九、決意
──珍しくも速やかにパッチリ目が覚めた。窓からは朝日が射し込んできていて、雀(?)の声も聞こえる。
うん、いい朝だ。
「さーてと!」
着替えるぞ。
まずはブラジャーさん代わりにさらしを巻く。昨日で懲りたから、胃の辺りには巻かないようにした。
それから衣装箱から服を取り出した。衣装箱に男物の服が入ってるのは昨日確認済みだ。
着てみると……私の身長位が男子の平均というだけあって、サイズはぴったりだった。まあ、多少横が余るけど……帯で締めるからあまり問題にならない。
よし、さすが男物。動きやすいぞ。ふっふっふ。
それから昨日レスティさんに貰った剣を持って……王子の所に決意表明をしに行こうと思ったら、コンコンとドアをたたく音がした。
で、ドアを開けると、そこに立っていたのは、王子とムルーだった。
うーむ、決意表明の相手が、自ら来てくれたわ。
「おはようございます、リナ。僕ら、もう出掛けますから、ご挨拶に──」
と言いかけて、王子は一瞬絶句し、それから叫んだ。
「どうしたんです!その格好!?」
それで、私は答えた。
「変かなあ。王子とかの着てたの思い出して、着付けしたんだけど──帯の結び方でも変?」
「え、いや、着方は変じゃないですけど──。そうじゃなくて!どうして男物を着ているんですか!それにその剣……」
騒いでいた声が聞こえたのか、王妃様までやってきた。
「何を騒いで──まあリナ!どうしたの、その格好は!」
……流石、親子だ。反応が一緒。
さしあたって、ドアのところで騒ぐのも何なんで、みんなに部屋の中に入ってもらって、ドアを閉めた。それから言う。
「こっちの方が動きやすいんです」
王妃様が、一体何を言いだすんだ、というような顔で、言った。
「動きやすい必要、ないでしょう?女の子が……」
「私は嫌です。動きにくいのは」
そうして、これからが肝心。私は王子の客人でいたくない。だから──。
「王子、お願いがあります。私を連れていってください」
共に戦場へ。決めたから。「王子の為に戦う」って。ムルーみたいに、王子を守る存在でありたいから。
「女の子が……何を言って……」
王妃はそう言って、絶句した。そりゃあね。この世界の女の子はそんなこと考えないのかもしれない。だけど私はこの世界の女の子じゃないから。
「お願い、王子。足手纏いにはならないようにするから」
もう一度言ったら、ムルーが言った。
「まあ、その辺から頭数増やす為だけに連れてくる農夫辺りよりは、かなりマシに動けるだろうことは昨日の動きをみてればわかるが……」
ほほう、そうなのか。ムルーが保障してくれるんなら、きっと大丈夫だね。足手纏いにならないようにする、とは言っても、腕に関してはやはり疑問を持っていたのさ。
それにしても、王妃とムルーからはコメントをもらったけど、肝心の王子から何も言ってもらってないぞ。私は、王子に認めてもらいたいんだけど。
じっと王子を見ていると、王子はうつむいて、そして言った。
「──リナが足手纏いどころか並みの兵士以上に働けることは僕も知ってる。でも、駄目だよ!リナはもう、血を流す必要はないんだ!」
そういう王子がすごく辛そうで。一体どんな顔をして言ってるのか心配になって、私は王子の前にしゃがんで、王子の顔を覗き込んだ。──王子は、泣きそうな顔をしていた。
「ごめん……。気が付かなくて。リナは女の子なのに……。人が死ぬのも見たことがなかったのに。人の血を流して平気なわけがないよね……。昨日、うなされてるのを聞くまで、全然気付かなくって……」
……王子、うなされてるのに気付いてたのか……。
「だけどもう、ここまできたら、守ってあげられるから、もうリナが戦わなくてもいいから、と思ってたのに……。何もリナが自ら、手を血に染めることはないんだ!」
……王子にだけは、流血沙汰を気にしてたことを気付かれたくなかったんだけどな……。失敗したな……。
とにかく王子を説得しないことには、決意が無駄になりそうなので、私は王子に向かって話し掛けた。
「あのねえ、王子。王子が私を連れていってくれないと、私はただの卑怯者になっちゃうんだけどな」
そう言ったら、王子は「?」という顔をして、私の目を見た。
「あのね、私、ハーレ王国が独立戦争を起こすのに、役に立ったかな?」
「勿論です。とても。だからもう……」
続けてなにかを言いたそうな王子の台詞をさえぎって私は話を続けた。
「それじゃあね、ここで、私が『じゃあ皆さん、頑張って戦ってきてね』とやると、それって、戦を起こす手助けだけしといて、自分は後で声援を送るだけっていう、根性の悪い真似になるんだよね。そんなことはしたくないんだ、私は。そのくらいなら自分で剣持って戦いたい」
「──でも!」
「大丈夫。血を流しても、もううなされたりしないから。私は──この世界での私の存在意義を、決めちゃったからね」
だからもう二度と、その存在意義のためなら、うなされたりしない。
「だけど……」
尚も反論しようとしていた王子の台詞は、新たに部屋に入ってきた人物によってさえぎられた。
「何を言っても無駄だと思いますよ、王子」
入って来たのは、リーヴ大臣だった。
「そろそろ出発の時間なので、お呼びしに来たのですが……大騒ぎですね、ドアの外まで聞こえましたよ」
そーんな大声で喋ってたつもりはなかったんだけどな……。
大臣は続けて言った。
「彼女の意志は固すぎます、王子。王子を守る存在でありたいと望んでいるのが、びしばし伝わってきますから」
うーむ、大臣にさえ伝わるものが、どうして王子本人に伝わらないんだろう……。
「何を言いだすのリーヴ!女性が戦場へ、なんて、そんなこと……」
と、王妃様が叫んだ。
「──無理もないですが、反対勢力が強いですね、リナ。──それではもう一つ。リナ、その剣を見せていただけますか?」
大臣にそう言われて、私はしゃがみこんだ状態から立ち上がって、剣を渡した。リーヴ大臣はそれを手に取ると、ホウッとため息をついて言った。
「やはり……。リナ、これラオスの角でしょう?」
「え、ああ、レスティさんがそう言ってましたけど……」
「ラオスの!?」
ムルーが叫んだ。
「ムルー知ってるの?」
と私が訊くと、ムルーが答えてくれた。
「知ってるも何も……。それはまず滅多にお目にかかれない、草原の民の秘宝中の秘宝の筈だ」
「ラオスの角が残された場合にのみ作られる剣ですからね。百年に一振り、作れるかどうか……」
と大臣が付け加えた。
秘宝!?百年に一振り!!!??まーた、とんでもないものをレスティさんは……。
「草原の若君から剣を与えられたということは、リナが戦うことは若君の意向でもある訳です。それでも反対なさりますか?お二方」
大臣に言葉に、王妃様は黙ってしまっていたけれど(本当にこの世界で草原の民の力は強い!)、王子はまだ口篭もっていた。
そうしたらリーヴ大臣は、フッと笑って言った。
「それではこういうことではいかがです?──ムルー殿が認められるほどの腕とはいえ、リナは戦い方を知らない……。その上、言葉も通じないでは、何かと不都合があります。ですからさしあたって、私の隊に入って、剣技や言葉その他を学習する、ということでは……。私の隊は、ハーレ城市の守護の為に残留することになってますから」
うーん、確かに無闇やたらとついていったからといって、役に立てるかは疑問か。確かに戦い方も知らないし、言葉も知らない。ここは一つ、鍛えてもらうことにしようかな。
王子も今度は渋々頷いた。けれども再度口を開いて言った。
「だけど、リナ。無茶だけはしないでくださいね?」
心配性だなあ、王子は。
「うん、約束する。王子も……気をつけてね」
私が、王子を心配させずに済むくらい、腕も心も強くなって、王子を守りに行ける日まで。誰も王子を傷付けたりしないよう、ずっと祈ってる。この世界の神様にも、地球の神様と仏様にも。……そんな無節操なことをしたら、神様同士で喧嘩しちゃうかなあ?
「王子のことなら……俺が守る。お前の分もな」
と、ムルーが言った。
うん、ここに頼もしい守り神がいたわ。
そうして、王子が口を開いた。
「それじゃあ、時間ですから。行って参ります。母上、叔父上。リナのことをよろしくお願いします」
そう言って、王子は部屋から出ていった。ムルーが後に続く。……ついていけるムルーが羨ましいけど。ついていくつもりだったけど。力がないのは事実だもんな。早く、ついていけるようになろうっと。
そう思って、大臣に挨拶をする。
「リーヴ大臣、よろしくお願いします」
そうしたら、大臣は心持ち小声で、つまり王妃様に聞こえないくらいの声で言った。
「リナは、今日ついていけないことで気落ちしているだろうが……、大きな声では言えないが、総力戦になるのは、そう遠いことではないと思う。だから……王子を守りに行けるのは、すぐのことだ」
それは、ハーレ城市に残留部隊を残しておけないくらい厳しい戦いになるだろうということで。
戦闘人員の数から言っても、それは予想されたことで。
それなら、本当に絶対、早くに強くなろう、と心に決めて、窓から王子達の出陣を見送った。
絶対、絶対。王子を守れるくらい、強くなる。うん。
決意だけでどうにかなるものなのか?……てなもんですが、自覚ないけど、里菜、色々な理由で最強なのでどうにかなっちゃいます……。
さてその昔この話を書いていて、3-8辺りで、書くのがぴたっと止まったものでした。その言い訳を活動報告でする予定です。