世にも奇妙な遠足体験談
俺が中学生の時にあったことについて、話そうと思う。
○
それは中学二年生の遠足の時。
地元で観光地としても有名なテーマパークに、行った時のことだ。
当時の俺は、なんというか……まあ、反抗期真っ盛りで、ちょっとカッコつけたい年頃でさ。
不良みたいなカッコして、粋がっちゃって、『俺に逆らうんじゃねぇよ』みたいなオーラだしてさ……今となっては、恥ずかしい時期があったんだよな。
ちょうどその時が、俺がカッコつけてた全盛期でさ。
班でテーマパーク内を自由に行動していいことになっててさ、そのテーマパークの中にホラー系のアトラクションがあるエリアがあってさ。
そこを全制覇しよう、って話を持ち出したんだよ。
班のヤツラは俺と同じように、粋がってたヤツラだからさ。俺の出した提案は満場一致で採用。
みんなで『ホラーエリア全制覇しよう!』ってことになって、意気込みながらそのエリアのアトラクションに挑んだんだよな。
そこのアトラクションっていうのが、テーマパーク全体でのテーマが西洋だったからさ、結構スリリングなヤツが多くてよ。
洋風のお化け屋敷、みたいな感じでさ。
施設の中歩き回ってゴールを目指したりさ、ゴンドラに乗ってゾンビを銃で撃ったり、大人がやっても楽しめそうなアトラクションがいっぱいあってよ。
その中で一つだけ、和風なお化け屋敷があったんだ。
周りはどれも西洋尽くしなのに、一つだけ。
ひっそり、ホラーエリアの奥の方にあってさ。
内容は、日本に昔から伝わる怪談話をモチーフにした、普通のお化け屋敷。
ろくろっ首とか、耳なし芳一とか、そういう昔の怖い話を取り上げたアトラクションでさ。
入り口に立っていたアトラクションの係員も和服を着こなしてさ、雰囲気があったんだよ。
その雰囲気に当てられて、気持ちを煽られたというか……気分が上がってさ。
それまでのアトラクションが、どちらかと言うとホラーというよりアクション系だったからよ。
あまり怖くないだろう、とか言い合いながら俺は班のヤツらとそのお化け屋敷に入ったんだ。
入って、のれんをくぐって少し歩いた所で、入ったことを後悔したな。
この時、俺は西洋と日本の違いを、ありありと見せつけられたよ。
今でもあの日のことは、夢にでるぐらい衝撃的でさ。
軽くカルチャーショックを受けたよ。日本人だけどな。
西洋のアトラクションとかはさ、どちらかと言うと向こうから脅かしてくるものが多いんだよな。
装飾だって派手だし、堂々としてるし、それに自己主張が強い。
というかそれまでやってきた西洋アトラクションは、主に脅かしてくるヤツらのかけた呪いを解いたり、倒したりするヤツらだからよ。
こう……『こうしなければ!』っていう目的があるから、驚いたり怖かったりしても、それをバネに先に進むことができたんだけどさ……。
その日本のお化け屋敷は、ただ回るだけ。
施設の中を探検するだけで、燃えるような目的とか無いから、どうも気が抜けてよ。
それに、日本のお化け屋敷っていうのは、西洋のヤツと違って静かなんだよ。
それに全体的に暗くて、あまり自己主張もしてこない。
大人しくそこにあって、突然脅かしてくる。
西洋が『動』の中に『動』を掛け合わせているなら、
日本は『静』の中に『動』を蔓延らせている。
そんな感じで……それまでと全然違う演出に、班のヤツらはみんなビビっちまって、一番恐がりだったヤツは『外に出て待ってる!』なんて泣き出しちまって……。
日本のホラー映画が怖い理由が、なんとなくわかった気がした。
そういうわけで、一人が抜けて。
俺を合わせて四人で、そのお化け屋敷を回ることになってよ。
一番強がってた俺が先頭を歩いて、後のヤツらは三人で手を繋いで後ろをついて来る――って。
そんな感じでお化け屋敷の散策を始めたんだよな。
散策を始めたら、もうお化け屋敷の中は薄暗いわ、音響はありきたりなもので。
『ひゅ~どろ』とかかなり大音量でいってるくせに、室内はやけに冷たくて、湿度は高いわで……一言で言うと、かなり不気味だった。
それしか当てはまる言葉がなかった。
その雰囲気のせいで、後ろをついて来る三人はビクビクしててよ。
いちいち音が変わる度に、『ひぃ』だの『うわ』だのうるさくてさ。
俺もかなり怖かったけどよ、猫被って強がっててさ。
だんだんビビる班のメンバーの反応に、イライラしてきてさ。
「ビクビクしてるのがウザったいから先に行く」なんて言って、俺だけ班のヤツらと別れて、先に行ったんだよ。
その時『あいつ勇者!』とか言われたりしたから、軽く調子に乗ってさ。
一人で奥に行ったんだよな。
――ここから先が、奇妙な話でよ。
奥に行ったら、昔の江戸風の街並みだった施設の内装が、もっと薄暗くなって。
なんか生暖かい風まで吹いてきてよ。
不気味さに拍車がかかったんだよな。
それに建物の中なのに、土の匂いみたいなものもしてきてよ。
それまで鳴ってた『ひゅ~どろ』の効果音が無くなって、急に静かになってさ。
かさかさかさッ、なんて葉っぱが揺れる音なんかが、代わりにしてきて。
なんか、別の場所に移動したかのように、空気が変わってさ。
流石にこれはおかしい、とか思い始めて。
でもよ……よく怪談で『振り向いちゃいけない』なんて話があるだろ?
だから振り向かないで、先に歩き続けたんだよな。
心臓がばくばく動く音を聞きながら。
後ろに残してきた、班のヤツらの名前を呼びながらさ。
そうしたら、目の前の江戸風な町が開けて、いかにも古そうな井戸があってよ。
積み重なった石がポロッて今にも崩れそうな、ボロボロの井戸に手をついて、井戸の中を覗き込んでいる子どもがいたんだよ。
真っ赤な着物を着た、女の子でさ。
すごく熱心に、井戸の中を覗き込んでいるんだよ。
真面目に、真剣に――なんか、泣きそうな顔してさ。
遠足の時期がちょうど夏でよ。 テーマパークの中には映画村みたいなエリアもあったからさ、そこから来た子なのかなぁ、って、その子の格好から予想して。
俺達の学校以外でも、遠足に来ている小学生とか見かけてたからよ。
多分、俺達みたいにお化け屋敷を歩いている内に、はぐれたんだろうなぁ……、って思ったら、なんだか親近感が湧いてよ。
迷子だろうなと思って、話しかけたんだよ。
「どうしたんだ?」って。
そうしたらその女の子、俺が声をかけたことに驚いたらしくて。
手を滑らせて、井戸に落ちかけてさ。
咄嗟に俺がその子を抱えたから、落ちなくてすんだけどよ。
すっかりその子が、腰抜かしちゃってさ。 仕方ないから、そのまま女の子を抱っこしたまま、事情を訊いてみたんだよ。
そうしたら、『大切なもの』を井戸の底に落としたらしくて。
どうしようにも、もう誰にも取れなくなっているらしくて。
どうにもできないから、ずっと井戸の底を見ていたらしいんだ。
『なんかどっかで聞いた怪談話みたいだなぁ』とか思ったけどさ、その子があまりにも真剣で、泣きそうだったから……放っておくことができなくてよ。
とりあえず、外に出て女の子の知り合いを捜すのが先だと思ってさ。
女の子の気分も落ち着いてきたことだし、手を繋いで施設の中を歩いてたんだよ。
それで、いろんなくだらない話をして。
施設の中歩き回って。
全然見当たらない出口に、『あれ? もしかして俺が迷子になった?』なんて思い始めた頃によ。
女の子が「あっちに行ってみよう」って、初めて行き先について指摘したから。
行くあてもないし、とりあえずその子の指差した場所に行ったんだよ。
女の子が指差した道の先を行くと、そこには膝元まであったやけに長いのれんが、壁にひっついてて。
これって行き止まりだよな、とか思いながらくぐってみたらよ。
そこは出口で、俺の遥か後ろにいたはずの三人と、外で待っていたヤツがいたんだよな。
あれ? とか思って女の子を見たら、ずっと手を繋いでいたはずの女の子はいないし。
後ろを振り向いて、のれんを捲ってみたら、歩いてきた景色と全然違っていてよ。
どういうことだ、なんて混乱しながら班のヤツらに話を聞いてみたらよ。
どうも俺は、三人が出口にたどり着いてから、十五分も遅れて現れたらしくて。
外で待っていたヤツが言うには、俺はビビりながら十五分でお化け屋敷を回ってきた三人に比べて、倍の時間をかけて回っていたんだらしい。
途中で道に迷ったんだ、って言ったら『施設は一方通行で、迷うような所なんてない』なんて、係員にも言われて。
ボロボロの井戸のことを話しても、『そんなセットはない』なんて不思議がられて。
一緒にいたはずの女の子のことについて話したら、『俺は一人で出てきた』なんて言うんだ。
もう、何もかも分からなくてさ、なにも言えなくてさ。
呆然と、放心するしかなくてさ。
「本当に幽霊に会ったんじゃないか?」だなんて、班のヤツに茶化された時に、初めて気が付いたんだよな。
ああ……そういえば、
――繋いだ女の子の手、冷たかったなぁ……。
……って。
○
「……あのさぁ」
「なんだよ」
「俺さ、『もうすぐ修学旅行だけど、お前どこに行ったことがある?』って話題を振ったんだよな?」
「…………おう」
「それが、よ……」
「――なんで世にも奇妙な体験談を語ってるんだよ!」
「俺の遠足の思い出話といえば、これしか思い浮かばなくてよ……」
「思い出話じゃなくて、行った場所の話な? 北海道とか、沖縄とか!」
「ああ、そういうことなら……長崎と広島と京都と横浜」
「旅行っつったろ! お前の地元とこの学校のある県は除けよ!」
「キレるなよ軒島。だからお前は友達が少ないんだよ」
「そうだな。霊感体質のある元ヤンしか友達いねぇわ。あと同じ部活の岩原」
「そうそう。思えばあの女の子に会った後から、霊的なものを感じるようになったんだよな」
「おい元ヤン。話を勝手に進めるなよ元ヤン。その自己中っぷりは中二病をこじらせた結果か。それとも元からか」
「中二病といえば、龍堂寺が修学旅行で同じ班なんだよな」
「おいだからこの自己中……もういいや。なんだよ」
「アイツと同じ班で大丈夫かな、って思ってさ」
「アイツの扱いが上手い古河がいるから、大丈夫だろ。あとこの際言っとくけどよ、元ヤン時代の口の悪さを直そうとして、お前ころころ口調変えるのやめにしろよ。かなり気になる」
「細かい男は嫌われるぞ、軒島」
「お前がアバウトなだけだろ、寄戸」
「アバウトじゃないぞ。これでも、修学旅行が何で三年になってあるのかについて考えてるさ。普通二年だよな」
「そうだけどよ、心底どうでもいいな、それ」
「――あ、いたいた。自己中の寄戸くーん」
「なんだよ『恥将』」
「なんだよ『恥崎』」
「いや、ニュアンスが違うから。恥ずかしい意味の『恥』じゃなくて、賢い意味の『智』だから。物知りって意味の『知』だから」
「それより愛しの『番犬』との中はどうなんだよ『恥将』」
「噂ではとうとう両親と顔を合わせたって聞いたぞ、『恥崎』」
「うーん、と……今婿入り試練中かな? あとお前らも『恥将』『恥崎』呼び、訂正しないのね」
「婿入り試練中だと……? とうとう『番犬』の家に入ることになったのか……!」
「ホモ『恥崎』のクセにリアルを充実させやがって……爆破しろ! 末永くな!」
「貶してるの? 祝福してるの? どっちなの? ――まあ、それはいいとして寄戸。お前にお客さん」
「客?」
「うん。校内を一人で歩き回ってたから、警備委員の方で保護しといたよ」
「赤い着物の女の子」
「寄戸の妹? ずっと『お兄ちゃんお兄ちゃん』ってお前のこと呼んでたけど――」
「…………」
「…………」
「――半泣きだったから、早めに迎えに行ってやりなよ。警備室にいるからさ」
「……お、う?」
「お、おお……?」
「うん、それだけ。じゃ! 俺は中田くんの所に行くから!」
「おう……じゃあ」
「お、おお……」
「……………………」
「……………………」
「…………なあ」
「…………うん」
「俺……一人っ子なんだけどさ……」
「……迎えに行った方が、良い……んだよな?」
「…………俺、急用思い出し――」
「逃げるなよ軒島ぁぁぁぁぁぁ……! 俺達、友達だよなぁぁぁぁぁ……?」
「あ、あのな? そういうことは龍堂寺に頼んで――」
「行くぞ軒島ぁぁぁぁぁ……! 心配しなくても何でかお前の近くに霊的なものは寄りつかねーからなぁぁぁぁぁぁぁ……!」
「だから、俺はそんな幽霊だとか非科学的なものに興味は一切なくてな? そもそも俺は霊的なものを感知したときに走るあの悪寒がすげー嫌いで――」
「俺が行くって行ってんばいッ! 軒島は黙ってついてくればよかッ!」
「おいこら口調が地元のヤツになってるぞ! 元ヤン時代に戻ってるぞ寄戸! おい寄戸ぉぉぉぉぉぉッ!?」
<了>
○あとがき○
どんな話を書いても、最終的に中二病ちっくになる定評のある、文群です。
どうも、先月ぶりです。
今回のお題は『遠足』ということで、突破衝動企画第四段を書かせていただきました――が。
書き終わってから、気がつきました。
『中学生限定』という制約を、自分は破っていることに。
……え、でも、ほら。中学生の頃のお話だし……いいよね?
いいよね? 許されるよね?
雪野ちゃんに怒られないか、内心ビクビクしながら投稿しますね。
ああ……どうなるのやら。怖い怖い。
さて。今回も『遠足』という題材でありながら、テーマを全く生かせていない作品となりました。
それにリアルでいろいろなことが重なって、いつものギャグテイストでお送りするつもりが、世にも奇妙な物語となってしまいました。
あといつもよりページ数が短いです。初めて十ページ以下の小説が書けました。
短編って、こういうもののことを言うんだね!
初めて短編らしい短編を書きました。
けれども小説というには、描写の少ないものになりました。
はたしてこれは小説と言えるのか? ……微妙なラインであります。もっと勉強する。
余談ですが、作中の最後に出てきた岩原、古河、龍堂寺は『節分』をテーマにした短編に登場した、あのトリオです。
時期的には『節分』の後なので、霊感体質の寄戸と霊退体質な軒島に何かあったら、助けになってくれるでしょう。
ああ、『恥将』?
彼は中田くんとイチャイチャしてるんじゃないかな? うん、リア充め。
最後に。当企画に参加してくださった皆様。および制作に関わってくださった方々。リア友である雪野様。素晴らしいテーマパークに連れて行ってくださった学校関係者の方々。日本風お化け屋敷でいつまでも先に進まず、迷惑をおかけした着物のお兄さん(係員)。そして若干ホラーテイストかもしれないこの短編を閲覧してくださった皆様へ、心からの感謝を!
ありがとうございました!
<完>