九、門
「止まれ!」
南大門の両脇に立っていた兵士が、持っていた槍を交差させて、私達の行手を阻んだ。
「どこの者だ!名と、用件を言え!」
ムルーはたじろぐ様子もなく、一歩進み出て言った。
「俺は砂漠の民の出で傭兵のムルー。所用あって王に謁見を願いたい。――後ろの子どもと女は俺の連れだ」
「砂漠の民のムルー?」
兵士の一人はそう呟くとギラッと視線を順々に私達三人に巡らせた。
それから顔色をスッと変えて、隣の兵士と相談し、更に門の横の、兵士の詰所になっているらしい所から人を呼んで、ひそひそ話し合い、それからやっとこっちを向いて叫んだ。
「しょ、少々お待ちを!」
そして数秒後、兵士が一人引っ込んだ、と思ったら門の向こう側をパッパカパッパカすごい勢いで馬を走らせて行くのが見えた。
――どこかに伝えに行った、と見るのが妥当かな?
残りの兵士はものすごい眼つきで私達を監視していた。うーん、これは……。
「やばい、かな」
とムルーが呟いた。それから三人で円陣――うーん、三角陣、を組んで、見張りに聞こえない様にぼそぼそと話し合った。
「ロッフ王が王子がいなくなったことをハーレに伝令するなら、同時にいなくなった囚人とその囚人の番兵も、ついでに指名手配するでしょうね、王子」
とムルーが言ったけど、考えてみれば当たり前だ。だって今朝の追手のおじさん「子ども連れの三人組」を見なかったか、って言ってたもん。三人で団体行動をとっている、と完全に目されてる、ということだよねぇ。
王子がため息をついて言った。
「でもまあ仕方ないよ。確かにこれが最上の方法だったんだから。――僕が表に立ったらもっと確実に波風たったろうし、リナに表に立ってもらったら……波風たつ以前に、言葉通じないし」
あ、そういえばそうだった。
「じゃ、まぁこのまま待つしかないってことですね」
ムルーはそう言って軽く門柱に寄り掛かった。
――門は石が積み重ねられてアーチ型になっていて、アーチの部分は幅が二・五メートル、高さも同じくらい。上の方に鉄格子が見えていて、何かの時にはあれが下りてくるんだな、と難なく想像できる。その上も石が積み重ねられていて、周りの壁と同じ高さになっている。
壁と門の間には門柱があって、でかい円柱で、壁や門よりも更に高くそびえたっている。その門柱の中が兵士の詰所になっているらしく、更に門柱の上が見張り台になっているらしい。
はぁ。思わずため息をついてしまう位重厚な造りだ。
――ため息をついているところに、パッパカパッパカと馬が兵士を乗せて戻ってきた。今度は馬四頭、人四人。おまけに増えた三人って今までの兵士と鎧の感じが違う。
「プリチュの、兵士ですね」
王子が私の隣で呟き、身をかたくした。ムルーはすっと門柱から離れ、私と王子を庇うように前に立った。腰元の剣の柄に手を置いて。
プリチュの兵士は馬から飛び降りると、つかつかと無造作に門の下を通過し、ムルーの前で足を止めた。
「兵士ムルー!今では我がプリチュ王国の正規の兵士である貴殿が、何用あって国を抜け出し、このような所にいるのか、聞かせてもらおう!」
ふむ。ムルーの正面に立って、喋りまくってるこのおじさんが、この三人の中で一番のお偉いさんらしいな。しかしこのおじさん、私より背低いんだもんなー。ムルーに噛み付いてる姿なんて、まるっきり大人と子供で、笑える状況じゃないけど、笑える……。
「更に!背後にいるのは我が国の王子、トーレ殿下と、処刑が決まっていた囚人に見えるが一体どういうことか!」
う。はっきり言って、考えごとしてる場合じゃなかったんだよね。ぼけっと考えてたりするから、おじさんの合図で後ろに立っていたプリチュの兵士のお兄さんの一人が、私の方に歩み寄って来るのを確認するのがちょっと遅れて、そのせいでよけるタイミングを逸して、頭の上の布を剥ぎとられてしまった。
白日の元に曝された、私は結構気に入っている、私の黒い髪の毛は、周りで恐る恐る様子を窺っていた、ハーレ王国の皆様にはいたくお気に召さなかったらしく、布が剥ぎとられてから、ぼそぼそとささやき声が聞こえた。
「闇だ……」
「闇色の髪の毛……」
「魔だ……」
「魔に違いない……」
そうして背後で、人が、潮が引くようにいなくなっていくのを、私は感じた。
えーい、要するに、異端なものは何でも魔なのね!あんた達には!!最初ムルーに魔扱いされた時にも頭にきたけど、いま思えばまだムルーの方が、私を魔扱いする理由があったぞ!――と、心の中で叫んでいたら、ふと気付いてしまった。プリチュのロッフ王も髪が黒いから魔だろう、とは言わなかったことに。
私が、また考えている間に、事態はまた進展していた。つまり、おじさんが、
「遺体であっても構わぬから、王子だけは連れ帰れ、との王の仰せなれば……」
などと言うと同時に、剣を抜いてムルーに討ちかかった!
そして一人のお兄さんは王子に、もう一人の、私の頭の布をとったお兄さんは、その布を投げ捨てると、猛然と私に向かって討ってきた!
わー!!私ゃ剣なんか使ったことないんだぞ!完全に初心者なんだぞ!どーしろっていうんだよ~~~~~~~!!
第二章完了です。
昔、自費出版した時の本は、この第二章までが前編として一冊でした。
なんという極悪非道なところで切れていることでしょう。
しかもその後続きを出していない……(汗)。