声が上品な会場に響き渡る。
ーこれが2人の初対面であったー