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本日の装備は虫取り網

 絶え間なく続く地響きが足元から這い上がってくるかのごとく体中を伝って全身をしびれさせる。

 かなりの距離があるにもかかわらず視界の端を占領するそれは複数体の巨大ロボット。

 彼らは未だ戦闘のさなかだ。ときおりビーム砲の流れ弾が近くに被弾する。

「ヘッタクソー」

 命拾いしたものの、生き残ったゆえに恐怖が生じる。それを大声で悪態をつくことで振り払った男たちは、耐熱性のパワードスーツを操作して目的の遂行へと戻る。

 工場内で装着する補助的なパワーアシストスーツではなく、戦場用に開発されたパワードスーツは乗り込むタイプのものだ。とはいえ彼らは戦闘員ではない。戦闘が終了したあとに瓦礫を片付けることが本職だ。だから本来であれば戦闘中に外に出ることはない。だが今の彼らにはある目的があった。そのために班長とその部下四人はパワードスーツ内でサーモグラフィーを駆使している。

「あ!」

 隊員の一人が思わずといった感じに声をあげた。

「いたか?」

「はい、見つけました。十時の方向、そのドラム缶の後ろです」

「よし。逃げられないようにそーっと近づくぞ。包囲網を崩すなよ」

「あいさー」

 そうっとそうっと。

 それぞれが自身に言い聞かせるように心のなかで呟きながら近づいていく。

 彼らの手には通常のものよりやや大型の虫取り網。

「今だっ」

 ちょうどいい位置に立っていた隊員の一人がエイヤと虫取り網を振り下ろす。

 しかしあっさりとかわされて逃げられてしまった。とはいえ逃げた先には別の隊員が控えており、再びエイヤと虫取り網を振り下ろす。だがこれまたするりとかわされる。しかもその隊員は勢い余ってたたらを踏み、瓦礫に足を取られてすっ転ぶしまつだ。

「ニャア」

「ニャーじゃない。遊んでいるんじゃないんだぞ」

「そうそう。ここは危ないんだから早く戻ってこいって」

「ほーら、子猫ー、この網の中に入っておいでー」

 隊員の一人がやけくそぎみに虫取り網の先で子猫をチョンチョンとつついた。もちろん子猫は猫パンチを繰り出すだけでおとなしく網の中に飛び込んだりはしない。

「さすがにそれはないだろう」

「いや、俺も本気でやってるわけじゃなくて、もしかしたら面白がって入ってこないかなーってちょっと思ったんだけなんだけどさ」

 ちょっと恥ずかしそうなその声音に、他の隊員たちは揃って「お前本気だっただろう」と思ったものの口には出さなかった。というよりも、虫取り網で遊ぶことに飽きた子猫が走り去って行こうとしたからそれどころではなかったのだ。

「あ、こら、待て」

 再び鬼ごっこが始まる。

 ジグサグに走り回る子猫。ドタバタと土煙を上げながら子猫を追う男たち。

 ときおり破壊されたロボットの破片が飛んできたりもする戦場のただ中にあって、どうしたことか彼らには全く被害は出ていなかった。

 少し前までいた場所に金属片が突き刺さったり、子猫を捕まえようと屈んだ頭上をビームがかすったりして奇跡的と言っていいくらいに被害を逃れている。

 ようやく子猫が立ち止まる。かと思えば、のんきに後ろ足で首のあたりを掻いてから、前足で顔を洗い始めた。

 それを見た男たちは脱力したようにその場にうずくまった。

 班長がパワードスーツのハッチを開ける。

「お前というやつは……」

 無精髭の生えた顎を指先で掻きながら、班長は苦笑いを浮かべた。

 するとなにを思ったのか、子猫は自らパワードスーツを駆け上るようにして班長の膝の上にやってくると、丸くなって眠りはじめた。

 隊員たちのあいだになんともいえない空気が流れる。

 一番最初に我に返った班長は、逃げられないうちにと慌ててハッチを閉めた。そしてようやく安堵のため息を盛大にこぼしたのだった。

「さて、それじゃ引き上げるとするか」

 班長の声に隊員たちは立ち上がって自分たちの待機部屋へ戻ろうとした。

 ここは大きなビルの裏側なので戦況はよくわからない。隊員たちはそれぞれ手分けして状況を把握するべく情報を収集する。

 どうやら戦闘は終了しているようだった。であればこれから片付けに入らないといけない。

 ぐるりとビルを迂回した隊員たちはそこで動きを止めた。

「あの……班長?」

「それ以上言うな。わかってる」

 彼らの視線の先。そこでは彼らの待機部屋一帯が炎に包まれていた。

 どうやら投げ飛ばされるかどうかした敵ロボットがここに落ちて爆発したらしい。

 班長は自分の腹のあたりを見下ろした。膝の上だと落としてしまう可能性が高かったため、子猫は上着の中に入れている。嫌がるかと思ったがおとなしく寝てくれて助かった。

 上着の上から子猫を起こさないようにそっと撫でる。

「命の恩人だな。お前、班長補佐になるか?」

 クッと笑いながらそうこぼした班長は、ぐっと顔をあげると気持ちを切り替えて前に向き直る。

「消火ロボはどうだ? 動きそうか?」

「はい、全機無事です。信号はすべて正常です」

「だったら出動させろ。消火優先だ。瓦礫撤去ロボもチェックを終えたものから順に出していけ」

 さてここからが彼らの任務の開始だ。隊員たちは一瞬にして顔つきを仕事モードに切り替えてキビキビと動き始める。

 班長はもう一度お腹のあたりにある温もりをひと撫でしてから隊員たちに合流した。


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