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一、流血

サブタイトル通り、流血沙汰があります。

 多分、相手が布を捨ててる時間があったから、間に合ったんだと思う。ムルーが以前渡してくれた剣……一応腰に吊しておいたその剣を抜いて、相手が振り下ろした剣を受けるのに。

 それから後は無我夢中。相手が振り下ろしてくる剣に向かって、必死で剣を出して受ける、その繰り返し。

 向こうが鎧なんか着て、おまけに盾なんか持ってるのに対し、私はすぐにも破れそうな布の服一枚。剣で受けでもしなきゃ、怪我するのは必至。

 だから一生懸命一生懸命、剣を出していた。何せ私は、剣なんて木刀すら持ったことない人だし、本当にそれで精一杯だった。初めのうちは。よく全部受けているものだと自分で感心すら、した。

 だけどそのうち、慣れてきたのか、相手の隙が見えるようになった。でもそれでも攻撃なんか出来なかった。包丁よりも切れ味のよさそうな刃物を持って、人に向かっていく、その結果を考えたら、怖くて足が進みやしなかった。

 と、いうよりも──むしろ、相手の隙が見える程の余裕が出来たからかえって、攻撃できなかったのかもしれない。本当に殺されそうで全然余裕がなかったら、死にたくなくて思わず剣を振り下ろしていたかもしれないけど……。


 ムルーはおじさんをさっさと片付けて、王子の──善戦してたけどさすがに子供だからね、危なかったの──手助けに行く途中、私の状況を見て取ったらしく、叫んだ。

「馬鹿野郎!守ってばっかじゃいつかはやられるんだ!」

 うわーん、そんなこと言ったって~~!と思いつつ改めて自分の対戦相手に向き直り、そうしたら相手と目が合ってしまって──怖かった。背筋を冷たいものが駆け上って、頭のてっぺんまで通り抜けていったような気がした。その位、本当にぞっとした。だって相手の瞳は、何かを見ているとはとても信じられない位、虚ろだった。生者の瞳じゃないよ、これは!死者の瞳だ。

 怖くて、怖くて。私は一瞬、凍りついたように動けなくなった。

 素人相手にかすり傷さえ負わせられないような人間でも、兵士は兵士。その隙を見逃す訳もなく、ここぞとばかりに剣を振り下ろしてきた!

「リナ!!」

 王子が──ムルーが助け船を出したんで暇になったのだろう、私の戦いぶりを見てたらしい王子が、そう叫ぶと私とその相手との間に割って入ってきた。

 ヒュンッ!──剣が空気と王子の左腕を切り、王子の腕から鮮血が迸った。

「王子!!」

 ドクン。──心臓が疼く。

 王子の体がグラッと傾げて、地面に倒れ落ちる。近寄ろうとしてしゃがみかけたら、敵さんが再び襲ってきたんで、とりあえず右手で持ってた剣を振り上げたら、当りどころがよかったらしく、敵さんの剣が飛んでいった。敵さんは慌てて剣を拾いに行った。──それっ今のうちだ!

 しゃがみこんで、言う。

「王子っ大丈夫!?」

 王子は寝っころがったまま、

「──っ……大丈夫、です」

と言った。口調がはっきりしてたんで、ほっと一息ついた。

 だけど左腕からはどくどく血が流れていた。──これは私のせい。私が躊躇なんかしてたせい。

 くっそー、しっかりしろ、松浦里菜!王子の、助けをしたくてついてきたのに、私のせいで王子を怪我させてりゃ世話ないじゃないか。

『重要なのは何の為に戦うか、だ』

 レスティさんの台詞がふと頭に浮かぶ。

 答えはもう、出てたんだ。王子と一緒にプリチュ王国を逃げ出した時に。戦いたくなくて──自分の手を汚したくなくて、気付かないフリをしてただけ。

『何の為に戦うか』

 呪文みたいに、もう一度頭の中で唱える。それから王子の上半身を起こして、座らせておいて(止血してあげたいけど、その暇なさそうだし)、私は言った。

「王子、見ててね」

 立ち上がると敵さんは剣を拾って走り戻ってくるところだった。

 さあて。

 キュッと剣を両手で握り締める。片手で持つにはちょっと重いんだよね、これ。それにどうせ剣なんて使ったことないんだから、よく見てただけマシかもしれない、ちゃんばらの真似をしてやるっ。

 左腕に盾をつけて体を守り、右手で剣を持って向かってくる敵さんをじっと睨み、その剣に向かって、両手で力一杯私の剣を振ると、ラッキーなことにガードが下がったので(ボクシングみたいな言い様だな)その機を逃さず、剣を右から左へスライドさせる。当ったところは相手の首だった。

 コマ送りしてるみたいに、画面が一つ一つ流れていく。

 首から血を噴き出して倒れていく人。

 その血を流れさせた剣。

 その剣を持っている手。

 その手は──私の手。

 私の手は──返り血で濡れていた。服も――血で染まっていた。

 ──これは私の決めたこと。そしてきっと、この一太刀は私がこの世界で生きる為の第一歩。私が今までいた世界の常識が通じないこの世界で生きる為の──。

 そうは思っても……何だか泣きたいような気分。何か「切ない」ような気がする……。何が切ないんだか、うまく言えないけど、何となく切ない……。

「リナ?」

 心配そうな顔をした王子が、下から私の顔を覗き込んできた。私は、王子の顔を見た瞬間、泣きたい気分が倍増して、涙なんか見せずに済む様に、目をつぶった。

 優しくて、強くて、脆そうで、賢くて、穏やかで、激しい、よく考えてみればまるでわけのわからないこの王子の為に、私は動くと決めたんだから。

 私は一回、目をきつくつぶって、それから目を開け、なるべくにっこり笑いながら言った。

「この剣、ちょっと重いね」

 私のそれはちゃんと笑みに見えたらしかった。王子がほっとした顔で、周りが明るく見えるほどにっこりしたところを見ると。

 私は剣を鞘におさめてから、言った。

「止血しなくちゃね、王子」

 そうしたら、王子はきょとんとした顔で、

「えっ?──もう止まってますけど?」

と言った。それで今度は私がきょとんとした。

「へっ?──だって血、噴き出してたじゃない?」

「でも止まってますよ。ほら」

 と言って王子が見せてくれた傷は、本当に血が止まっていた……。

 うーん……。何か変な気もするけど、早く治るにこしたことはないんだから、いっか。

 その時、ムルーがもう一人の兵士を倒した。……あれっ結構、手間かかったんだなあ、ムルーにしては。相手も強かったのかな。その相手に結構善戦してたんだから……王子って、強いんだなあ……。

 そうしみじみ思ってから、地面に投げ捨てられた挙句、血染めになったレスティさんのマントを拾って畳んだ。

 目の前ではムルーが、人二人分の血を吸った剣を盾に、門番してたハーレの兵士達を脅していた。

「トーレ王子と傭兵ムルー、その他一名!至急王にお会いしたいと、お取り次ぎ願えるかな?」

 そりゃ言葉遣いは優しかったけど、あれは間違いなく脅しだよ。その証拠に兵士さん、自分の髪の色より蒼冷めて、すっ飛ぶようにもう一度馬に乗って、走り去って行ったもん……。


 その兵士が帰ってくるまでに、以前ムルーが持ってきてくれた腕時計によると、四十分かかった。

 彼は、馬から下りると、ゆっくりこっちに向かって歩いてきて、言った。

「──王がお会いになるそうです。どうぞ」


 それでやっと、私達は南大門を通って、ハーレ城市に入ることに成功した。

 時に──左腕にはめた腕時計によると、三時五十分のことだった。

実に書きづらい部分でした。安易に人殺しなんてしちゃっていいものやらと。

安易とは言いましたが、書いた当人も里菜も安易のつもりはないです。そこら辺の里菜の葛藤を書き込みたかったのですが……書けているのか。さて。


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