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いつかのクライマー  作者: 大田区トロフィーモフ
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『やらないか?』 その1

「……あれ、お前もしかして、川内逸果(せんだいいつか)じゃないか? おい、起きろ!」

 入学して三日目、これから部活動紹介が行われるホールで、俺は安眠を妨害された。

「ほら、やっぱり。僕のこと覚えているか? 早川だよ、早川(はやかわ)(ひで)(あき)

 俺があくびをしながら目を開けると前列に、座っていても高身長であることがわかる、早川なる人物がこちらを振り返っていた。

「ああ、早川、……」

 だんだん目が覚めてきた。

 こいつは確か小学生の頃の、あまり好きじゃなかった同級生のはずだ。

「お前のことは変な名前だから覚えていたんだ。そのグータラ具合だと、まだ『先生、宿題は明日、いや明後日、……いつかはやってきます!』とか言ってるんだろう?」

 苦手なやつに限って、変に細かいことを覚えてるよね。

「いや、ははは……。小学生以来だね、元気?」

 ザ・ぎこちない挨拶だけど、気にしない。

「お前ってココに受かるだけの頭脳って持ってたっけ? 確か俺のクラスには……、いないよな。三日も経って気づかないなんてありえないし。そうだ、お前放課後暇か?」

 自分のペースで話を進めるのは早川の癖なんだ。でも、これは別に嫌いなところではない。

「あ、その前に。お前のお父さんの店は繁盛してるか? そう、ならいい。実は、中学生のころに中堅ゼネコンの会長の孫と知り合ったんだ、しかも美少女。――よかったら紹介してやるよ。放課後どうだ、会えるか? この機会に人脈を……」

 何が苦手かっていうと、こいつは極度の俗物根性の持ち主で、親の職業でもって友達を選ぶんだよ。

 ただ本人はいたって平然と、クラスメートの家庭の懐具合の品評をブツブツとしゃべり続けることができる。

 人が話を聞いているか、いないかに関わらず。

「お待たせいたしました。これから、後楽学園部活動紹介を始めます。新入生の皆さまは舞台にご注目ください」

 ホール内にアナウンスが入っても、早川はまだ話しかけてきた。

「何なら、同じ部活に入ろう。川内の好きなスポーツってなんだ?」

 何が「何なら」だよとは思ったが、まあいいだろう。俺も部活に入ろうかと思っていたところだし、新入生はぼっちになるのを避けることが最優先事項である。

「特にないけど、楽なのがいいかな」

「僕はなるべく部員の多いところに入りたい、そして派手で、人脈を広げられそうなところ」

「はあ……」

 俗物早川は人脈を広げるのが大好きなんだ。たぶん、イ○スタグラムとかでも、無駄にタグをつけまくってると思うよ。

 で、最初に舞台上に出てきたのはバスケットボール部だった。アナウンスによると、どうやらこの学園の部活の中でも、特に良好な成績を出しているそうだ。

「みっなさーん、こーんにーちわー!」

 男女のキャプテンがそれぞれ、イルカショーよろしくマイクを観客席に向けてきたけど、俺らはまだ新生活になじめていない新入生、誰も返事を返さない。

「みんな元気がないですねー。私たちバスケ部のモットーは『ワンフォーオール・オールフォーワン』なので、元気がないとワンがオールを支えていけませんよー! こんにちはー!」

 そう言われると、幾人かのお調子者の新入生が野太い声で返事をしていた。

 と、早川が振り返って話しかけてきた。

「どうだ、川内? バスケ部は学園でも世間でも花形の部活だし、いいんじゃないか?」

「はあ?」

 何、バスケ部だって? ないない、バスケ部などありえない!

 というのも、実は中学生のときバスケ部に入っていたんだけど、顧問が厳しい人で。試合中はもちろん、練習中も声を出せ出せってうるさい人だったんだよ。

 その声っていうのも指示じゃないで、「ウェーイ」とかいう体育会系的鳴き声のことね。

 その顧問の口癖は「声を出せ! 気持ちを高めろ! 気持ちで勝つなら試合にも勝てる!」という、なんとも単純な精神論だった。

 それで一人でも声を出さないと、「お前ら全員校庭に出ろ! 声出しして、声が体育館まで届いたやつから練習再開!」とか言うんだぜ? クソ面倒な連帯責任ってやつさ。

 で、校庭に出て「ワンフォーオール・オール・オールフォーワン!」って一人ずつ大声で叫んで、顧問のお許しを待つわけなんだけど、俺は入部二日目に校庭に出たきり、そのまま辞めちゃった。顧問の精神論のせいで、俺の精神が崩壊しそうだったからね。

「早川よ、……却下!」

「なんだよ、つまらない。ほかの派手な部活を探すか」

 続いて出てきたのは陸上部、細身の部員が一人、かかとを地面につけないフワフワした歩きで舞台の中央にやって来た。

 おお、陸上部! 陸上なら連帯責任のない個人種目があって、いいかもしれない。特に長距離とか、自分との闘い系の競技が中二的で面白そうだな。

「えっと、……僕たち、あっ、陸上部員は僕一人なんですけど、毎日グラウンドで練習しています。興味のある方は一緒にやりましょう。毎日寂しくって……」

 想像してみよう、グラウンドの四百メートルトラックをこの痩せた先輩と一緒に寂しく、ぐるぐると飽きもせず、変化もないのに何十周と走り回っている自分の姿を。……

「ないな」

「ああ、ない」

 その後もむさくるしい体育会系の部活が出てきたが、そのほとんどに二人|(本当は主に俺)が興味を持てなかったので、後から出て来る文化系の部活に期待を寄せた。

 文化系! 入ったことはないが、物静かな先輩方と窮屈な上下関係もなしに、グダグダと部活動をやってるイメージだよね。

楽そうだし、女子も多そうだから悪くない。

 文化系の部活のトップバッターは合唱部だった。

この合唱部もまた、全国でも名高い強豪らしい。

 舞台上には、ぞろぞろと八十人くらいの合唱部員が列をなして並び、その前にはにかんだ三人の地味な女子部員が、マイクを持って立っていた。

「えー、みなさんは今、青春していますかぁ?」

 いきなりこれだけ言うと、その陰気な三人は顔を見合わせて笑っていた。

 青春? 今のところ俺の青春は、美少女ゲームに課金することだけど、何か?

「実は、……私たちは青春とは何かを知っています!」

そう言うと、また三人は恥ずかしそうに笑っていた。

 ほう、それは面白い! ぜひとも青春とは何か、俺に教えてくれ!

「私たち合唱部の顧問のT先生は、自分が思ったこと、そして合唱にとって正しいことをはっきりとおっしゃってくれます。それがときには厳しく聞こえることもありますが、先生が言うことはいつも正しく、簡潔で、合理的です。だから、私たちはT先生の言うことをなんでも聞いて日々練習に励んだ結果、T先生赴任一年目にして全国大会出場を果たしました! 弱小だった後楽学園合唱部はそれから毎年全国大会に出場していて、今ではそこで金賞を獲ることが目標になりました。こんな大きな目標が持てたのも、すべてはT先生のおかげです。T先生がいなければ今の私たちはありません。そして、この尊敬すべきT先生の厳しい練習に打ち込む私たちの日々こそが、まさに青春です!」

 部員がT先生への熱い思いを長々吐露したので、新入生たちはしきりに囃し立て、舞台袖からはT先生と思しき人物がマイクを持った部員に対して照れくさそうに、早く終わらせろと手振りで示していた。

 なるほど。つまり、尊敬すべきT先生の言うことを黙って聞いて、T先生の厳しい練習に耐えれば全国大会に行けると。そして青春とは、その金賞を目指してT先生にしがみつく日々のことだと。……

 なんと押しつけがましい青春! 単なるT先生のごり押しじゃないか!

 舞台上では合唱部員たちが「新入部員募集中~♪」とアホな合唱をしていたが、構わず早川に話しかけた。

「なあ、合唱部もやめておこう」

「なんだ、全国大会の常連だそうだぞ? せっかく目立てるのに」

「T先生に染まった青春なんて勘弁してくれ。もっと楽なところに入ろう」

 せっかく文化系を選ぶんだ。何も大会がある部活じゃないで、気楽にやっていけるところがいいな、文学部とか天文部とか。

 そんなことを考えているうちに、もう次の部活紹介が始まっていた。

「えー、ぼくたちはー、確か、アニメ研究会ですー」

と、舞台裏で壁にでも寄りかかっていたのだろうか、制服にホコリをくっつけた連中の一人がぼそぼそつぶやいていた。

 アニメ研究会か、俺もライトオタクだからちょっと興味があるな。体育会系的な上下関係もなさそうだし。

「普段はー、部室でパソンコンをーいじったり、アニメ観てたりしまーす」

 このアニメ研究会を紹介している、おそらく部長であるブサイクな男の、独特なゆるいしゃべり方が会場の笑いを誘っていた。

 そうだ、まさに俺はこんな感じのゆるい部活を求めていたんだ! 早川は興味なそうな顔をしてるけど、俺1人でも入っちゃおうかな?

「紹介VTR作ってきたんで、ちょっと観てくださーい。……って、おい二年、チッ、プロジェクター早く出せよ」

 この下級生への指示と舌打ちをマイクがしっかり拾っていたために、会場内は一瞬で白けてしまった。

 なんというか、……今まで「体育会系」って、上下関係の代名詞的ノリで言っていたけど、別に文化系でも、人によっては上下関係にうるさくなるものなんだろうね。

「ハハ、おい川内。アニ研にでも入ったら?」

「……入らねーよ」

 その後もいくつかの部活の紹介があったが、結局これといって興味を持てずに、部活紹介は終わってしまった。

「なんだか、どれもぱっとしなかったな」

「ほとんどお前が拒否してたじゃないか。そういえば、川内は昔から『体育嫌いです、しいたけ食べられません、もはや学校嫌いです』とか、いつも否定ばっかりしてたな」

「いや! 俺だって好きなものくらいあるよ」

「例えば?」

「……かわいい女の子とか」

「はいはい、じゃあさっき言った美少女を紹介してやるから、放課後に必ず校門前に来いよ。いや、やっぱり職員通用門のほうにしよう、人がいないだろうし」

 早川は待ち合わせ場所を指定すると俺も返事も聞かず、とっとと自分のクラスの連中とつるんで教室へ行ってしまった。

 まあ、美少女に興味がないわけでもないし、とりあえず行ってみるつもりだけどね。


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