三島のじいさん その1
「それにしても、昨日のJKトリオは感じ悪かったよな……」
翌日、昨日に続いてクライミングジム・よしこへ行こうと、俺らは放課後に集まった。
意地を張ってみんな口には出さないけど、初クライミングで全身が筋肉痛でバキバキだったから、動きだけを見れば老人の集会状態だったろう。
「僕は、何もしゃべらなかったおかっぱ少女が別れ際に見せた、哀れみの目が腹立たしかった。とりあえず、ああいう小者たちとは関わりたくない。クライミング部が昔あったらしいのは、少し気になるけど」
結局、昨日のJKトリオは「やめておいたほうがいいよ」と、忠告というよりも、クギを刺して去ったから、詳しいことは何も聞けなかったんだよね。
「あの、重大発表がある」
唐突に、三島さんがぎこちなく手を挙げた。会話の流れという概念はないのだろうか?
「なんだ、三島はクライミング部のことが気にならないのか?」
早川はまだ、この話題を終わらせたくないようだったけど、三島さんはそれ以上の話をぶち込んできた。
「私、クライミングやめる」
「…………は?」
「…………ちょっ!」
サプライズ過ぎて言葉にならない!
何を言い出すの、この人!?
「ええええ、ちょっと待った! 俺のことをクライミングに誘ったのって、三島さんじゃないか!? お願いだから、捨ててかないで! それに……」
それに、《不可能への挑戦》はどうなった? 校舎に貼られたポスターといい、高所恐怖症といい……。
小さな困難につまづいた挙句、一日で挫折するとか早すぎぃ!
「まさか、あの小者トリオの影響じゃないだろうな?」
早川は珍しく、少し感情的に尋ねた。
まあ、小者トリオよりは、(かわいい)堀田先輩の肩を持ちたくなるよな。
わかるよ、その気持ち。
しかし、三島さんは動じずに首を横に振っている。
「ううん、そうじゃなくって。……おじいちゃんが、女の子がクライミングするなんてみっともないから、やめろって」
オヂイチャン!
あの学費免除のSクラスを、貧乏くさいと唾棄した、三島のおじいさん!
「へえ。……きっとおじいさまは、三島のことを心配してくれているんだね」
これを聞くと早川は、早くも権威に弱い俗物になりやがった。
みっともないだなんて言ってるんだぞ?
三島さんのことなんてまったく考えていやしないで、自分の考えを押し付けてるだけじゃないか。
ええい、ここは俺がなんとか力づけなくては。
「でも、三島さんはクライミングをやりたいんでしょ?」
「できるなら、……やりたい」
うつむいていた三島さんは顔を上げると、力強くはないが、はっきりと言った。
「よかった、クライミングはやりたいんだね? じゃあ、もう一度おじいさんを説得してみたら……」
「うん、説得して」
「おう、頑張って来いよ」
「違う。二人が家に来て、おじいちゃんを説得して?」
ん、俺らが説得……?
しかも、……家に乗り込んで!?
「いやいやいや、無理だろ! 初対面で説得するの? 三島のおじいさんの言うことは間違ってると思うよ? でも、その……俺ら高校生が立ち向かったって、強烈な性格の持ち主のおじいさんに強引に論破されそうというか。……なあ、早川?」
「うん、勝てないだろうな。話で聞くだけでも、……我が強そうだから」
男二人がひるんでいると、また三島さんはうつむいてしまった。
ああ、なんとかわいそうなほど落ち込んでいることか……。
何とかしてあげたい気持ちは山々なんだが、今回はご縁がなかったということで……
「……ヘンタイ」
……ん?
「今、なんて……?」
「ヘンタイ」
三島さんは小さくつぶやきながら、俺の胸をポカポカと軽く右手でグーパンチしていた。
「ヘンタイ、センダイ」
……まさか、ファミレスで誘ったときみたいに、俺がのぞき魔で変態呼ばわりされることを恐れていると、いまだに本気で信じているのか?
「……ヘンタイ」
間違いない。これは《変態》と言ったら、俺が言うことを聞くと思っているぞ……。
あきれてしまう反面、何とかしてクライミングを続けたい気持ちが伝わってきた。
そして、そんな三島さんがどうしようもなく、いじらしい。
「……よし、いっちょやるか」
「え……?」
「説得してやる。頑固なじいさんくらい、なんだってんだ。行くぞ、早川!」
「はあ? さ、さっきは無理だって言ってたじゃないか」
ふん、早川は知らないようだな。
紳士とは、変態と呼ばれたら立ち上がってしまう(変な意味じゃないよ)ということを……!
「三島さん、今日っておじいさんは家にいる?」
「夕方の六時過ぎなら、たぶん……」
「よし、なら決まりだな。遊びに行くんじゃないんだ、不躾に乗り込んでも構わないだろ」
「うん、まあ……」
それに、早いとこ三島さんを安心させてあげたいからね。