三、松浦里菜っていうただの女の子が
結局、王様と御対面することになった私は、その番人らしい男に、両手首を合わせて縛られ、体と両腕もまとめて縛られ……つまりやたらと厳重に縄でぐるぐる巻きにされた。おまけにお札らしきものまで首からかけられた。――どうやら、私が魔力でも使って逃げるんじゃないか、と思っているらしい。
それでやっと檻と部屋から出してもらえた。(そうしたら部屋の木製の扉にもお札がかかっていた……)出たところで更に目隠しをされ、階段をのぼらされて通路をやたらと歩きまわらされたあと、やっと止まって目隠しを取られた。と、そこは両開きの扉の前だった。
男が叫んだ。
「日本という国の松浦里菜だと主張するものを連行して参りました!」
木製の、いかにも重そうな扉がこちら側に向かって、ぎぎぎっと開く。
見ると、扉一枚ずつに緑髪の兵士(らしき人)が一人ずつついてそれを押していた。うーむ、こういうのもドアボーイというのかな。
中に入る、というより入れられると、そこは広い部屋で、奥の方が薄いカーテンで仕切ってあった。カーテンは天井から床まで、壁から壁まで、余す所なく張られていて、その向こうは全然見通せないんだけれど、影は見える。どでかい椅子らしきものと、それに坐っている男がでんとシルエットを作り、その脇に並サイズの椅子の影もある。
こんなことを見ているうちに、その番人に押されて、カーテンから五メートル位のところで止まらされた。えーと、気分としては正座でもしたいトコなんだけど、そういう習慣なさそうだしなー。妙なことすると、何でも魔扱いされそうだし。ここは一つ、向こうの言うとーりにしてみましょうか。
――ふと気付くと、右手の壁際にカーテンから頭だけ出して、じっとこっちを見てる青い髪の男の子がいた。小学…六年生くらいかな?なかなかかわいい子だなあ、うん。
あんまり興味ありげにこっちを見てるんで、思わずテレて、ひきつり笑いをしてしまった……。そしたら向こうも少しにこっとして、カーテンの中に顔を引っ込めてしまった。そして、トトトッと走っていって並サイズの椅子に腰掛けると、どでかい椅子に坐っている男と、一言二言言葉を交わした。
えーと、私は王様に御対面しに来たんだから、その男はロッフ王なんだろうな。その隣に坐ってるんだから、あの男の子が、私がその前に現われたって言う王子様なのかな。
そんなことを考えていると、その、多分王だろうと思われる人が口を開いた。
「御苦労。下がってよろしい」
私の隣の男は一敬礼して、まわれ右をして歩いて行った。そしてドアがギギギッと音をたてた。――きっとまたドアボーイがドアを押しているんだろう。さらに少しすると、ドアは再び閉じたようで、足音は完全に消えた。
うーん、置いてかれてしまった。友好関係にあるとはとても言えない相手だけど、唯一会話をした人間だからなー、いなくなると心細い。うーん、一体どうしたら良いんだろう……。
悩んでいたら、カーテン(多分、御簾と似たような働きをしてるんだろう。偉い人とそれ以外を隔てる、という……)の向こうの男が言った。
「――わしがロッフ王だ」
と。
うーんやっぱりこの男が王だったか。顔を見ると死ぬとかいうロッフ王ね。案外、余程のぶ男で、顔を見られると怒り狂って相手を殺すんだったりしてね。ははは。まあ、それにしては王子様らしい子は可愛かったけど。
「魔よ、私の名において答えろ。お前の目的は?」
「王?陛下って呼ぶべきなのかな……ま、いいや。ロッフ王、その前に私が訊きたい。何だって私が魔だと言うんですか?」
「王子の(と隣の子の方を少し見て)目の前に突然出現するなんて芸当が、魔以外の何に出来る?」
「――一つお訊きしますが、この国ってテレポートとかワープとかっていう概念あります?」
「てれぽおと?何だ、それは」
「私の世界で言われてる、二空間の物体を交換させる能力ですが。瞬間に移動できるっていう便利な力です」
「――その力をお前が持っていると?」
「いえ別に」
「……」
「ただ、突然現われたからといって魔とは限らない、と」
「はん。どっちにしろ、そんなことが出来るのは魔だろうに」
「まあ、エスパーが魔女と言われるってパターンは小説とかによくあるけど、でも……」
「私は、そんな講義を聴くためにお前を呼んだのではない!お前は素直に正体と目的を吐けばいいのだ!!」
「だから私は松浦里菜っていう者で!いつの間にかここに来てたんだから、そもそも目的なんか持ちようがないでしょ!!」
「日本?ふん、そんな国がどこにあるというのだ?」
「そんなこと言ったって、在るんだから仕方ないでしょ!大体聞いた限りじゃ日本でないのみならず、地球ですらないみたいだから、ほかの惑星上に知らない国の一つや二つあっても当然でしょうがっ」
うーん、そうなんだよなー。ここが地球じゃないなんて、信じがたいんだけど、あの番人「ちきゅう?何だそれは」っつったんだよなー。地球って単語だけ翻訳機が変換しないなんてこともないだろうしなあ。それにこの国の人ってみんな髪の毛青とか緑みたいなんだよね。知ってる限りじゃ地球上にはそういう髪が普通のところってない筈だし……。
そんなことを考えていたら、王はもっと衝撃的なことを言った。
「テーアリ以外のどこに人が住めるというのだ!惑星なんて、ただの小さい石ころではないか!」
お、思わず頭痛が……。手を額にやると、あの可愛い王子様が心配して訊いてくれた。
「あのお、大丈夫ですか?」
「ん。ちょっと、この国の文化程度がわからなくて、くらっときただけ」
と、私は答えた。本当だよ、全く。何だって同時言語翻訳機なんて便利な物がある国で、星が石だなんて思われているわけ?よっぽど天文学だけ発展が遅れてるのかな。あ、でも服装とか建物とかを見ても文化程度低そうだしな。……んじゃこの翻訳機は何なんだ。
「トーレ王子。そんな者を心配することはない。それは魔なのだ。――もっとも、魔と通じたかどで投獄されたければ別だが」
トーレ、と呼ばれたその王子は、口を閉じた。――何か変な親子……。
「さあ、魔よ、素直に目的を吐いてしまえ。どこの国に頼まれたのだ、イサジアかラーサか……それともハーレ、とか?」
王子の体が、びくっと震えた気がした。何だろう、気のせいかな。
しばらく間をおいて、王が再び言った。
「いいかげんに何も知らないふりはよしたらどうだ?まだしらをきるつもりなら――顔を見せるぞ」
「見せたら何だっつうのよ」
「……」
「死ぬとか何とかあの番人が言ってたけどねっ、顔を見ると死ぬなんつったら、どっちかっていうとあんたの方が魔なんじゃないの!」
「そうだ」
王はあっさり言った。
「え…」
「私は魔だ。だから人は私を見ると死ぬのだ。――このトーレ以外は」
「何だ。じゃあんなに可愛いのにトーレ王子は魔なのか。残念だなあ」
「トーレは人間だ。憎らしいことに」
「へっ」
「トーレは人間だ。なのに私を見ても死なない。だから私の息子にしたのだ」
思えば第1章辺りって高校生の頃書いたのでした。うはあ。