六、<先人の落とし物>
残酷表現あり、です。夢ですが。
バシャッバシャッバシャッ──
私が水の中を走ってる。──ううん、水じゃないな、赤黒い……これは血だ。
血の海の中を私が走っている。行く手に兵士が現われる。兵士は首から血を噴き出している。血を噴き出させた剣先は血に濡れている。そしてその剣を持っているのは私の手で──、刃を伝って来た血が私の手を濡らす。
「うわっ……」
真っ赤。手が真っ赤。目の前も真っ赤。そして世界が血の色に染まる──。
「……!!」
息を呑んで、目を開いた。瞼の裏にはまだ深紅の残像がちらついている。
はあぁ。
息を吐き出して、両手で両目を覆う。
「悪夢──」
──でも夢から覚めても現実でないことに変わりはないな。その証拠に、手をどければ天蓋が見える。こんなもん、私んちのベッドにはついてない。
「あれっ」
窓の外が明るい。おまけに小鳥がチュンチュン言ってる。──もしかして朝?私、あのまんま眠っちゃったのかぁ……。人に仕事を頼んでおきながら……。うーん、しっかり掛け布団まで掛けている……。自分でちゃっかり潜りこんだか、それとも誰かが掛けてくれたのか。
「やれやれ」
起き上がって伸びをし、サンダルというか、草履みたいなものに足を突っ込む。
するとトントンとノックの音がして、
「はい」
と答えると、レチュアさんが水を張った器と布とかを持って入ってきた。
「おはようございます。ゆうべはよくお休みになれましたか?」
「……すみません……洗濯なんて仕事を押し付けておいて早々に寝てしまうなんて……」
反省。
レチュアさんは持ってきたものを箱(どうやら衣装箱らしい)の上に置きながら、言った。
「いえ、構わないんですけど。──レスティ様のマントは、申し訳ありません、やっぱりダメでした。三人がかりで洗ったんですけど……」
そーか、やっぱりダメかー。血って落ちないものだし、生半可な汚れ方じゃなかったからなー。
「どうもお世話様でした。労力を使わせてしまってごめんなさい」
「え……謝っていただくようなことでは……。これも私の仕事ですから。あ、あと、他の洗濯物は、夕方には乾くと思います。──何か、変わった形の物もありましたけど……」
あーそりゃー多分下着でしょう。
「──それでは私、朝食を隣室の方にご用意してきますから、リナ様はその間にご洗顔とお着替えをどうぞ」
と言ってレチュアさんは素早く部屋から出て行った。──隣室って昨日のお風呂場だよねえ。そうか、風呂場にしては広すぎると思ったら、実は食堂にも化けるんだったのか。成程。
さてと。洗顔と着替えをしておくようにって言ってたよね。洗顔ということは、この水の入った器は洗面器だったわけか。よし。
バチャバチャ。冷たー。
布で顔を拭くと、顔と同様、頭もすっきりしたような感じがした。ふと耳を澄ますと、戸の外や窓の外がけっこうざわついているのに気が付いた。──そうか。今日は閲兵式だって言ってたっけ。きっと朝もはよから皆、準備に駆け回ってたに違いない。
それに比べて私ってば、ガーガー寝てるわ、レチュアさんに世話かけるわ……役立たず、どころかお荷物になってるな……。
どんどん考えがじめじめしていきそうだったので、頭をぶるぶる振って、思考を中断した。ええい!とにかくやれることからやるしかない。まずは、着替えるぞ!
そして、顔を拭いた布と一緒に置いてあった服に手を伸ばした。
──何つーか、着方を間違えようもない服ね。Tシャツの丈が長いようなもの。
う。着てみると本当にやたら丈が長いぞ。床上10センチ位しかないじゃないか。しかも裾もあまり広くないからやたら動きにくい。
ぶつぶつ文句を言っていると、レチュアさんが戻ってきた。開口一番、彼女は言った。
「やっぱり、丈が短いですねー、リナ様お背が高いから……」
短いー!!じょーだんじゃない、学校にこんな丈のスカートはいてったら、間違いなく生活指導の先生にとっつかまるって位、長いぞ!──と思ったけど、同じ型の服を着てるレチュアさんを観察して何も言えなくなった。彼女の裾は床についてるんだよね……。成程、あれが標準なら、床上10センチは短いだろう。
5センチ幅位の帯を腰で締めてから、ふと思い立って、ムルーがプリチュで取ってきてくれた<先人の落とし物>がまとめて入れてある小袋を帯にくくりつけた。──どこで誰と喋る破目になるかしれないから言語翻訳機を身に付けておこうと思った次第。……でもくくりつけてみると、意外と重量あるなあ。翻訳機以外の物も入ってるしなあ。
で、着替えが完了すると、レチュアさんが、私を隣室に促しながら言った。
「王子様から御伝言なんですけれど……『慌しくしていて、朝の御挨拶に行けなくて、申し訳ありません。もし、よろしければ、父上から許可は取っておきましたので、<先人の落とし物>を見に行ってみてください』……とのことです」
おお!それは嬉しい。私が暇だろうと思って、王子ったらわざわざ許可を取ってくれたのだろうか。朝ご飯食べたら行ってみよーっと。
そういうわけで私は、食後早速レチュアさんに案内してもらって、先人の落とし物が保管してあるという地下室に向かった。
朝とはいえ地下は暗いので、左手に灯りを持ってレチュアさんは私を地下へ導いた。
地下といってもプリチュとは違って、牢屋として使われているわけではないらしく、けっこう人出があった。篭にいっぱいお芋らしき物を入れて持って歩いている人とかがいるところを見ると、食料貯蔵庫もあるのだろう。
レチュアさんは、そういう人の出入りが激しい部屋の前を通り過ぎて、ずんずん奥へ向かった。次第に人が少なくなってくる。
そして、とうとう突き当たりに行き当たった。その突き当たりにあるドアを指して、レチュアさんが言った。
「ここが保管室です、リナ様」
レチュアさんが借りてきてくれた鍵をその扉の鍵穴に入れて回そうとしたら、やたら堅くて、両手を当てて力一杯回す破目になった。
……何年も何年も人が寄り付いてないというのが、すぐわかる堅さだ……。
それでもその内に、なんとか鍵も
ガチャン
と、音を立てて回ってくれた。やれやれ、手が痛くなったぞ。
ひりひりする手をぶるぶると振ってから、扉を開けた。
「うわあ……」
思わず感嘆の声を上げた程に、その部屋は凄かった。
埃も凄かったし、置いてある物の量も凄かったけど、何よりもその雑然さが。ミシン(らしき物)、自転車(らしき物)、電話機(らしき物)、トースター(らしき物)、冷蔵庫(らしき物)……。色々なものが、配置も何も考えず、ただ置いてある。おそらく、用途がわからないから、配置を考え様もなかったんだろう。
いちいち(らしき物)を付けたのは、まるっきりその物に見えるけど、異世界なんだから、実は違う物かもしれない、と思ったからなんだけど……、よくよく見るに、やっぱり「まるっきりその物」のようだ。少なくとも、自転車(らしき物)は間違いなく自転車だ。
いやはや。これは本当に、やたら地球と似た文明だったんだなあ。大半の物の用途が想像できるもん。……おや、カメラ。おや、アイロン。
感心して、ふらふら歩き回っていた私の後ろを、レチュアさんは灯りを持ってついてきてくれた。もう既に目は大分暗さに慣れてしまって、その灯り一つで大分辺りを見回せた。そして見回してるうちに、奥の方に置いてあるミキサーの中に妙な物が入れてあるのに気が付いた。
そこまで歩いて、ミキサーの中からその妙な物を取り出した。しげしげと眺めていると、レチュアさんがそれを照らして言った。
「……石、ですか?それにしては……」
それにしては形が変、とでも言いたかったんじゃないかな。それはロケット型をしていた。
「……弾丸、じゃないかな、これって」
と呟くと、レチュアさんは「?」という顔をした。そりゃわかんないでしょうね、弾丸なんて言われても……。
思い当たる節があって、帯にくくり付けておいた小袋を手にとって、中からある物を取り出した。
「なんですか?それは……」
というレチュアさんの問いに、
「んー、……切り札」
と、答えておいた。
そう、「切り札」。うまく使えれば、魔王並にこわがってもらえるだろう、と思って、持ち歩いていた物。それは、まあいわゆる「銃」という物だった。
当然、日本の一女子高生としては、そんな物と今まで縁があったわけはない。でも、「切り札」として使う気なら、それなりに使い方を知っておかなくちゃ、と思って、旅の間に暇を見て、銃口を明後日の方に向けて、色々いじってみたから、使い方は一応把握したつもり。……まだ、試しでさえ撃ってみたことないけどさ。
とにかく、そんなこんなで身に付けた「いじり方」でガチャガチャとその銃をいじって、中の弾丸を出してみた。案の定……。
「まあ、同じ物ですわね」
と、レチュアさんが言った通り、ミキサーの中の物と拳銃の中に入っていた五つの弾丸とは、まるきり同じ物だった。それにしても……、いくら用途がわからないとはいえ、ミキサーの中にこんな物入れておくんじゃない!火薬だぞー。何かのきっかけで、ミキサーが動いちゃったら……ど、どうなってたんだろう……、想像するのも怖い……。
しかし、弾丸がこれだけあるということは、試しに撃ってみても、代わりがあるということか。五個しか弾がなかったから、試し撃ちさえしてみる気になれなかったもんなあ。おかげで、弾丸が湿気てるかどうかさえ、わかってない……。
まあ、この先、この「切り札」が必要になるかどうかは知らないけど。こんな物、使わずに済めばそれに越したことはないと思うけど。……人を害するための文明なんて、発達しないほうがいいもんな。
──ゴーン、と遠くで鐘が鳴った。
この城では、日中、二時間おきに鐘が鳴るんだそうだ。
「もう、十時ですか!?リナ様、申し訳ありません、急いで上にお上がり頂けますか?王妃様から、十時にリナ様をお部屋の方にお連れするよう、申し付けられていたんです」
と、レチュアさんが、焦ったように言った。で、私達は、とにかく急いで、王妃様の部屋に向かうことにした。
そんなわけで1-8で、里菜が「おっと」とか言ってたり、2-2で切り札と言っていたのは銃でした。
あと、スカートが長すぎて生活指導に捕まる、って、今の世の中だと違和感ですかねー。どちらかというと短すぎて捕まる世の中?ま、まあ長すぎても捕まりますよね!?