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六、 脱走計画を考えた。

 魔王と海の民とどっちが怖い?――私がそう言ってから、しばらく経っていた。だのにまだ二人とも、

「うーん」

と考え込んでいた。だから私は言った。

「つまりさ、現実的に見てどっちの方が危険かってことだよ?急いで逃げないといけないんだし、他に逃げ道が見つからないんなら……」

「別に急がなくてもいいんだぞ、我々は。ただお前が死刑にされるってだけだ」

とムルーが、以前ならマジで言っただろうけど、今はからかって、言った。で、私も言い返した。

「おーや。そう長期間、脱走計画を練っているのを魔王に隠しおおせるとは思えないけどねー」

「……」

 やーい、黙り込ませてやったぞ!


 そして王子が、静かに言った。

「……リナの言う通り、そう長く隠しおおせるものではないでしょうね。それに僕は急いで逃げたい。急がないと……」

 ん?急がないと、何なんだろう、と思ったんだけど、王子はそのまま台詞を跡切らせ、次に口を開けた時には、

「――海をとりましょう」

と言った。


 ゴクッ。ムルーがつばをのみこんだ。

「ただ問題は――ハーレ城市もプリチュ城市も海の民と契約なかったから、僕泳いだことないんですよね」

 うっ★――私もあんまり泳げないしなあ、うーん……。えっまさかっ

「ム、ムルーは?!まさかムルーも……」

「俺は泳げる。前に海の民と契約のある街に雇われたからな」

 ほっ。よ、よかったぁ……。


「ムルーが泳げるなら、泳ぐの手伝ってもらえるし、人間の体は浮くようになってるそうだから、大丈夫でしょ。

 それよりどっちかっていうともっと問題なのは……何処から海に出るかとか、崖の高さとか、岸までの距離とか……」

「あ、前々から脱走計画のために書庫から城の設計図とか手に入れておいたので……」

 そう言ってトーレ王子は懐から古そうな紙を取り出した。その紙は数枚束ねてあって、色んな方向から見た城の絵らしきものとか、城の断面図らしきものとか、平面図らしきものとか色々あった。


 とりあえず全部に目を通したけど、

「わかるか?」

というムルーの問いに思わず、

「わからん」

と答えてしまった。


「図はわかるけど、書き込まれてることがわかんないよぉ」

 で、かなりの時間をかけて王子とムルーに一々訊いて、位置関係とかをざっと理解した。


 えっと、そうすると、崖から海に出るためには、なるべく見つからないように地上に上がり、一階の窓から縄を垂らして崖を降りていかないといけないわけか。うーん、この崖、かなりありそうだなあ……。


「ムルー、この崖って高さどのくらい?」

「えーと10テイってとこかな」

「……1テイってどれ位なわけ?」

「ああ……俺の肩ぐらいだ」

「ムルー起立!」

と言ってムルーを立たせ、私も立つ。

「えと、ムルーの肩は私の目くらいだから、大体150センチメートルか。ってことは10テイは15メートル……」


 うーん、校舎の一階分が4メートルぐらいと考えると、大体四階分ってことか。――うちの学校の四階建て校舎の屋上って立入禁止になってたよなー。立入禁止になるくらいの高さ、ね……。

 別に高所恐怖症ではないけれど、その高さを縄だけを頼りに降りていくのかと思ったら、少し寒気がして、思わずこわごわと崖側から見た城の絵を眺めてしまった。


 あ、あれ?――絵に、さっきは気付かなかったものを発見した。

「王子、ここの黒いの何?」

 崖の途中に一つ、小さい黒い長方形があるんだよね。


「ああ、それは窓です。――地下牢に続く螺旋状の階段の途中で、外とすごく近い所があって、そこの岩をくりぬいて窓にしてあるんです」

 うーん、ちょっと苦しい説明だけど、何となくわかった。


「あ、そうか!あの窓から出られないかな?」

 王子が声をあげた。

 うん、成程。地下を現在管理してるのはムルーらしいから、地下から直接海に出れるなら、その分見つかる可能性は大分減るんだ。

「あぁ、あの窓なら――充分人一人通り抜けられますね」

 ムルーが、少し考えながらそう答えた。


「じゃ、そこから、でいい?」

と私が訊くと二人ともうなずいたので、もう一度質問した。

「で、ここの窓からだと海面までどのくらい?」

「うーん、今頃だと、大潮時だし……満潮時で3テイってとこかな」

とムルー。3テイは4.5メートルだから、うん。低くなった。良かった良かった。


「それで城は出れるとして、そこから――んと川ぐらいまでは泳いでいった方がいいのかな?」

「そうですね、そのくらい泳いだ方が城の見張りに見つからないですね」

と王子。

「じゃ、その距離は?」

「えーと、100テイ、かな」

 ムルーの言葉に、私は唸った。

「げー、150メートル?私そんなに泳げるのかなぁ……」

 今までの最高が確か50メートルだよね。


「足をつける所とかってないの?」

「多分、ないだろうな」

「うーん。ま、死ぬ気でやりゃ何とかなるでしょう……。王子は?」

「頑張る」

「OK。じゃとりあえず河口に着いたでしょ。そこからは、大丈夫?」

「河口付近の崖を――ま、2テイぐらいだから楽勝だけどな――よじのぼって、後は陸路になるわけだが……やってみるしかないだろうな」

「じゃそっちの道の方はまかせるね。後は準備、か……」

「何が要りますか?必要なものはなるべく僕が集めときます」

「ん。まずね、縄はいるでしょ。登ったり降りたりするのに。あと服ね。多少なりとも変装しないといけないし、私の格好じゃ目立つでしょ」

 何てったってパジャマだもんね。

「そういや、前から思ってたんだが、随分面白い服だな、お前が着てるの。大体やたらと細かく縫ってないか?」

 そりゃミシン仕事だもんねぇ……。

「でもこれ寝間着だよ。普段着るのは、ここの感覚からすれば、きっともっと面白い……」

 しばらく、珍しそうに私のパジャマを眺めていた王子が口を開いた。

「えーと。それじゃ旅人の服を三人分用意します。あと、資金とか食料とか要りますね。他には?」

「んー、あ、そうだ。ここの人ってみんな髪青いの?黒って珍しい?」

「ああ、緑の人とか紫の人とかいますけど、里菜のような真っ黒の髪の人っていませんね。……ちょっと普通では考えられない髪の色ですよね」

 んなこと言われてもねぇ……。

「何とか隠す方法ない?かつらとか染めるとかターバンとか……」

「旅人の中には髪を全部布でくるむようにしている人がいますから、ね。布を用意しておきます」

「ありがと」

 あー良かった。


「となると、そういうものなるべく濡らさず持ち出したいね。この翻訳機だって濡らさない方がいいだろうし……。着替えの服もね。濡れた服なんて着て歩くと不審の元だし風邪の元。何か水を通さない袋みたいなのない?」

「――ああ!皮で作った水袋があります。それで平気ですか?」

「うん、上等。服とかが全部入るくらい用意してね。それでその口をしっかり閉めて持って――綱をつたって海に降りて、泳ぎまくって川。着替えて――で、ハーレ王国まで歩き?」

「それ以外、ないだろう。海から脱出じゃ馬を盗んでいくわけにもいかんし……」

 ムルーがぶつぶつ言った。

「歩いて何日ぐらい?」

「えーと、八日ってとこかな。隠れながら進まなきゃならないし……」

「……食料が大変だね。途中で補給できる?」

「収穫前だからな、ほとんど望めないだろう。ま、水さえあれば死にゃしないし、水は各村の井戸からでも汲めばいいし」

 私の問いに対してムルーが答えてくれて、それから王子が言った。

「幸い今年はよく雨が降って、井戸も涸れてないだろうしね。――と、僕そろそろ戻ります。決行は、いつにします?」

 うーん、私達がいないことをなるべく長時間悟られない方がいいんだよね。私とムルーは食事持った人が一日二回下りてくるだけだけど……。

「王子が一番長い時間一人でいられるのって夜?」

「あ、そうですね。九時から朝の七時まで十時間」

 ここは地球と同じく一日が二十四時間なんだそうだ。

「で、必要な物、何日ぐらいで集まる?」

「余裕を見ても――明後日中には必ず」

「じゃ明後日の夜九時決行ということにしよう。いい?」

「はい!」

と、明るく王子。

「ああ」

と、暗くムルー。

「それじゃまた明日!」

と言って帰ろうとした王子を、私は呼び止めた。

「あ、明日は来ない方がいいんじゃない?あんまり来てると、来てるのばれやすいでしょ」

「――そーですね。じゃ明後日に!」

と言って王子は立ち去った。


 ムルーは、内側から部屋に鍵をかけると壁際に坐り込んだ。

「うーん、計画洩れ、ないかなー」

「多分な。不安といえば海の民のことだけで」

 しばしの沈黙。そして私が口を開いた。

「ねームルー。海の民との契約って、つまりどんなことをするの?」

「……人身御供だ。向こうの提示した条件に見合う人間を」

「ふうん」

 条件をだすってことは人肉を食べてるわけでもなさそうだし……一体何をしてるんだろう?


「――そういえば、昨日から訊こう訊こうと思ってて訊けなかったんだけど」

「なんだ?王子の御命令だから、俺は何でも答えてやるぞ。さっさと言やあいいだろ」

「……だってさー、ここの文化程度ってどのくらい?って訊いたってわからないでしょ」

「――そりゃまそうだな。俺にしてみりゃここの文化程度は普通、だもんな」

 そーだよ。基準が元々違うんだから。

「ただ、服なんかっから見て、私の国の方が文化程度高そうでしょ」

「――ああ」

「なのに何で翻訳機なんて高尚なものがあるわけ?」

「ああ、そりゃ〈先人の落とし物〉だからな」

「……なにそれ」

「つまりだな、昔この世界にはひじょーに頭の良い方々がいて、色々わけのわからん絡繰り仕掛けを残して、どこかに消えてしまった、と。この翻訳機という代物はだな、その中で使い道のわかっている少々のもののうちの一つだったわけだ」

 ふうん。じゃここは昔、遥かに高度な文明が栄えていたわけか。

「そーいう絡繰り仕掛けはわけがわからんので、今じゃ各国王城で保管されてる筈だ」

「へー面白そー」

 見てみたいなー。

「――ここのを見るのはあきらめとけ。一応こないだ翻訳機を取りに行った時、王から保管室の鍵を預かったままだが、お前が出歩くのは危険だからな」

「……はぁい……」

 くすん。残念だ。

「ま、ハーレ王国のをきっと見せてもらえるだろうし」

 ムルーは多分、慰めてくれたんだろうけど、私は思わず暗くなるようなことを言ってしまった。

「無事に着ければね」

「……」


 それっきりムルーも私も口を開かず、壁の所に立ててある松明(なんだろうな、多分あれが。実物なんて見たことないから……)が燃えている音が少しするだけで――ほんとに暗い雰囲気になってしまった……。


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