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本日の装備はウエス

 夜も更けて皆がねぐらへと帰っていくなか、二十歳そこそこのまだ若い整備兵がひとり、ウエスを手にして巨大人型ロボットのそばに立っていた。

 戦いを終えて汚れているロボットをそのウエスでせっせと磨いていたのだ。

「おい、帰らないのか? 明日もまた未明から忙しくなるんだからおまえもさっさと帰って休めよ」

 同じ格納庫を担当している整備兵でひげもじゃの四十代後半の男が声をかけた。青年の上司というわけではなくただの仲間であり同僚でしかないが、歳は離れていても同じ立場の仕事仲間だからこそこうした声掛けは平素からあたりまえにおこなわれていた。

 この男のほかにも、五十代前半の前髪だけが白髪になった男と、三十代後半のスキンヘッドの男が、青年が立っているところまで足を運ぶ。

「そうやって磨いたって明日にはまた汚れるぞ」

「そうそう。動きに支障がない汚れは放っておけよ。油だけちゃんとさしとけばいいから。ただでさえおまえは細いんだから余計な体力使うと倒れるぞ」

 青年以外はがっしりとした体格をしており力もある。対して青年はほっそりとしていていかにも筋肉に乏しそうだ。

 これはなにも青年だけに限らない。このくらいの年齢より下のものはだいたいにおいて筋肉が少ない。

 戦争が始まったせいで成長期に運動らしい運動ができなかったことと、食料がじゅうぶんに与えられなかったせいでもある。否、必要最小限の食事しか与えられなかったからというべきか。とにかく間食などはしたくてもできなかったので肥満児は一掃されたといえるほどに減少した。食べ過ぎが原因ではない肥満者が多少存在しているくらいだ。

 そんなガタイのいい男たちが青年のところに集まると、その中の五十代と三十代の男が両側から挟むようにして青年と肩を組む。

「ほら、寝れそうにないなら俺たちがつきあってやるから、食堂にでも行って酒でも飲むか?」

「だいたいどうしてこんなロボットをピカピカにしようと思ったんだ?」

「え? だってアニメに出てくるロボットは綺麗じゃないですか」

 アニメとは教材用のアニメのことで、昔の娯楽アニメとは異なり、戦術や戦略、さらには整備のための教材としても用いられているアニメのことだ。

 青年の答えを聞いた男たちは一瞬目を丸くした。次いで弾けたように笑いだす。

「そりゃそうだろう」

「あれはアニメだから手間を省いているだけだ。いちいち汚れをつけるのは面倒だろう」

「それに見栄えも悪いしなー」

 口々に青年の答えを否定する言葉が出てきた。青年はややむっとした表情をした。

「でも綺麗にしていたら汚さなくなるかもしれないじゃないですか」

「それもないな。むしろそんなことに気が散っているようじゃああっというまに敵にやられるだろう」

「まったくだ。それに昔からよく言うだろう、新車よりも中古車を運転するほうが事故らないし傷もつけにくいって」

「どうしてですか?」

「知らないのか? 新車を運転すると、新車なんだから傷をつけちゃいけない汚しちゃいけないっていう緊張から体がかたくなって、ますますぶつけてしまうようになるんだとよ。だが最初っからボロボロの車だと、ぶつけたとしてももともとボロいから今更って思うせいで、逆にリラックスして運転できるからかえって事故らないんだとさ」

「へえ、そんな現象が起きるんですねー。でもそれは自費で直さなきゃいけないからじゃないですか?」

 納得がいかない青年がこぼすつぶやきに男たちが揃ってうなった。

 たしかに今は戦争中で、このロボットは兵器だ。傷をつけたり壊したりしたところで自費で直すなんてことはない。そもそも金を持っているものなどいないのでなおさら不可能なことである。彼らはロボットの整備をする仕事をしているが、兵として従軍しているだけで給与などはもらっていない。与えられているのは仕事と衣食住だけだ。今や国民すべてがなんらかの形で従軍しており、民間人などといった存在はいない。赤子ですら生まれた直後には適性検査を受けていずれかの場所へ振り分けられるのだ。

 そうした環境で育った青年は、男たちの言葉がどうしても理解できないようだった。男たちとは別の意味でうなり声をあげる。

「うぅーん、やっぱりよくわからないです。壊れてもいいと思っていたら、あいつらなら平気で爆弾持って体当たり仕掛けそうですし」

 青年はまだ若いゆえにパイロットの子供たちと歳が近い。幸いと言っていいのか青年は適性検査の結果から整備関係の部隊に回されて教育を受けてきたが、もしかしたらパイロットに選ばれていたかもしれないのだ。どういった教育が施されるのか、男たちに比べて感覚的に理解できている部分もある。そんな青年の言葉は、男たちに重く響いた。

「すまん」

 最初に声をかけた四十代の男が青年に向かって頭を下げた。

「いきなりどうしたんですか?」

「俺らが不甲斐なかったばっかりに、おまえらのような若いやつに戦争以外の世界を見せてやれなかった」

「俺たちは機械の整備のことしかわからねえ。毎日生きてくだけで精一杯で、ただ会社行って働いてた。気づいたときには戦争が始まってて、整備兵としてここに従軍させられて、今度はここで働くだけでいっぱいいっぱいだ。戦争を止めるどころか終わらせることもできねえでただここにいる」

「ほんと、すまない」

 男たちは青年に向かってもう一度頭を下げた。

「そんなことしなくていいですよー。それに戦争が終わったら俺たちやることなくなりますし。なにせ俺は整備のことしか教わらなかったし、パイロットはロボットを操縦して敵を倒すことしか知らない。あいつらなんてほんと小さい頃からずっとゲームで戦わされていたから、この戦争もゲームでしかないですし、それ以外の生き方を知らないんですよ」

 青年はロボットに手を伸ばしてポンポンと軽く叩いた。

「このロボットはパイロットのあいつらにとってはゲーム機であり、自分の部屋みたいなものなんです」

 コクピットの中にお気に入りの私物を持ち込んでいるパイロットもいる。ぬいぐるみだったり、造花だったり、キャラクターカードだったり。

「とりあえずパイロットだってロボットが汚れているよりは綺麗なほうがちゃんと整備しているように見えて喜ばれると思いますし、できる範囲でがんばりますよ」

「そうか。まあ、それも一理あるな」

「明日は日の出と同時に作戦開始だ。タイムリミットはそこから逆算すればわかるだろう。タイムリミットまでは好きにしろ」

「ありがとうございます」

 青年が破顔して再びウエスを使ってロボットを磨き始めた。

 パイロットたちのことをときおりあいつらと呼ぶ青年。

 男たちにとっては「パイロットの子供たち」という認識でしかなく、交流もない。しかし青年の年齢から考えるともしかしたらあのロボットのパイロットは弟か妹かもしれないのだ。

 そしてロボットは車ではない。

 移動や運搬が目的の乗り物ではない。

 青年が今磨いているロボットは戦争に使われる兵器で、パイロットにとってはもしかしたら棺桶になるかもしれないものなのだ。

 男たちよりも青年のほうが現実を理解していた。ありのままの姿をその瞳に写していたのだ。

 男たちは辛そうに顔をしかめてほんの少しのあいだ青年がロボットを磨くようすを見ていたが、やがて無言でそれぞれのねぐらへと帰っていった。

 明日の作戦が終わってロボットが戻ってきたら、男たちもウエスを手にパイロットとロボットをねぎらいながら磨いてやろうと、心のなかで決意しながら眠りにつく。

 明けて翌日。一部の整備兵の装備は、メンテナンスツールのちウエス。

 それはやがて全整備兵のあいだに広まっていった。


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