『やらないか?』 その2
放課後、一方的に決められた待ち合わせ場所に行ってみると、さすがに言い出しっぺとあって、早川は先に着いて待っていた。
小学生のころから背が高いやつだとは思っていたけど、今は一八〇センチくらいあるんじゃないかな?
俺みたいに背だけが伸びて短足にならずに、足もスラリと伸びているから、何気ない立ち姿も様になってやがる。
その高身長な体に、後楽学園のブレザータイプの制服を崩さずに着て、革製のスクールバッグを左肩にかけ、右手ではスマホをいじり、真新しい茶色のローファーで飾った足先を軽く開いて立っていた。
一言で言うと、キザな感じだ。
ブランドものの長財布を尻ポッケに突っ込んでるタイプだろうね。
「来たな。少し遅れるって」
「おう。それって、待ち合わせしてる美少女のこと? どんな人なの」
「さっきも少し話したけど、ゼネコンの会長の孫娘。お前の好きなかわいい娘」
「かわいい娘! それは素晴らしい、俺はもうすでに学園内で二人のかわいい娘を見つけいるから、これで三人目だ!」
思わず鼻息が荒くなっていたからか、早川は若干引き気味に、
「……さっきは流したけど、お前って本当にそんなことしか、楽しみがないのか?」
「うっ、うるさい! いつかはもっと、高校生活をエンジョイできることを見つけるさ!」
「そんなこと言って、……お! 来たぞ、後ろ見てみろ」
早川に促されて振り返ると、そこには三人目の美女が、――
……というはずだったけど、俺の脳内美少女カウンターは二人のままだ。
俺の心臓の高鳴り具合からすると、どうやら近眼のせいで焦点が合わないというより、動揺して焦点が合わないようだった。でも近づくにつれてだんだんと、……
「あ」
「きゃ!」
お互いを認めたとほぼ同時に、二人とも声をあげてしまった。ちなみに「きゃ!」のほうが俺ね。
目の前にいるのはほかでもない、入学式の日に俺をのぞき魔と勘違いして、変態呼ばわりした例の、黒髪の女の子である。
彼女は、女の子にしてはやたら背が高かった。一七〇センチ近くはあるかもしれない。
「なんだよ、つまらない。お前ら知り合いだったのか。まあいい、とりあえずファミレスにでも行くか」
早川は二人の反応を見て、てっきり知り合いだったと勘違いし、つまらなそうに先へ行ってしまった。
……が、違う!
名前なんて知らないし、むしろ、俺は名前を知られるのはまずい!
彼女は、大きな切れ長の嫌悪を露わにした目で俺を睨め回すと、「よろしくね」と口元に微笑を浮かべながら手を差し出した。
案外、悪印象を抱いていないのかと思って手を差し出すと、彼女は凶悪な力で俺のかよわい手を握りつぶしてくださった。
「いででで! 握手の『握』の字って、こんな凶悪な力を秘めていましたっけ!?」
俺の悲鳴に少しは満足したのか、微笑を浮かべたまま、彼女は先を歩いて行く早川の横へと行ってしまった。
「気をつけろー、川内。三島は最近、筋トレに凝りだしたからなー!」
早川よ、それを早く言ってくれたらよかったのに……。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「三人です」
「喫煙席と禁煙席がございます、おタバコは吸われますか?」
「……禁煙席で」
「はい、ではご案内します。こちらへどうぞ」
いつも思うけど、ウェイトレスって眼科に行ったほうがいいよね。
早川の案内した、というか地元の人ならだれでも知っているファミレスには、俺たち三人と同じ学園の制服を着た、中等部と高等部の生徒がそこかしこにいた。
「ドリンクバー三つでいいよな。川内は何か注文するか?」
気の早い早川は、座ると同時に呼び出しボタンを押してしまった。
いや、何も俺がボタンを押したかったわけではなくて、席順をどうすればいいのか迷っちゃったんだよね。
で、椅子の前でうろたえる俺など気にせず、彼女|(三島って呼ばれてたな)は早川の横、ソファー席に腰を下ろした。早川がうらやましいが、仕方ない。正面からじっくり観察しよう。
「ご注文承ります」
「えー、とりあえずドリンクバー三つ。川内は?」
「あ、じゃあポテトを。三島さんはどうする?」
しまった、つい馴れ馴れしく声をかけてしまった!
でも三島さん、嫌な顔も見せずに淡々と、
「ササミサラダを三人前と、から揚げ二人前、フルーツ盛り二皿をクリーム抜きで」
「……えっと、それ俺らの分も入ってる?」
「わ・た・し・の」
例の切れ長の目でギョロリと見据えられて、俺選手完全沈黙。
「では、ご注文を確認します。から揚げが……」
いや、俺だってツッコみたかったよ? 「食いすぎだろ!」ってね。
でも、筋トレ好きの人って長々と自説展開するし、面倒だからやめといた。
何より、彼女の目が怖いしね!
さて、ドリンクバーは当然、自分で用意しなくてはならない。
何を飲むかで、なんとなく性格が見えてきそうなので眺めていると、早川は紅茶を淹れ、三島さんはオレンジジュースであった。筋肉の回復にいいからなのか、子供っぽいからなのかは不明である。
で、俺が氷を目一杯突っ込んだメロンソーダを、こぼさないようゆっくりと席へ戻ると、三島さんの注文した品が早くも届いており、テーブルはちょっとしたジャングルの感を呈していた。
「まあ、知り合い同士なら乾杯もいらないよな」
「え、あっ」
「三島ってクラスはどこだ?」
ぐぬぬ、せめて三島さんの名前だけでも知っておきたかった。このままだと面倒くさい、早川の自慢話が……。
「Aクラス」
「どうしてまた! お前の学力なら、俺と一緒のSクラスにでも入れただろうに」
俺らの学園って学力順にS、A、Bクラスに分かれていて、……ほかの学校でもあるか。
あとは、スポーツクラスがある。Sクラスっていうのが、偏差値がぶっ飛んでいて、学費も免除なんだよ。Aも偏差値高いけど、学費はがっつり払わされる。
残りのクラスは学費がぶっ飛んでいるけど、偏差値という概念が免除されているんだ。ちなみに俺はBクラスだよ!
「川内は、あっ……」
「おい、言う前から察するな! どうせBクラスだよ!」
ちくしょう、俺は頭が悪いんじゃない。勉強ができないだけなんだ!
「ハハ、泣くなよ。それで、三島はなんでAクラスにしたんだ?」
「Sクラスも受かったけど、おじいちゃんが学費免除だなんて貧乏くさいからやめろ、って」
これには、二人とも絶句した。三島さんのおじいさんの性格もヤバイけど、なにより学費がね、公立高校の四倍はするんだぜ?
俺がどれだけ両親を説得したことか……。
「へえ、また強烈なおじいさまだね。……」
俗物早川も、さすがにひるんでしまった。
その後の会話はなんとなく気まずく、主に俺と早川の間だけで交わされた。
早川も、三島さんと関わり合うことは考え直しているのかもしれない。
そんな俺らのことを無視しているのか、気にならないのか、三島さんは黙々と食べている。
さて、紅茶を飲んでいた早川はしばらくすると、「少し手を洗いに……」と、俗物というかもはやおばさんのような口実でトイレに立った。
そうなると当然、三島さんと俺の二人きりになってしまうわけだが、お互いに相手の素性を知らない上、最悪の出会いをしてるし、この場をどうやって切り抜けたらいいのか……。
とりあえず、メロンソーダをすすりながら盗み見ると、彼女は黙々と食物を肉体に変えるために咀嚼していらっしゃった。
よく食べることは、見ていればわかる。が、三島さんの体は別に筋骨隆々ではなく、むしろ同世代の中でも細身で華奢な感じがした。
休養不足か、とんでもないオーバートレーニングとかで筋肉がつかないのか?
いや、排便が途轍もない可能性もある。……殺されそうだから、この推測はなかったことにしよう。
意外にも爪の手入れはよくされていて、手を動かすたびに雪片のようにきらめき、リボンだけ緩めて、制服は崩して着ないところが、いかにも新入生らしくてかわらしい。
なんだ、彼女もごく普通なJK……
「何?」
「うわっ、いや、なんでもないです!」
しまった、あんまりジロジロ見過ぎた。
すっげー睨んできてるし、三島さんはさぞかしご立腹かと思いきや、俺から目をそらして周囲を見回すと、静かにフォークを置いて話しかけてきた。
「アンタの名前は?」
そうだね、まだ知らなかったね。
「川内、……川内逸果」
「早川が変な名前のやつがいるって、アンタのことだったんだ。お父さんがクラシックカーの販売で羽振りがいいんでしょ?」
名前は知らなくても、我が家の財政情報は把握しているようだ。
「早川からの情報ってそんなのばっかりよね、くだらない」
「ああ、早川情報か。あの、じゃあ三島さんの……」
「三島日女、日曜の『日』に、『女』」
お前も変わった名前じゃねーか!
てか、ヒメ!?
君の、その傲岸な態度にピッタリの名前だね! ……とはさすがに言わない、命が惜しいからね。
「へえ」
「うん」
「………………」
「………………」
……だめだ。会話の盛り上げ方が分からない。友達の友達との会話って、マジで難易度高いよね。
三島さんもそわそわしていたが、よく見ていると居心地が悪いというより、何かを言い出したいかのように、口をモゴモゴさせていた。
よし。じゃあ、こちらから質問して言いたいこと引き出してやろう。
うまくいけば、俺の評価が回復するかもしれない。
「早川とは、同じクラスだったの?」
「ううん。なんか、おじいちゃんのことを嗅ぎつけて近づいてきた感じ」
「なるほど」
早川の行動力は感心だね。友達としては終わってるけど。
「三島さんって、中学生のころ何か部活やってた?」
「何も、アンタは?」
アンタって!
今さっき名前教えなかったか? それともまだ、俺の人格を認めていないのかな?
「やってない」
「そう」
「………………」
「………………」
……もうダメ、三十秒で心が砕けたわ。
てか、早川トイレ遅すぎ! 早く帰って来い!
俺がキョロキョロあたりを見回していると、どうしたのか、三島さんが恐る恐るといった具合に、小声で尋ねてきた。
「高校でなにかやりたいことって、ある?」
「今はないかな。あ、注意してほしいのは、この『今は』ってとこ……」
「私は、あるよ」
突然いきいきとした表情で、三島さんは俺の話をぶった切った。どうやら、高校生活でやりたいことを話したかったみたいだ。
ま、どうせ筋トレとか言うんだろうけど、……一応、訊くだけ訊いてみるか。
「何がしたいの?」
三島さんは待ってましたと目を輝かせると、一呼吸空けてから力強く答えた。
「私は、不可能に挑戦したい」
「……はあ?」
不可能に挑戦したい!?
何を言い出したいのかと思ったら、また訳の分からないことを!
幸い、俺は中二病の素養があるから噴出さずに済んだけど、ほかの人に言っていたら即、黒歴史決定だぞ、これ?
「あの、それってどういうこと?」
「やってみたいスポーツがあるの。ほら、前にポスター貼ってたでしょ?」
「……ポスター?」
何のことか思い出せずに首をかしげていると、三島さんの顔は見る見るうちに蔑みの表情に変わっていった。
「……アンタ、本当にあのとき、女の子のお尻しか見ていなかったわけ?」
お尻……?
いい響きだ。
いや違う、なんだっけ。
……あーっ、もしかしてあの日の!
「はいはい、お尻! ……じゃなかった。入学式の日でしょ? 見たよ、ポスター。あれね? ポスターでしょ? ポスターねえ、いやあ、何というか。ポスターねえ!」
入学式の日の出来事以外、思い当たらないけど、ポスターなんてあったかな? あと、断じてお尻もパンツも見てないぞ!
というか、見たかったぞ!
「あきれた……、絶対ポスターなんて見てない」
そう言うと、三島さんの表情はどこか寂しそうなものに変わっていった。
いや、単に引いただけかもしれない。
だが、どんな反応をしようと俺はあのかわいい栗毛のJKの、天使の微笑みしか覚えていないぞ?
とりあえず、話を戻そう。
「なあ、三島さんの挑戦したい不可能って……?」
「まず腕相撲、しよ?」
「あ?」
唐突に変な提案されたときって断れないよね。
あと申し訳ないが、もやし男子な俺が瞬殺された描写は、残酷だから省かせてもらうよ。
「私は男の子に、肉体的に勝利したいの」
「……それを、肉体表現の前に言っていただきたかったね」
手の痛みで顔を上げることすらできなかったが、三島さんはつまり、男に力で勝ちたいって言いたいらしい。
「三島さん、さすがにそれは無理だよ。もっとこう、社会での女性の地位向上とか……」
「興味ない。そもそも私たち、まだ社会に出てないし。何が問題か知らないし」
「まあ、それはそうだけど……」
だからって、どうしてまた男に力で勝ちたいと思うんだ?
「人間の男と女じゃ、筋量が違いすぎるよ。だからスポーツだって、男女に分かれているわけだし、それが当たり前なわけで、誰も疑ってないでしょ?」
やんわりと忠告したつもりであったが、三島さんは翻意するどころか、不敵な笑みを口元に浮かべ、大きな瞳には強い《意志》の輝きが宿っていた。
「だから惹かれるのよ、その不可能に。そして、その破壊に」
「不可能に、……惹かれる?」
ダメだ、これは脳内まで筋肉になって思考が停止してるんじゃないかな?
こんな人に理屈を言ったところで無意味だろう……。
「この話は置いておくとして。じゃあ、その夢を一体何のスポーツで実現するの? そもそもポスターには何が書いてあったの?」
「あ、やっぱりお尻しか見てなかったんだ」
「ほっといてくれ! ……で、ポスターには?」
「『私たちと一緒にクライミングをしませんか?』って書いてあった」
クライミング! よりによって、また力が物を言いそうなスポーツを……。
あれって重力に逆らって壁をよじ登るんだろ?
それも、えげつない角度に反った壁を。
「クライミングねえ。……もう入部したの?」
「ううん、部活紹介ではクライミング部なんて出てこなかったから、たぶん同好会だと思う。あと、早川君って俗物でしょ? 大衆スポーツなら好きそうだけど、マイナースポーツじゃ興味持たないと思うから。……あんたから『俺、クライミング始めるよ。一緒にやらないか』って誘って?」
「ん、なんで早川が必要……って、俺も一緒に入ることになってるの!?」
あと、想像にしろ「一緒にやらないか」って誘い方やめて!? なんか語弊があるでしょ?
「だって、校舎にへばりついてたあの女の先輩と二人きりはなんか怖いし。ボディーガードとして」
まあ確かに、尋常な人間は校舎にへばりつかないだろうね。
「クライミングか……」
興味はあまりないけど、どんな競技か詳しく知らないから拒否感もない。
どうしようかと返事に迷っていると、早川がやっと、トイレから出てきたのが見えた。
三島さんもそれに気づいて、少し焦りだしたようだった。
「ねえ、やってみようよ。早川君も誘って三人で……」
俺に向けられた切れ長の目は、今度は哀願の色を帯びていた。
その大きな瞳に、きれいに通った鼻筋の美しさ! 決意に締まった帯のような口元と、傷のない玉のような肌も素晴らしい。
筋トレしているだけあって、スタイルもいい。
言っちゃえば彼女は《完璧》なのに、これ以上をどうして求めるのか?
よりによって《不可能への挑戦》とやらを?
と、三島さんは何か思いついたのか、突然身を乗り出すと、
「いいの? アンタがのぞき魔だって、みんなにばらしちゃっても。そうしたらアンタはクラスで『センダイ』じゃないで、『ヘンタイ』って呼ばれることになるよ?」
などと、俺の耳元でささやいた!
さすがにこの思い付きには噴き出してしまった。
ヘンタイだって? そんなこと、名字の語感から、小学生のころからずっと言われ続けているさ!
だが、三島さんは俺の急所を突いた気にでもなっているのか、ソファーにふんぞり返ってご満悦である。
「どうする? 黙って言うことを聞いたほうがいいんじゃない?」
なんか、楽しんでいるな。案外、三島さんは子供っぽいようだ。
よし、クライミングにはあまり興味はないけど、脅されたフリをしてやろうじゃないか!
俺が美少女認定した、三島さんと一緒にいる口実にもなるわけだし、まさに運命!
そのためにはまず、騙されたフリをしておかなきゃね。
「う、うわー! やめてくれー! 俺の高校デビュー計画が台無しになるじゃないかー!」
「ん、じゃあ決まりね!」
今までの邪悪なほくそ笑みと違って、三島さんは心からはしゃいで笑っているようだった。
俺の完璧な演技を笑うはずはないから、それだけクライミングを始められることが楽しみなのか?
と、そこへ何も知らない早川が帰ってきた。
「どうした、川内、急に叫んだりして? 頭が狂ったのか?」
「なあ早川。俺と一緒に、やらないか?」
「……は?」