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七、閲兵式

 午後二時。王が閲兵式だと予告した時間に、私は王妃様と連れ立って城の屋上へ向かった。

 城の上からはハーレ城市が見渡せる。──昨日、その横を通ってきた広場には、今、人々が整然と並んでいた。

 その広場に対面するように、城の上には席がしつらえてあって、王や大臣達、王子は既に席に着いていた。ムルーは王子付き兵士として王子の席の後に立っていた。

 王妃様は王の隣の席に着き、私は王子の隣の席に案内された。

 ……席があるわけね、私には。ムルーは立っているというのに……。やっぱり何だかお客様扱いされてるよなあ。うーん。「お客様」するのは気がひけるんだけど、取り敢えず席に座ろう。

 座った私を見るなり、ムルーがぼそっと呟いた。

「馬子にも衣装だな」

 悪かったな!──ムルーの台詞で容易に想像できるように、私はドレスなどというものを着せられているのだった……。しくしく。

 何が「しくしく」かと言えば、だってねー、凄まじかったんだから!十時に王妃様の部屋に行ってみれば、侍女五人がかりでいきなり風呂にぶちこまれて、上から下まで、痛い程ゴシゴシこすられて……。

 そのあと、香油とかいうものを体中塗りたくられて。下着代わりだとかで、布をさらしを巻くかのように上半身にぎゅうぎゅう巻き付けられて。

 それでもやっぱり、下の下着はないし。ううう……。

 それから、薄地のさらさらした、裾が床までつくような服を着せられて(何か、私は背が高いから並のもんでは丈が短いとかで、昨晩、徹夜で侍女さん達が作り直したそうだ……)、その上にやたら細かに模様の織り込まれた根性の入ったハーレ織りのものを着せられて……。金糸銀糸で刺繍がしてある見るからに豪華そうな帯を締められて。

 それで終わりかと思ったら、髪が短いから見栄えがしないとかで、ベールをかぶせられて。ベールが落ちるっつうんで、薄地の布を額に巻いてあるんだけど、その布には珠をつないだものが巻き付けられてあるという、念の入った洒落ようだ!

 おまけに、珠が巻き付けてある布は、もう一つ、帯からスカートにかけてをも飾ってたりなんかして……えーい、何つう飾り立てようだ!

 あーもう、動きにくいったら、動きにくいったら、動きにくいったら……。

 ここまで来るのに、一体どれだけ苦労したことか!普通の歩幅で歩こうとすると、裾を踏ん付けそうになっちゃって。だから小股に小股に、お上品に歩かなくっちゃいけなくって。そんなわけで、日頃自分と無縁な形容動詞「お上品」と格闘しながらここまで来たんだぞ!ええい!全く……。

 嘆いていると、王子が言ってくれた。

「似合ってますよ」

 ……社交辞令でもありがとう、王子……。

 せっかく盛装したんだから、小袋を帯にくくり付けたりしないでくれ!と懇願されて、身に付けておこう、と思っていた予備の言語翻訳機その他は、しょうがないからレチュアさんに預けてきた。だけど、王子もムルーも翻訳機を付けっ放しにしていてくれたらしく、予備の翻訳機を持ち出さなくても、会話に苦労をしなくてすんだ。良かった良かった。

 ──私が席に着いたことで、全員が揃ったらしく、閲兵式が始まった。

 高い笛の音とともにざわめきが止み、辺りがしん…とする。

 王がすっと立ち上がって、数歩、前進する。座っていた一同も、王と共にザッと立ち上がったので、私も慌てて立ち上がる。

「ハーレの民よ、わが国がプリチュ王国の従国とされて七年……」

 王が話を始める。皆静かにそれを聞いている。

「……長い年月であった。しかし昨日、世継の王子トーレもこの国に戻った……」

 この距離でマイクもなくて、広場にいる人達には、王の言葉が聞こえているんだろうか、と私はふと疑問に思った。で、下の広場の方に目をやって──息も止まるくらい、ゾッとした。

 目!何、あの目!!人々のあの目は何!?私が昨日殺しちゃった人と同じ、虚ろな目!

 みんながみんな、生きてるとは思えないような──死んだ魚のような──。気持ち悪い……。こらえきれず、目を話し続けている王の方に向けた。

 う……。何…てこと!今まで気付かなかったけど、王の目だって大差ない!!

 王から目をそらすと、人々の目が再び視界に入る。

 目、目、目。……孔雀の羽の模様のような、──生気のない──。気持ち悪い……。気持ち、悪い……。ダメだ、目眩してきた……。意識が、遠退く……。世の中が暗い……。


 ──話し声が聞こえる。

「大丈夫です。多分、お召し物がきつすぎて、気持ち悪くなられたんでしょう。お服は緩めましたから、じきにお気付きになられる筈です」

 それって、私のこと?──ま、確かに、さらしもどきはきつすぎて、胃の辺りを圧迫して苦しかったけど、気を失ったのは何もそのせいばかりじゃないと思うぞ。

 ──思い出しても気持ち悪い、あの瞳!あ、またゾクッとした……。

 ま、取り敢えず、目を開けよう。

 そして少しずつまぶたを開けると、ムルーと緑の髪の女の人がいた。さっきの声の主は、どうやらこの女の人らしい。

彼女は、私を見て

「お気付きになったようですね。──それではわたくしは王妃様のところにご報告に参りますので、失礼いたします」

と言うと、退出していった。しかし……あーあ。今の彼女も目が死んでるわ……。

 周囲を見渡すと、ここは私の部屋、だった。まだ馴染んでないけど、「私の部屋」として与えられた部屋。

 上半身を起こそうとしたら、ムルーが、

「無理せんでいい。寝てろ」

と言ってくれた。でも、

「うん、ありがと。でも大丈夫だよ」

と言って、起き上がる。そして、ムルーの目を見た。

 ほっ…。ムルーの目は普通だ。正視できる。

「ねームルー。私倒れたの?閲兵式はどうなった?終わった?」

 私の問いに、ムルーは腕組みをして答えてくれた。

「おまえは式の途中で突然倒れた。式は多分、もうすぐ終わるだろう」

「式やってるのに、ムルー、わざわざ私に付き添ってくれてたの?──ごめん……」

「──俺はどーせ、あの手の式は苦手なんだ。抜け出す口実ができて、内心喜んでるんだから気にするな。──王子もご心配なされていて、付いていらっしゃいたいようだったが……」

 うん、いくら何でも、王子が閲兵式抜けるわけにはいかないわな。

 ──もう一つ、ムルーに質問してみよう。

「ムルー。ここの人達って何で皆、あんな──死んだような目、してるの?」

 ムルーは何で今更そんなことを聞くんだ、と言いたそうな顔をして、

「そりゃ……精神力というか、意志力というか、生命力というか……とにかくそういったもんが欠けてるからだろうが」

「……そういうもんって、あんなにはっきり瞳に出ちゃうもの──?」

「ああ、わからない奴にはわからないみたいだが、わかる奴にははっきりわかるぞ。──今までわからなかったのか?おまえの世界ではどうなんだ?」

 地球、じゃ、そうだなあ。目が輝く、という表現があるからには、ある程度、目の光とかってあるんだろうけど、「うわー死んだ目!」とか思うことってなかったよねー。 地球では、ここ程、精神力が目の輝きに反映されないのかな。それとも、私の知り合いには死んだ目に見える程、精神の弱い人はいないってことかな。

 考えていると、コンコンと音がして、王子が入ってきた。

 うわっ……まぶしい!

 思わず目を細めてしまったくらい、王子の目はまぶしかった。

「リナ……大丈夫ですか?辛い生活だったから、体が弱ってるのかも知れませんね。──倒れるまで我慢しないで、早く言って下さい。──さっき倒れた時も、ムルーがとっさに支えなかったら、頭を椅子の角にぶつけてましたよ」

 そ、それは痛そう……。

「ムルー……お世話様でした……」

と、ムルーに対して言ったけれど、ムルーはそれに対しては何も言わず、王子に向かって言った。

「王子、閲兵式は終了ですか?」

「ん。今さっきね。先発隊は既に国境に向かって出発したよ。僕とムルーは明朝出発の隊だから、そろそろ準備しないと。──そういうわけなので、リナ。ゆっくり話せる時間は、もうあまりないんです。──母上がリナのことを気に入ったようなので、便宜を図ってくれると思います。また気分が悪くなったり、ほかにも何かあったら母上に相談してください。……本当に、こんな見知らぬ所に連れてきておいて、しかも具合いが悪くなってしまったのに、放っておくのはすごく心残りなんですけど……」

 またそういう、子供らしくない心配を……。

「あのねえ、王子。具合いの方は、本当にもう全然平気。気にしないで。──それに私、見知ってるところから見知らぬ所へ連れてこられたわけじゃないからね。そもそも見知らぬ所へいたんだから、そんなの、王子の気にすることじゃないよ。大体、同じ見知らぬ所でも、あっちにいたら、今頃命がないからねえ、連れてきてもらえて感謝してます、本当に」

と言ったら、マジな顔で王子が言った。

「いえ……感謝するのは僕の方です」

「……って王子が言うから、やたら私皆さんに恩人扱いされてるけどね、一体私が何をしたと言うの。せいぜいがとこ、海から逃げようと提案したくらいでしょ。あれだってもうちょっとで溺れるところだったんだし……」

 つらつら思い出してみるに、私ってば本当に役立たずだったような……。──自分が無能だと認識するのって……辛いんだよねー。

「それだけってことは、ないですけど。大体、リナがいなければ、僕はきっと、あそこを出てくるのを未だにためらっていたでしょうから……」

 ためらう?どうして?──と思ったけど、訊けなかった。何となく、王子が悲しそうな目をしていたので……。

 一寸の空白の刻をおいて、王子が再び口を開いた。

「……武具合わせをしないといけないので……これで失礼しますね。ゆっくりお見舞いもできなくて申し訳ありませんが……」

「だからもう平気だって。あんまり気を使わないでよ、王子。そんなに苦労性だと、若白髪になるよ」

 何だか王子が暗いので、ちょっと軽口をたたいてみた。歳がいっている大臣さんは頭が白かったから、歳とると白髪になるのはここでも同じに違いない。だからきっと、「若白髪」も存在するだろう。

 王子はくすっと笑って、

「それじゃあ失礼します」

と言って、部屋を出ていった。

 王子の後ろ姿を見送って、王子が消えていったドアを見つめて、私はほーっとため息をついた。

 表情が暗い間でさえも、王子の瞳の輝きは変わらなかった。あの輝きは、感情によるものではなくて。おそらくは、王子の本質そのものだ。

 私は、呟くように、ムルーに言った。

「王子は……希望だね、ムルー。ムルーが王子に一目惚れした訳がわかるような気がする……」

 死んだような人々の中で、一人だけ、生命という輝きを放つ。まるで太陽のように。

 王子がいれば人々も、少しは輝きだすかもしれない。太陽に照らされた惑星が、輝いて見えるように。

「ああ。一目でわかるほど生気に輝いているだろう、王子は。──なのに、何だって今まで気付かなかったんだ?」

 さあ……。地球で、目で生命力を推し量る習慣がなかったからかな。

「さて、俺もそろそろ準備しに行くが」

 ムルーは、ドアに向かって歩きながら、言った。

「どうせ気付いてないんだろうから、教えといてやる。──お前の目も、大分、輝いているんだぞ」

「えっ」

と訊き返したんだけど、ムルーはさっさと部屋から出て行ってしまって、答えてはくれなかった……。


 左手首の腕時計を見ると、五時半。──結構長い間、倒れてたんだなあ。

 あんなに手間暇かけて、閲兵式のために着飾されて、その閲兵式に一分といなかったんだから……ははは……。笑えるというか、泣けるというか……。

 とにかく、上等そうな服だもんなー。こんな服着て寝てたってのは、申し訳ない。取り敢えず、今からでも着替えよう。しかし……着替えあるかなー、と考えていると、タイムリーにもレチュアさんがノックをして入ってきた。

「リナ様、おかげんいかがですか?──お着替えをお持ちしましたけど、着替えられますか?」

 ほら、タイムリー。

「うん、着替えたいなーと思っていたところ」

 で、ベッドから出る。

「それから、昨日の洗濯物が乾きましたので、一緒にお持ちしました」

 お!ラッキー!下着があるぞ、それなら。


 着替えて下着も身につけて。そうしたら、その間にレチュアさんが隣室──昨日、お風呂に入った部屋にご飯を用意しておいてくれた。どうも、隣の部屋は「多目的室」だったらしい。

 それでご飯を食べたら、レチュアさんがさっさと片付けてくれて。手伝おうにもその間すら与えてくれなかった……。身の置場がない……。

「では御用がありましたらお呼び下さいね」

とレチュアさんは言って、部屋から出ていった。

「さて。それじゃ、明日の支度でもしようかな」

と呟いて、私は取り敢えず、プリチュから持ってきた荷物とか、衣装箱の中をあさりだした。

「うーん、どうにかなりそうだなー」

とか、言っていると、

 コンコン。

とドアを叩く音がした。あれっ誰だろう。王子かな?

「はい?」

と言っても入って来ないから、ドアを開けると、

「アインさん!?」

 昨日、レスティさんからの手紙を持ってきてくれたアインさんがいた。もうとっくに草原に帰っちゃったかと思ってたのに。

「どうかしましたか?」

と訊くと、アインさんは困った顔で言った。

「すみませんが、リナ殿。私にはリナ殿の言っていることはわかりかねます」

 ああ、そうだった。耳に入ってくる言葉が日本語だからつい普通に喋っちゃうよ……。慌てて、部屋の中から、翻訳機を取って来て渡すと、アインさんはそれをはめてから言った。

「夜分申し訳ありません、リナ殿」

 まだ八時くらいなんだけど、夜間照明が発達してないこの世界では、八時はかなり遅いという感覚らしく、アインさんはそう話を切りだした。

「若君からの御伝言です。今晩これから市壁までおいで頂けないか、と。──若がそこで待っておられます」

「レスティさんが?」

ようやく出てまいりました。かなり重要なこの世界の設定です。精神力のある|なしが多大に影響する世界です。

あ、あと里菜のドレスアップ姿もようやく出てきました。……今後も滅多にしません……。

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