二、謁見
南大門をくぐってから、道はずーっとまっすぐだった。
この世界へ来てからこっち、やたらめったら良くなったらしい私の目には、その道がずーっと先にあるもう一つの城壁の、門らしき所まで続いているのが見て取れた。
兵士、ムルー、王子と私、その後ろにもう二人の兵士、の順で石畳の上を歩いていく。道の両脇はずっと、家とか宿、店などが立ち並んでいて、人々が物陰からこそこそとこちらを見ていた。
──どうやら私ってば、ここにきてから耳も良くなったらしく、陰口がしっかり耳に入ってきた。ま、陰口の内容は想像に難くないでしょう。──ふんっだ。いいもん、闇色の髪も闇色の瞳も私は気に入ってるんだもん!魔物なんかじゃないもん!ふんっ!
思わずいじけながら、三十分位歩いた頃、十字路に出た。それを突っ切って、更に十分くらい歩くと、いきなり左側だけ視界がひらけた。──つまり、左側だけ建物が何にも建っていなかった。そしてその空地(?)には石が敷きつめられてあった。……どうもそこは広場らしかった。
そして広場が終わると、そこが第二の城壁だった。
そこの門も、南大門と大体同じ造りになっていた。多少サイズは小さかったけど。
その門の番兵には、もう話がついてたらしく、兵士は軽く会釈をしただけでその門を通過した。勿論、私達三人と残りの兵士も続いて通過。そして、ハーレ城をまのあたりにした。
ハーレ城はプリチュ城と同じ石造り。同じ石造りでも色々と違うんだろうけど、プリチュ城の中で、大抵目隠しさせられてた私にわかるわけもない。
うん、でも石造りの建物、しかも城なんて、そうそうお目にかかれない代物だから、よく見とこ。
──というわけできょろきょろしてるんだけど。我ながらすごい心臓だと思う。だって城内に入ってからというもの、見張りの兵士が増えて、四方八方を槍持った兵士達に囲まれているというのに(おかげで城の様子がよく見えやしない)この態度だもん。私ってやっぱり開き直るタイプなんだなー、としみじみ実感。
でも、この兵士達ってばびくびくしてるんだもん。思わず図々しくもなる。ま、ムルーに対しては、自分の剣とか槍の腕なんて到底かなわない、と知っててびくびくしてるんだろうし、王子に対しては、何せ元々は自国の王子だから、扱いがわからなくてまごまごしてるんだろうし、私に対しては、へっへっへっ、何てったって〈闇の魔物〉だもんねー、おどおどしてる。ふんっ。
そうして連れていかれた部屋は、謁見室らしかったけど、そこには扉がなかった。あとで聞いたところによると「万人に開かれた部屋」だから、なんだそうだ。
部屋に入る前に、御前だ、ということで武器を没収された。没収ったって、普通は退出したら返してもらえるそうだけど、ね。さて私らの場合、返してもらえるか否か。
そして部屋に入ると、奥に玉座があって、こちら側と玉座とを仕切るカーテンなんてものなしで、王と王妃が座っていた。
「父、上!母上!」
小さく王子が呟いた。
「トーレ……!」
思わずそう呟いた王妃は、王に諌められた。──ということはやはり、王は王子を自分達の子として迎えいれる気はない、ということだろうな。ふぅ。
王妃は目に涙をためていた。
王と王妃の後ろにはいかめしい顔をしたおじさんが八人、座っている。
右腕に重みを感じて、そちらを向くと、王子が私の腕につかまって、傍目にはわからぬ程度に震えていた。振動が、腕から伝わってくる。
「……王子?」
と私が言うと、王子ははっとしたように私の方を見て、腕を離し、そして言った。
「ごめんなさい、大丈夫です。有難う」
そうしてきっと前に向き直る。で、思わず私は王子と手をつないでしまった。私が「……王子?」と訊いたのは、別に王子が腕をつかんだことを責めたわけじゃないもん。もし、私の腕をつかむことで少しでも立っているのが楽になるのなら腕ぐらいいくらでも貸す。──他に何にも手助けできないから……。
「砂漠の民のムルー。そなたを迎えるのは二度目だな。先刻の、プリチュ王国の使者によると、貴殿は現在プリチュの兵士であるそうだが──私に用、とは一体何だ?」
トーレ王子の実の父君、ハーレ王が、ことさらにトーレ王子を無視して、ムルーに言った。そりゃ私達は、ムルーが王に用があるという名目で入城したんだから、形式的にはそれで正しいんだろうけど……。
「ハーレ王。正確には用があるのは俺ではなく、こちらのトーレ王子だ。話はトーレ王子から聞いてくれ」
とムルーが言った。それでやっと王はトーレ王子の方を向いて、震える声で、それでもきっぱりと言った。
「プリチュの王子殿下──この国にはどんな用でお立ち寄りだろうか」
王の子として──ハーレの王子として受け入れてもらう希望を完全に打ち砕かれて、王子は少し哀しそうに顔を歪めた。それでもすぐに、私の手を離して、一歩前に出て言った。
「ハーレ王。僕はもうプリチュの王子ではありません。ただの亡命者、あるいはただの旅人です。そしてただの旅人として貴方に意見したいことがあって、それで参りました」
部屋がしん…としていた。この部屋にいる誰もが王と王子の本来の関係を知っていて、そして更にこんな素っ気ない態度を取らなくてはいけない、それぞれの立場も知っていて──多分それで誰も何も言えずに静まりかえっていた。
「トーレ王子……」
王が静けさを破って言った。
「貴殿が亡命者だと主張しようと、我が国はプリチュ王国の属国であって、ロッフ王の命令を聞く義務がある。そしてロッフ王の命令は貴殿をプリチュ王国に送り返すことゆえ──衛兵!」
えーい!苦労して(あんまりしてないかな)ここまで来た私達の努力を買って、せめて話ぐらい聞いてくれたっていいじゃないか!と怒る間もなく、壁際に控えていた衛兵が慌てて動きだそうとして、槍とか剣とかでガチャガチャ音をたてた。
うー王子の決意は無駄に終わっちゃうんだろうか。くそー何か王子の為に出来ることないかなー、うーうーうー。
ムルーは王子を守ろうと身構えた。衛兵はずんずん近付いてくる。王子は何か言いたそうに王を見つめていた。王は──顔を背けた。
「お待ち下さい、王陛下」
低く、通る声がして、衛兵は歩みを止めた。そして部屋にいた誰もがその声の主の方を見た。その声は、玉座の後ろに控える八人のおじさんのうち、一番端にいた人が発したものだった。
王はその人を見て、言った。
「リーヴ大臣……?」
その、リーヴ大臣と言われた人は立ち上がると、落ち着いた声で言った。
「意見がある、とおっしゃるのだから、聞くだけでも聞かれてはいかがですか?仮にも──実の親子の間柄なのですから」
おっと。「実の親子」なんて、ほとんど禁句扱いされてること、あっさり言っちゃったよ、この人は。
まわりは当然騒然となる。それでもリーヴ大臣は平然としたもので、ゆったりと椅子に座り直した。うーん、単に鈍感なのか、それとも豪胆なのか……。
王は苦しそうに言った。
「リーヴ大臣。確かにトーレは私の、私達の血をひいている。だが、トーレを我々の子だと認めるわけにはいかない。わかっているだろう?」
認めたら、プリチュが攻めてくる、ということだろうな。それにしても──何だか、最後の「わかっているだろう?」は王子に向かって言ったフシがあったなー。
王子もそれを感じ取ったのだろう。王子が答えた。
「ええ、わかっています。だから僕は自分があなた方の息子だという立場を利用して匿ってくれ、とお願いしにきたのではありません。ただ、協力して頂きたいことがあるのです」
王は、しばらく間を置いて、言った。
「リーヴの顔を立てて、そなたをとりあえず旅人として遇そう。──言ってみるがよい。協力して欲しいこと、とは?」
王子はごくん、と唾を飲み込むと、ゆっくり口を開けた。
「プリチュの魔王ロッフを倒すのに手を貸して下さい」
第一、二章は高校時代に書いていましたが、
第三章は、大体、大学時代に書いていた、と思います。
あ、途中からは就職していたかも……。
一体何年かけて書いているのか……。