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五、お風呂

「──こちらでございます」

 王妃様と一緒にご飯を食べた後、王妃様付の侍女のレチュアさんに案内されたのは、やたらと広い空間。

「あの……?」

 こんな広い所で何をしろというのだろう。床運動だろうか。

 不思議に思っていたら、もう一度レチュアさんが言った。

「こちらがリナ様のお部屋でございます」

 ──思わず絶句。その理由は二つ。一つは、教室位ありそうなこの部屋が、私一人に与えられた部屋らしいってこと。もう一つは……なーんで様付けなんだよー、ってこと。

「あのーレチュアさん、その、里菜様っていうのをどうにかして頂けませんか?」

 翻訳機を渡したので、彼女とは話が通じる。──でも、翻訳機してもらうのも色々不便だなー。持ってきた翻訳機もそろそろ底をつくし……。そろそろ言葉を覚えないとダメか……。

「そんなわけにはまいりません。リナ様は大切なお客人でいらっしゃいますから……。それよりリナ様の方こそ私などにそのような敬語をお遣いにならないで下さいまし。私、困ります」

 困ると言われてもなー、うーん。──とりあえず部屋に入ろう。

 しかしつくづく広い部屋だ。これがいわゆる「天蓋付ベッド」か、と思わず感心するような馬鹿でかいベッドが一つ。その向こうには何やら木製の箱。空いた床面には十畳位のサイズの敷物が敷いてある。壁には冬になったら使うんだろう暖炉があって、あとは椅子が二脚、壁際に置いてある。──置いてある物が少ないから、余計広々と見えるんだな。

 レチュアさんは、左側のカーテンを指して言った。

「そちらにお湯の用意が出来ていますから、夕食の前に埃をお落とし下さい。私はお着替えを調達して参りますので……」

と言うなり、レチュアさんはドアを閉めて、パタパタと走り去っていってしまった……。

 えーと。──それじゃあ言われた通り、お風呂でも入ろっかな。


 パシャン。

 湯船に足先をちょっと入れる。──うん適温。

 ボチャン。

 肩までお湯につかる。

 あーお風呂なんて何日ぶりだろ。うーん、気持ちいーなー。一回、海と川には洗われたけど。

 この浴室は、十二畳位はありそうな部屋で、その部屋の真ん中辺りに木で出来たカヌー、のような物がでんと置いてあって、つまりそれが浴槽なわけだ。給水設備がない所を見ると、どこからかお湯を運んできているらしい。運ぶ人は御苦労様なことだ……。

 更に言えば、排水設備もなさそうだから、家のお風呂みたいに、浴槽の外でお湯をじゃーじゃー流して体を洗うわけにもいかない。ここ三階だから、じゃーじゃー流したりしたら、下の人に迷惑がかかるだろうし。

 ということはつまり、体を洗うのは、この浴槽の中でごしごし体をこするのが関の山ということかな。要するに洋風風呂に近いんだろう。でも、私が今まで使ったことのある洋風風呂にはシャワーがついてたけど、ここにはそんなものはない。どうやって流せばいいかなあ……。

 そんなことを湯船の中でぼんやりと考えていたら、カーテンが開いて、レチュアさんがひょっこりと顔を出した。──驚いた。銭湯でもない、個人用の風呂に入ってる時に覗かれたら、たとえ相手が同性でも驚きますって。

 レチュアさんは私のそんな様子にも頓着せず、尋ねた。

「リナ様。お湯かげんはいかがですか?」

 訊かれて私は初めて気付いた。翻訳機をはずし忘れていたことに。機械だから、水に入る時ははずすべきだよね、やっぱり。でもはずし忘れるなんて……既にこれ、体の一部になってるなあ……。

とか何とか思いながら、

「はあ、いいです」

と答えると、レチュアさんは持ってきてくれた着替えを台の上に置きながら、再び口を開いた。

「そうですか。ではお体をお洗いいたしますけど……」

 バチャバチャと水音が立つ程、首を横に振ってお断わりした。

「いえいえ、けっこーです。正しいお風呂の使い方さえ教えて頂ければ、自分で洗えます!是非自分で洗わせて下さい�」

「そうですか?」

と首を傾げてレチュアさんは言った。傾げた拍子に、両脇で三つ編にしてある黄緑色の髪の毛が揺れる。

 そしてレチュアさんは、お風呂の使い方を教えてくれた。……石鹸を布にこすりつけて、その布で体をこすることまで。──余程、物知らずだと思われてるな、私。そりゃ物知らずですけど!いくら何でも石鹸つけた布で体をこすることぐらいは知ってるんだい!

 とにかく訊いたおかげで流すのはどうするのかがわかった。湯船の横においてある木桶のお湯を手桶ですくって、湯船の中にいる時に、体にかけるんだそうだ。

「他に御用はございませんか?」

とにっこり微笑まれて、ちょっと不思議に思ってたことを思い出したんで、訊いてみることにした。

「あのーレチュアさんてさ」

「はい?」

「レチュアさんて私のこと怖くない?魔だと思わないの?私城下でさんざん魔だの闇だの言われたんだけど」

 だけどレチュアさんは、王妃様の部屋で初めて会った時からにこやかだ。にっこり笑って私に飲み物を勧めてくれた……。

「まあ。魔だなんて……思うわけがありません。草原の民の若様が、魔を支援なさる筈がありませんもの」

 ああ、そういう理由……。──レスティさんの思惑は見事に当たっているらしい。

「それじゃリナ様、他に御用がないようでしたら、私、お召物を洗濯してこようかと思いますけど……」

 あ、洗濯で思い出した。

「あのー、その窓際に置いてある荷物の横のマントなんですけど……」

 レチュアさんは私の言ったマントを見ると、すっと顔色を変えた。

「この血染めのマントですか?」

「やっぱりその血落ちません?レスティさんに借りたマントなんだけど……」

 レチュアさんはもっと顔色を変えると叫んだ。

「プテスの若様のですか!?じゃ頑張って洗ってきます!」

「はあ、すいませんがお願いします」

って言ったんだけど、聞こえなかっただろうなあ……。凄い勢いで部屋から飛び出していったもんなあ。

 とりあえず翻訳機外して、髪の毛から足の先までごしごし洗って。

「うーん、さっぱりした」

と体を拭いて服を着ようとして、それで気付いた。

「しまった。レチュアさんたら下着まで洗濯に持ってってくれちゃったらしい……」

 何が「しまった」なのかって、そりゃ赤の他人に下着まで洗ってもらってしまう破目になっちゃったこともあるけど──更に問題なのは、替えのパンツがないという事実なんだよね……。

 そもそも、川でずぶぬれになって、服を着替えた時に気付いたことなんだけど、どうやらこの世界には女性用のパンツという物がないらしい。ま、昔は日本でも西洋でもそうだったらしいから、別に驚くようなことでもなかったんだけど。単に私は下着なしで服着る気にならないってことなんだよね。しょうがないから、来た時に着てたモノを洗って、乾かす間もないから濡れたまま着用してたんだけど……。濡れても愛用してた唯一のモノを持っていかれたとすると、どうしようかなぁ……。

 考えながらとりあえず、レチュアさんがさっき持ってきてくれた寝間着を着る。うーん、丈が長いぞ。こんな長いから、下着が不要になるんだよな……。うーん、考えてても仕方ない。ないものはないんだ。

 翻訳機を再び耳にはめて、カーテンを開けて浴室から出ると、ベッドが目に入った。

 お布団という存在が久しぶりで、ついつい魅惑されて掛け布団の上からうつぶせに寝っころがった。

 はぁ。

 思わず、ため息をつく。お風呂に入って、身も心もリラックスして、ついでにお布団なんていう愛らしいものに触れたんで気が緩んだのかもしれない。ここしばらく、忘れたりはしなかったけど、忙しくて考えてる暇もなかった疑問が頭に浮かんだ。──それは、何で私がここにいるのかってこと。……いかん、涙が出てきたぞ。

 ──ここに来たりしなければ私は人を殺したりせずに済んだのに。……うー、でも自分で決めたんだから、こんなこと考えちゃいかんよな。考えるのは卑怯だ。殺した人に対しても、……王子に対しても。

 でも私、ちゃんと元の世界に戻れるのかなあ……不安だなあ……。

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