八、剣
レスティさんはお忍びで来ている、ということなんで、こっちもこっそりお城を抜け出した。
アインさんの馬に相乗りさせてもらって城門を出ると、「かなり遅い」時間なのに、家々の戸や窓からは灯りがもれていた。おそらくは明日から始まる戦のせいで、みんな眠れずにいるのだろう。
門に着くと鉄格子(?)が下りていて、その前に立っている番兵が猛々しく誰何した。
「何者だ!!馬から下りろ!今晩は王の命により全ての門は閉ざされている!王命なき者は通ることができん!!」
アインさんは黙って馬から下りると、私を馬から下ろしてくれて、それから番兵に向かって言った。
「馬を見てわからんのか?私は王命の外に在る者だ。──わが主、草原の民の長の長子レスティ様がここにおられるだろう?」
番兵は目に見える程にさっと顔色を変え、態度を改めて、言った。
「失礼致しました!──レスティ様は上でお待ちです。どうぞお通り下さい!」
「馬をつないでおいてくれ」
「はっ」
「頼んだぞ。──ではリナ殿、参りましょうか?」
それで私達は、門柱の中の螺旋階段を上って上に向かった。しっかし……話には聞いていたけど、草原の民って本当に偉いんだな……うーん。
「……どうかしましたか」
とアインさんが訊いた。
「いえ、王命があった割に、兵があんまりあっさり通してくれるんで、少々驚いて……」
「……そんなの当たり前じゃないですか。たかが一国の王よりは流浪の民の長の一族の命令の方がはるかに上位です。基本的には」
そう言われてぱっと閃くものがあった。
「あっそうかー。要するに水戸黄門なんだ!」
「はあっ?ミトコウ……?」
「あ、いえいえ、こちらの話」
うんうん、きっとそうだ。王ってのは大名みたいなもので、レスティさんは水戸光圀公みたいなもんなんだ、多分。力関係では。うん、そう考えると少しわかりやすいな。──階段の途中の戸から外へ出ると、そこは市壁の上だった。所々に松明がぼうぼう燃えているので、けっこう明るい。そして、扉から十メートル位先にレスティさんがいた。レスティさんは、一人、草原を眺めていた。
「若!」
アインさんが声をかけると、レスティさんは振り向いて、こっちに向かって歩いてきた。
「ご苦労だったな、アイン。──苦労ついでに、悪いんだが、もう一つ。静かに話したかったので、ハーレの見張り番を追い払ってしまったのでな、代わりにここで見張りをしていてくれ」
「はいっ」
「──リナ。上に行こう」
それだけ言うと、レスティさんは先に立って門柱内の螺旋階段を更に上って行った。私もしょうがないから、その後に続く。そして、門柱の上に出た。そこは直径二メートル位の円形の場所で、見晴らしが良かった。
「──レスティさん、ごめんなさい。借りたマント、血だらけにしちゃった……」
私がそう言うと、レスティさんは手摺り(とは言わないだろうなあ。つまりこの円形の場所の端に沿って石が積み上げられている、高さ七十センチ位の壁のこと)に浅く腰掛けて言った。
「……もう血が流れたか。──ああ、別にマントのことは気にしなくて良い。ほら、こうして既に代わりのマントを身に着けていることだし。それに、何もマントを受け取りに来たわけではないぞ」
え、そうなの?だって、レスティさんが来る理由なんて他に思い付かないから、てっきりマントを取りに来たんだと思ってた。だから、だったらお詫びを言わねば!と思って来たのに……。
「マントを受け取りに来たというよりは、これを渡す方が本題だな」
そう言ってレスティさんは、腰からそれを外して私に渡した。
私はびっくりしながらそれを恐る恐る受け取り、そして呟いた。
「……レスティさんは、わかっているのかな?私がこれから何をしようとしているのか」
それ、は、剣だった。細くて軽い、乳白色のそれは、例えば今日使ったものとかとは大分違っていたけれども、明らかにそれは剣だった。
「──もしリナが、私が見込んだ通りの者ならこうするだろう、という予想ならあるが?」
じゃあきっと、その予想は当たりっていうことだね。見込まれる程のことでもないんだけど、単にこうでもしなきゃきっと生きていけないってだけで……。
私は受け取った剣に目を落とした。そして目を落としたまま、訊いた。
「レスティさん、真実なんて一つあれば生きていけるよね?」
『何の為に戦うか』──私は私を殺されたくなくて、王子を哀しませたくなくて、その為に王子と一緒に逃げてきたから。だからその為に戦うんだと、それが私の出した「答え」。間違った答えだとは思わないし、後悔はしちゃいけないと思うし、してないけど。ただ……「辛い」。
刑法で規制されてるとか、そんなことでなく、人を殺すなんて持ってのほかだ!というのは間違いなく私にとって真実だったから。だからそれを破ってしまって……何かこう、「私」という存在がぐらぐらするような感じ。
──だから今は他の真実にすがりたくてしょうがない。
「──自分を死なせたくないって真実と、トーレを死なせたくないって真実。──これだけあれば生きていけますよね?」
レスティさんは黙って立ち上がると、私の前まで来て、そして右手を私の頭の上にぽん、と置いた。──体温が伝わってくる。
そしてそのまま、レスティさんは呟くように言った。
「……お前は正しい。死にたくないと思うこと、生きたいと思うこと──本当はそれが何にも勝るちからなのに──人々は皆、それを忘れている。運命を受け入れるといえば聞こえはいいが、運命に抗う気力がないだけのこと……。──お前は誰よりも『生きて』いて、誰よりも『ちから』に溢れている。……きっとこの先も色々な者を惹き付けて止まないだろうな……」
「えっ」
と言って、顔を上げると、レスティさんは静かで、だけど確実に『生きて』いる瞳で、私を見て、そして優しく笑って、言った。
「──思う通りに生きれば良い。お前はそうそう間違えないと、私は思うぞ」
──他の人に言われたら、きっと重荷にしかならないような台詞。なのにどうして、レスティさんが言うとこう、ずんっと響くのかなあ。
私はレスティさんからちょっと身を離して、それから言った。
「だけど、王子にはいい迷惑ですよね?私、このままだと自分が辛いから、王子を大義名分にして、辛さから逃げようとしてるんだから」
そう、この先何をしても、「王子の為だ」で、乗り切っちゃおうも同然の考え方だよね。「王子だけが真実」って考えるのって。
そう思って言ったら、レスティさんは、ふっと笑って、言った。
「いや、あの王子は迷惑とも思わんだろうな。迷惑と思うような人間なら、とうにムルーのことを疎ましく思っていることだろうよ」
そ、それもそうね……。
「それがあの王子の天分というやつだ。人に寄り掛かられて、それを苦と思わずにいられる……。あれはいい王になるだろうな」
ふうん……。
「ところで、レスティさん……この剣……」
基本的には柄も鞘も乳白色で、鞘には黒い革紐のようなものが、ちょっと、巻き付けられているという、わりかしシンプルな部類に入る剣なんだけど、よくよく見ると、鞘に彫り物がしてあるんだよね。この図案って……貰った手紙におしてあったのと同じような気がするんだけど、あのマークって草原の民の長の一族のものって話じゃなかったっけ。
「ああ、軽いだろう?背は男並みでも、体格からいって、並みの剣は重いだろうと思ったんでな」
まさにその通り!だけど。
「確かに、かなり軽いですよね、これ。材質何なんですか?」
考えてみれば、材質を言われてもその物が何だかわからないよね、多分。でも、思わずそう言っていた。そしたらレスティさんは、
「鞘を抜いてみろ。──何だかわかるか?」
と言った。
言われた通りすっと剣を抜き放つと……月光を受けて、ぼんやりと淡い光を放つ、乳白色の刀身がそこにあった。
──鉄、とかならもっと鋭い光を放つと思う。この、月光そのものみたいな、淡い光り方って……何だか見た覚えがあるような?と思いつつ触れてみた。そうしたら冷たくなかった。それにこの触り心地は……。
「もしかして……一角獣の角?」
角はひねりの入った円錐形で、これは細いとはいえ、平たい剣の形状になっている。相当形状は違うんだけど、円錐を削ったら剣の形にならなくはないんじゃないかと思う。それに何より、このつるっとした触り心地と月光の色が、どうしてもラオスの角を思い出させた。
レスティさんはあっさりと肯定した。
「そう。ラオスの角を加工したものだ。細身でも鉄に近い強度を持つし、何より軽い」
軽くて丈夫な剣、か。だからわざわざ持ってきてくれたのかなあ。普通の剣じゃ私には重いから?ラオスの角で作ったなんて、多分かなりレアなんだろうものを?そして、鞘の彫り物からして、おそらく草原の民の長の一族のものを。
「……有難う、レスティさん」
好意は有難く受け取っておこう。ここにあのじいやさんがいたら、また思いっきり睨まれそうだけど。
その昔、筆が進まなくなった原因であるところの「剣」が出てまいりました。どんな理由かというのは……3-9の終わった後に、活動報告ででも……。
各所に、古さをかもしだしているこの話ですが。今回は「水戸黄門」が出てきましたね。い、一応今年位まではOKですか?水戸黄門……。