四、リーヴ大臣
とりあえず用事は終わった、ということで、アインさんが退室した。しばらく泊めてくれるよう、王に頼んでから。
そしてリーヴ大臣が発言した。
「王陛下、トーレ殿の提案を受け入れられたらいかがです?何も永遠にプリチュ王国の植民地でいたいと仰せられはしないでしょう?──トーレ殿はプリチュの王を殺せるというし、リナ殿には草原の民の若君がついていらっしゃるという。この機を逃したら我が国はいつまでもこのままだと思いますが」
王は後ろを向くと、静かに言った。
「大臣達。──今のリーヴ大臣の意見に異論のある者は?」
おじさん達(実は全員、大臣みたいだなあ、王の台詞からして)は、しん…として、そして誰も何も言わなかった。トーレ王子が期待で顔を紅潮させる。
そして王は前に向き直ると、言った。
「では我が国はトーレ殿に協力して、ロッフ王を倒──」
「待って下さい!!」
それはそれまでずっと静かにしていた王妃が言ったものだった。
「王妃……?」
王がそう言った。王妃は目に涙をためて訴えた。
「結局、プリチュ王国に敵対するという意味では、トーレを匿うもトーレに協力するも同じだ、と貴方はおっしゃいましたわね。──でしたら認めて下さい!あの子を私達の子だと!同じでしょう?認めても認めなくても!同じなんでしょう?」
王はちょっと困ったような顔をして、リーヴ大臣に訊いた。
「リーヴ、どう思う?」
王に随分頼りにされているらしいリーヴ大臣は、あっさり答えた。
「そうですね、王妃様のおっしゃることはもっともだと思いますが」
王子の瞳が輝いた。
「そう、か。そうだな……」
王はそう呟くと、言った。
「ではトーレ。帰って、くるか?この国に。この、情けない両親の元に」
王子はゆっくりと言った。
「いい、のですか?父上、母上、とお呼びしても?」
王が頷くより先に、王妃が席を立って走ってきて、すがりつく様にして、王子を抱き締めた。
「トーレ……!」
「は、ははうえ……!」
うーん、感動的。よかったねえ、王子。
王は一瞬、幸せそうにその妻と子を眺めたけれど、幸せを噛みしめる間もなく、あっちこっちに命令をしまくった。
「衛兵!詰所にいるプリチュの兵士に我が国はプリチュから独立する、と伝えてそのままハーレ王国から追い出せ!それからハーレ国内の各村に触れを出して独立宣言発布を伝えるとともに、十二才以上四十才未満の男子を兵士として集めろ!」
じゅっじゅうに~~!?王子に質問しようとしたら、まだ感動の御対面をやってたので、ムルーに訊いた。
「ムルー、何で十二なの!?」
ムルーは何でそんなことを訊くんだ?という顔で。
「そりゃ十二で成人するからだろうが。──国によって多少の違いはあるが、ハーレ王国じゃ十二だ」
「そっそうすると王子は……」
「ああ、プリチュ王国が十三で成人だったから成人式はしてないが、ハーレでは成人扱いだな」
「……私の世界じゃ二十で成人だけど……」
「二十!?そりゃえらく遅いな。するとお前は……」
「うん、まだ未成年。──あ、でもね、うちの世界でもその昔は成人式は元服っつって、十いくつかで成人してたらしいけど……」
でも昔はさ、寿命が短かかったから、成人が早いのもわかるけど……。あれ、ということはもしかして……。
「ムルー、ここの人の平均寿命ってどのくらい?」
「あー?そうだな、五十くらいのもんじゃないか?」
うーん、そうか人生五十年なのか……。それじゃ成人が早いのも道理だな。
王に命じられて、衛兵が数人どたばたと部屋から出て行った。
隣で王妃がやっと王子にすがりつくのをやめた。王が玉座から下りてきて、
「王妃、これから会議ゆえ、トーレにも出席してもらわないと困るのだが」
と言ったからね。
王はムルーにも言った。
「貴殿はずっと王子を守ってくれていたのだな。──父として礼を言う」
「……俺の剣は今まで、プリチュ王を除いては二人にしか捧げられていない。そのうち一人にはもう二度と会えないことになってしまったから、このうえ王子までなくすつもりは、全くない。ただそれだけの、俺自身の事情だ。他人に礼を言われる筋合いではない」
というムルーの答えを聞いて、王はふっと笑うと、再び言った。
「まあそれはともかく、会議に出席してもらえるかな?あと十分程で用意ができる故」
うーん、会議……。それは私もついていっていいものなのかなあ?私に出ろとは王も言ってないしなあ……。でも王子やムルーと離れるというのも何か……不安だ。
ということを考えていたら、リーヴ大臣が近くまで来ていた。そして大臣に向かって王子が言った。
「叔父上!先程は御助力有難うございました」
へっ叔父上?
「いや、私の力など大した事ではありません。最終的に場を決定したのは王子、貴方の力でしょう?レスティ殿のお力添えにしたって、貴方がレスティ殿のお心を動かされたからでしょうし」
……王子を誉められて、ムルーがうんうん頷いている……。
「でもレスティ殿が動いてくれたのは、リナの力によるところが大きいというか……」
えー?うーん、まあ何だか妙に気に入ってもらったような気はするけど、でも気に入られたのは、王子もムルーも同じじゃないねえ。
「それならリナ殿を味方に出来たのが王子の功績というべきかも知れませんね。──リナ、殿?初めまして。ハーレ王国第八大臣でリーヴと申します」
王子が補足してくれた。
「そして父上の妹の夫君でもあります。ただ、叔母上は随分前に亡くなったので、夫君だった、と言った方が正しいかも知れません」
ああ、だから叔父上なのか。
「初めましてリーヴ大臣。松浦里菜と言います。──王子がいなかったら今頃死刑になってた身ですから、王子と知り合えて幸運だったのは、多分私の方なんですけどね。それであの、殿も要らないし敬語も要りませんから」
たかがレスティさんの知り合いだってだけで、大臣やら王様にまで敬語使われたら、いたたまれなくって、もう……。
「そう、か?それではリナ、と呼ばせてもらうことにしよう。──いいですね?陛下」
と、リーヴ大臣が、私の考えてることがわかったかのように、王にまで釘を刺してくれた。うーん、いい人だなあ……。
部屋の入口に衛兵が一人現われて言った。
「申し上げます。会議の間の用意が整いましてございます」
「わかった」
王がそう言うと、大臣連が部屋から出て行った。王子が私の方を見て言った。
「リナは……どうしてます?」
うーん、どうしてようか……。
そうしたら、それまで王の隣に静かに佇んでいた王妃が言った。
「彼女のことでしたらわたくしが見ていますから、安心して行ってらっしゃい」
王子はにっこり笑って、言った。
「はい、お願いします、母上」
そして王子とムルーが連れ立って会議の間へと向かった。
王が言った。
「では王妃、お客人のことは頼むぞ、丁重に、な」
うーん、王子とムルーはもう受け入れられてるのに、私は客人扱いか……。仕方ないけどねー。囚人扱いとか魔扱いとかよりは格段にマシだし。──格段どころか天と地ほども違うか。
「はい、わかりました」
と王妃がにっこり笑って答えると、王は部屋を出て行った。その後ろ姿を見届けてから、王妃は私の方を見て言った。
「じゃあリナ?行きましょうか?」
王妃様にくっついて部屋を出たら、兵士が剣を返してくれようとした。
「あ、どうも」
と言って受け取ろうとしたら、王妃様が綺麗な顔をしかめて、
「まあ!女性にそんなものを持たせてどうするんです?」
と言った。兵士は戸惑ったように、
「えっこの方、女性なんですか!?」
と言った。おい……。
「まあどこを見ているの?立派に女性じゃないの」
「あの、服装は確かに女性ですが、身長と髪型からして、男性が女装なさっているのかと……」
うーん、男の子に間違われたことは何度かあるけど、スカートはいててなお男だと思われたのは初めてだなあ……。まぁここじゃ男の人だってスカートっぽいのはいてることあるし……。
「確かにリナは背が高いわね。わたくしより五デイばかり高いかしら?──とにかく、リナには剣など要りません。どこかに片付けておいてちょうだい。──さ、リナ」
うーん、要らないかなあ、要るような気もするけどなぁ……。ま、いいか。この人ってどうも反抗する気が失せる……。