八、とりあえず逃げ出した、のはいいけれど
夜。何時だかわからないけど、とにかく夜。私は階段の途中の窓の下にいた。
灯りといえば、窓からわずかに差し込んでくる月の光ばかりで、暗い。まあ、かなり目は慣れたけどね。
「王子、どうしたのかな。うー、一人でいると悪い想像ばかりしちゃってよくないわ……」
呟いた途端に螺旋階段の上から足音。そして王子が現われた。
「すみません、遅くなって。何しろ大荷物だから人目につかないよう持ってくるのが一苦労で……。あれ、ムルーは?」
と、サンタさんのように荷物を抱えた王子が言った。
「えっ会わなかった?私をここに連れて来て『ちょっと待ってろ』って言って行っちゃったから、てっきり王子を迎えに行ったんだとばっかり……」
「いえ、会いませんでしたけど……。行き違ったのかな……。まぁ何かあってもムルーなら大丈夫でしょうが……」
「そーお?じゃこの間に荷物点検しとこうか。揃った?」
「はい、大体」
で、広げてみると……大袋の中に中袋と小袋数枚。長い布も数枚、お金(だろう、多分)の入った袋、食料らしきものの入った袋、地図、服三着、綱……。
「――随分立派に集めてくれたね。時間もなかったのに。大変だったでしょう」
王子はにこっと笑って言った。
「それほどでも」
嘘だね、やっぱ大変だったと思うよ。それを口に出さないとこなんか、十二才とは思えない偉い子だよね。ムルーの誉め様もわかる気がする。
「あと適当に使えそうなもの持ってきました。松明とか火打ち石とか小型だけど弓矢とか短剣とか」
おー、よく気のつく子だ。それにしても――。
「ムルー遅いね」
「そーですね。あ、でも足音ですよ」
コツコツコツコツ。
「遅くなってすみません、王子」
ムルーは手に何やらごちゃごちゃ持っていた。
「どーしたのムルー。――何持ってる訳?」
王子の問いに、ムルーは
「ああ、どうせ行く先々で必要になると思って翻訳機を幾つか持ってきたんです。それと――」
と言ってから私の方を向いて、何だか色々なものを手渡してくれた。
「興味、ありそうだったろ。お前なら使い方わかるかもしれんと思って、小さい物を適当に取ってきた」
えっわざわざ?翻訳機だって私のため、だよね、結局。
「有難う」
「いや、脱走に役立つ物もあるかと思って――」
と、ムルーはそっぽを向いた。はは、照れてるのか。
えーと。――何か見覚えのある物が多いな。ライターでしょ懐中電灯でしょ腕時計でしょ。ありゃこの時計ちゃんと動いてる。地球と同じく十二が上で三が右で……という見方でいいんだったら九時三十五分ってとこかな。――ちょっと、これ古代の物じゃなかったっけ。何だって今まで動いてんのよ!
うーん、今の地球より高度な文明だったみたいだからなー、永久電池でも発明されてたんだろ。
それにしても、随分地球と似通った文明だったんだなあ。こんなに機器が似てるとは……。
えーと、こっちのは――おっと。
「おい、見るのは後にしろ。早く行かないと」
「あ、ごめん」
私がさぼってる間に既に荷物が三つに分けられていた……。で、余っていた小袋の一つにムルーが持ってきた翻訳機その他を入れて、更にそれを私が持つ分の中袋の中に入れて――。
「あ、王子。王子の分の荷物、私が持つよ。貸して」
「え、どうして?」
「王子泳いだことないんでしょ。泳ぐことに専念した方がいいよ。私も泳ぎ自信ないけどとりあえずは泳げるから……」
「だったら俺が荷物を――」
「ムルーは王子を連れてってよ。助ける人がいれば、泳ぐのも大分楽なんじゃない?――浮き輪でもあればいいのにね……」
ま、無い物のことを言ってもしょうがない。
「使ってる翻訳機も袋の中に入れちゃおう」
という訳で、その後は会話が不可能になった。王子とムルーは何やら喋っていたけど、わかる筈もない。
そして無言で、脱走計画は開始された。