八、ハーレ城市
レスティさんが言っていた通りに、移動を再開して間もなく、人家がぽつぽつと出現した。
私ってばプリチュの街中とか村落とか、一つも通らずにここまで来たわけで、つまりこの世界の人家って初めて見たわけだけど。何というか――まるっきり日本じゃ見かけない家!だって木造じゃないし。材質何かな。ちょっと茶色っぽい石みたいなの……煉瓦かな。それが組み合わさって家が出来てる。家のまわりには畑らしいものがある。で、畑仕事しているらしい人がいるんだけど、その人達って私達が近くを通ると、例外なく皆こっちを見て、物珍しそうに眺めてるんだもん。その度に私はもしや髪の毛が出てるんじゃないか、とひやひやしていた。――後で訊いたら、草原の民が人家の傍に来ること自体、珍しいことだかららしい、とわかったけど。
そのうち、人家は少しずつまとまりのある固まりとなって出現するようになった(つまり村落)。更に進むにつれて、村落と村落の間の距離が短くなり(つまり村落の数が増えてきた)、一つの村落の大きさが段々大きくなり、街、と言ってもいいような感じになってしばらくした頃。目前にやたらでかい城壁がそびえたっていた。
その城壁の手前で、レスティさんは一角獣を止めた。後に続く面々もそれにならって馬を止めた。
レスティさんはレイから降りると私を降ろしてくれて、右手でコツンと城壁を叩くと、言った。
「この中が、ハーレ城市だ」
ふうん。そうなのか。ハーレ城市――つまりハーレ王国の首都。ハーレ城の城下町。ということはこれは正しくは城壁ではなくて市壁なんだな。
私はあらためて市壁を眺めた。
――見たことないけど万里の長城ってこんなんじゃないかな、と思えるような長い、遥かに続く壁。高さは多分六~七メートルはある。
思わず、ため息をついた。
付近住民らしい、緑系の髪の人々が、遠巻きにこっちを見ていたけれど、レスティさんは気にもとめていない様子で王子に向かって話し掛けた。
「ここから、五分も歩けば南大門だ。――我々はここで帰るが……」
「色々と――有難うございました、レスティ殿」
と王子が言った。
「――私は、自分のしたいようにしただけだ。礼には及ばない」
「……」
「貴殿も、大変なのはこれからだぞ。貴殿が失敗すれば、ハーレ王国と心中することになる」
王子は、瞳に強い光を宿して答えた。
「わかっています」
丁度そこに、馬を元の持ち主の所に返してきたらしい、ムルーが現われた。ムルーは手に荷を持っていた。――そうだ私も荷物を下ろさなきゃ。
というわけで私がレイに向かってる間、レスティさんとムルーが話をしていた。
「ムルー、この魔王相手の勝負にお前達が勝ったら」
「勝つさ」
「――そうしたら二人で酒でも飲もう」
「ああ」
ふむ。男の友情とでもいうべき代物かな。
レスティさんは私がレイから荷を下ろしたのを見ると、レイの上に乗って、来た方向へと向きを変えた。
途端、私は頭の上にのっかっている、布のことを思い出した。
「レスティさん、この布――どうしよう?」
「かぶっていろ」
「でも……」
借りっぱなしじゃ悪いよね。――今度いつ会えるのかすらわからないんだし。
レスティさんはレイを歩ませて、私の脇を通る時に呟いた。
「じゃ――近いうちに返してもらいに来る」
え?――多分、私にしか聞こえなかったと思う。そのくらいわずかで、だけどはっきりした声だった。
「出発!」
レスティさんの声で、草原の民達はさっさと元来た道へと走りだして行った。誰も一度も振り返らずに。
私達は彼らが見えなくなるまで彼らを見送った。
「さて」
と王子が言った。
「行きましょうか」
周囲の人々の視線は、相変わらず私達に注がれていて(そりゃーねー、こんな風に怒涛のごとく馬で送迎されてきた人間は珍しいんでしょう)、それに気付いてないかの様に平然と歩きだせる辺り、すごいな、と思う。王子もムルーも。
二人につられて歩いてはいるけど、一般女子高生には万人の注視の中、スムーズに歩くなんて、至難の技だ。
なのに人の気も知らず、二人は南大門に向かってスタスタと歩を進めた。―― 会話をしながら。
「ムルー。僕は正面から入国する、と言ったけど――そして実際、国には既に入ってるけど、ハーレ城市に入るにはまるっきりの正面から『トーレが来ました』って言ったんじゃ無茶だと思う。多分、プリチュからの伝令、既にハーレに来てるだろうし。
で、最低でも父上の面前までは行きたいから……」
「わかりました。俺の名を出して入りましょう。――波風たてないためには一番いい手でしょうし」
と、王子の台詞を奪ってムルーが言った。王子はコクンと頷いた。
台詞を皆まで言わずとも、お互いわかっちゃう辺り、本っ当に気の合った主従関係だなー、と私は感心した。
そうして、後は南大門まで私達は一言も話さずに歩いていった。
里菜は万里の長城を思い浮かべましたが、実際には中世ドイツとかの市壁のイメージです。
これを書いたより後に、ドイツのロマンティック街道バスツアーに参加して、(多分)ローテンブルクの市壁の中歩いたりしてきました。乗馬体験とは違って、こちらは別にこの話のために行ってきたわけじゃないですが、歩いている時にはやっぱり思い出していました。