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四、手合わせ

 そうか『飲めや歌えや……』っていうのはこういう時に使う言葉だったわけか。と、思わず納得する騒ぎが起きていた。

 「半伝説化した傭兵」のムルーはほとんど主役していて、王子と私はなーんとなく、隅っこでものを食べていた。

 うーん、このドーナツ型した果物は美味だなあ、などと呑気に考えていたら、いつの間にやら隣にレスティさんが来て座っていて、そして言った。

「娘」

 あーもう全く。ムルーといいレスティさんといい……この星には女やら娘やらって呼ぶ習慣があるのかね。

「――あのですねーレスティさん。私にゃ里菜っていう、立派……かどうかはわからないけどとにかくちゃんとした固有名詞があるってさっき言いましたよね」

「……ああ、これは失礼。リナ、か。――リナ、先ほど言っていた、にっぽんというのは何なのだ?それに、お前の髪や目の色、その言語……」

 ――思わず私は王子に助けを求めましたね、本当のことを言うべきか否かの決断の。そうしたら王子が頷いたし、まぁ私もこの人に嘘を言ってもムダのような気がするし(もっとも本当のことを言っても信じてくれるかどうかはわからないけど)とにかく話してみることにした。


「ほう……」

とレスティさんは言った。

「テーアリ星ですらない、むやみやたらと遠い所にある、地球という星の、日本という国にいたはずのお前が、目覚めてみればテーアリ星のプリチュ王国の牢の中だったと」

「あ、現われたのは僕の目の前でしたけど」

と王子が口を出した。

「――で、それを私に信じろ、というのか?」

「別に。信じる信じないはレスティさんの自由だと思いますし……。信じられません?」

「さぁ。――ま、どちらかといえば、そんな作り話を思いつける、という方が信じられぬしな」

 レスティさんがそう言った頃、ムルーの辺りのざわめきが一層大きくなった。みんな、

「おお、それはいい」

とか何とか言っている。で、レスティさんが近くの人を掴まえて訊いた。

「どうした?」

と。するとその人は、

「あの、アインの奴が、ムルー殿の剣技を見てみたい、と言い出しまして……」

と答えてくれた。――成程。それでムルーが、

「別に見せる程のものでは」

とか言って断っているわけか。――ムルーがそんな風に拒否しているにもかかわらず、レスティさんは事の成り行きを聞くと、

「それは面白い」

と言いつつ立ち上がって、ムルーに向かって言った。

「是非手合わせを願いたいものだな」

 ムルーは思いっきり渋い顔をした。


 少し経って。テントの中にいたメンバーは皆そろって外に出て、円を作っていた。私と王子も円の構成員。

 円の中にはレスティさんとムルーが、各々の鞘から抜いた剣を片手に立っていた。

 ――つまり、ムルーは断りきれなかったという訳。

 ムルーは剣を軽く手のなかで玩ぶと、一つため息をついて、それからちゃんと柄を握った。

 その様子を見てレスティさんは、

「用意はいいみたいだな、では」

と言って、剣を持った腕を伸ばす。そして軽く、二つの剣の刃先が触れ合った。

 途端、手合わせが始まる。

 ムルーが左から右へと、剣を持つ手――右手を動かし、レスティさんの剣を薙ぎ払おうとする。

 レスティさんはすっとほんの少しだけ後ろによけて、ぎりぎりでそれを躱す。

 薙いだ反動でムルーの右手が大分右に行き、体の正面があく。

 その隙を狙ってレスティさんがムルーに斬り込む。

 ムルーは右手をそのまま後ろに回し、斬り込んでくるレスティさんに向かって思いっきり振り下ろす。

 ガキー…ン、と二つの剣がものすごい音をたててぶつかる。

 ――変な話だが、心配してしまった。刃こぼれしないだろうか――?

 合わさった剣先が、次第に上へと持ち上げられる。

 二人とも柄に両手をそえて、満身の力をこめているのが、腕と剣先の震えでわかる。

 けれども剣はそこから少しも動かない。

 その状態でレスティさんが口を開いた。

「さすが、伝説と化しているだけのことはあるな」

 ムルーも言った。

「そちらもな」

 そしてどちらからともなくニヤッと顔に笑みを浮かべると、どちらからともなく剣を引き、鞘におさめる。

 張り詰めていた場の雰囲気が一遍に和ぎ、周囲が沸き立つ。草原の民たちは我先にとレスティさんとムルーの周りに群がり、私と王子は何となく取り残される。

 ふう。すごく長かったような、短かったような時間だったな、と思っていると、王子が、試合中ずっと息を止めていたかのように深い深い息を吐き、そして言った。

「――すごい試合でしたね」

「……そう?」

「だって、どちらかにスピードがほんのわずか欠けていても、力がほんのわずか欠けていても、欠けていた方は命を落としていたでしょう。――短かったですけど、それだけ本気な……すごい試合でしたよ」

と王子は言う。でもなー私、剣の戦いなんてテレビの時代劇のちゃんばら位しか見たことないもん。よくわかんないよ。

 そして――さっき以上の大宴会がテントの中で始まった。聞くところによると、何でも、レスティさんという人は草原の民(プテス)で一番腕がたつらしい。そのお人と同等の腕前を持つっていうんで「やっぱり噂は嘘じゃなかった。すごい、すごい」と、ムルーはさっき以上の人気で……。いやはや。

 勿論、「半伝説化してる程の傭兵と同等に戦った!やっぱうちの若さんはすごいぞー」ということで、レスティさんに酒を勧める人だって多かったんだけどね。――どーしてこの人は輪から抜け出るのがこんなに上手いんだ?……つまり、また私の隣に来てるんだよね、レスティさん。

 レスティさんは場の中心になっているムルーを見つめながら言った。

「――いい奴だな、あいつは」

 そしてそれからいきなり王子と私の方に目を転じて。

「ムルーが半伝説化していた訳は、実は行方不明だったということ以外にも理由がある。――『傭兵のムルー』はある一定の時以前の経歴がまるで不明である、ということだ。砂漠の民の出だと言われているが、それは結局自称だしな」

 レスティさんは左手に持っていた杯の中身をぐいと飲みほすと、杯を下に置いた。……それにしてもムルーの経歴ねえ。

「だから気になったんだが、剣を合わせてわかった。素直な、いい奴だな」

 そしてレスティさんは、立てている左膝の上に左肘をつくと、その手で自分の顎を支え、目を細めてムルーを見つめた。

 そうそう。あんな、上に馬鹿がつきそうなくらい一本気な奴がね(とはいえ、「馬鹿一本気」とは、普通言わないか)、経歴の一つや二つわからないからっていやな奴の訳がないよ。――と考えていると、どうやら王子も同感らしく、にこにこしてムルーを見ていた。

 突然レスティさんは肘を下ろし、王子の方に向き直って言った。

「トーレ王子」

 王子はすっと真面目な顔になり、王子とレスティさんの間にいる私もつられて厳粛な気分になって、唇を噛む。

「貴公はこれからどうするつもりなのだ?プリチュ王国を出て」

 王子はほんの少しだけ私を見た。それからはっきり堂々と、力強く言った。

「プリチュ王国の支配下から、ハーレを独立させます!」

 レスティさんは王子をじっと見つめて、それから言った。

「――勝算は?」

「十分です。ハーレは国力もアップしてるし戦力も……」

 レスティさんは軽く手を振って王子を制すると言った。

「それはわかっている。だがそれは勝因になりえない。前回の敗因を克服していないのだからな」

 わっその先は言わないでほしいっ王子に自殺されたくないっ。――そういう嘆願の目でレスティさんを見上げたのに……くすん。無情なんだから。

「ハーレ王を筆頭に、ハーレ国民は精神力が全く向上していない」

 はっきりきっぱり言い放っちゃった。そのうえ、更に言った。

「だからきっと、ハーレ王は再戦争よりは植民地のままを望むだろう。それどころか王子、貴公が帰られても受け入れさえしないかもしれない」

「……失礼します」

 王子はふらっと立って、ふらふらっとテントの外へ出て行った……。えーい。私はレスティさんを睨みつけて言った。

「いたいけな子供をいじめてっ」

「王子は――特に独立戦争を起こそうなどと企てている王子は、いたいけな子供であってはいけない。――違うか?」

 うー正論だ。

「それに、ハーレ王が王子を受け入れないだろう、というのも十中八九確かだ。――そしてプリチュ王に捕まるよりは、今のうちプリチュに帰る方が王子のため、と思う」

 そりゃね、確かに王子のためを思って言ってくれてるのかもしれない。でもあと一月もあそこにあのままいてごらん。もしくはここから引き返そう、なんて言ってごらん。十中十、王子は自殺するよ。うー……。

「――ほっといて下さい」

「え?」

「国民に気力がないのなら、気力ぐらい起こさせてやるわよっ!」

 ――またひらきなおっちゃった……と思って、少々自己嫌悪してたら、レスティさんは言った。

「お前にならやれるかもしれぬな」

「へっ?」

「お前になら、な。――ムルーがお前に仕えている、と私が思ったのは、お前にそれだけの器を見て取ったからだ」

 はあ~~?

「んな……私は一介の女子高生ですけど」

「……お前が一介の、なら、じょしこーせーとやらは余程恐い生き物なんだろうな……」

 背後から唐突に聞こえた、この聞き慣れた声は……。私は後ろを振り向いて、その人物を見た。

「ムルー!」

 なんで宴会の主役が抜けても、場の空気が変わらないんだ?と思って辺りを見ると、みんな酔い潰れていた……。

 ムルーはそれ以上私には構わず、レスティさんを見ると言った。

「――俺は王子なら国民に気力を起こさせることができるだろうと思っていたのだがな」

「ふむ。――確かに、お前が惚れ込むのもわかる程に、あの王子は賢い。……なのに何故あの一点だけ、ハーレはプリチュに勝てないだろう、という点だけはあんなに頑固に認めないのだ?」

 レスティさんの問いにムルーが答えた。

「さぁ。――勝って欲しい、という愛国心が王子を盲目にさせてるんじゃないか?」

 レスティさんは静かに言った。

「……盲目にさせるようなものなら、元凶を取り去ってしまえばいい」

 元凶――というのは、ハーレ王国のことだろうな、やはり。とすると……この人は何を言ってるんだ!?

「この場合は愛国心をつきとおせば済む話でしょ!」

 思わず叫んだ。ムルーが弁護してくれた。

「そういうことだ。――それに俺は王子にプリチュの魔の後継ぎにはなって欲しくないし。……だから可能性が低くても、王子がハーレの王や民に気力を起こさせることに、賭ける」

 一瞬の沈黙。そしてレスティさんは笑いだした。――と…突然笑うなよ。驚いたじゃないか。

「三人それぞれ面白いな、お前達は。――お前達がそこまで言うのなら、のってみるのも一興……。大した事は出来ぬが、協力はしよう」

 わ……本当?わーい。

 私は立ち上がってお尻をはたくと、

「王子に知らせてくる!」

と言って外に向かった。

 出入口にあたる部分のテントの布を少し上げて、外へ出ると、もう暗かった。

 相変わらずの見知らぬ星空の下で王子を探すと、二十メートル位先に、こちらに背を向けて座っている王子を発見した。

 草を踏みながら、王子に向かって進みつつ考えた。ムルーは王子が、ハーレ王国はプリチュ王国に勝てないであろうということを認めたがらないのは愛国心のせいだろうと言っていたけれど、本当にそれだけだろうか、と。

 だって、本当にそれだけなら、プリチュ王国から逃亡するのは現在(いま)でなくたって構わない筈。――もう、七年も待ったんだから、今更一月や二月位待てそうなもんだ。

 なのに王子は、(放っておけば近日中に私が処刑されただろう、ということもあったのかもしれないけど)やたらと急いでいる。――焦っているようにすら見える。……なんで?

 ――私は王子の後ろに立ち止まって、言った。

「王子」

 王子は振り向いた。その顔に、哀しげな表情を浮かべて。

 えーと、こういう時は何を言えばいいんだ?うーんわからん。

「……元気?」

 王子はクスッと笑って、

「元気ですよ」

と言った。私は、王子の隣に腰を下ろした。

 何となく二人で、夜空を見上げていた。まだ月は一つも出ていない。――テントの周りに立て巡らされた松明がなかったらさぞ暗かろう。

「――リナ」

 王子が突然そう言ったので、私は隣の王子を見た。王子は尚も星空を見ながら続けた。

「以前、僕のためにハーレ王国は植民国となっていて、そんなのはいやだから、プリチュ王国から逃げたいんだと、言いましたよね」

「……うん」

「それは確かに真実だし、ハーレ王国独立のためなら、この命を賭けてもいい、というのも本心ですが――別の、真実もあるんです」

 王子は相変わらず私の方を見ずに、話を続けた。

「――七年前、プリチュ王ロッフがハーレ王国に戦いを仕掛けたのは、彼の世界征服という野望のための第一歩でした。そして今、ロッフ王はそれを再開しようとしています。――戦乱期にあるこの世界を平定する必要は、確かにあるでしょう。だけどそれを、現在(いま)のロッフ王にやらせるわけにはいかないんです」

 ……何で今のロッフ王じゃダメなのかはわからないけど……。

「それが、プリチュを出て、ハーレに反プリチュ戦争を起こさせようとした、もう一つの真実?」

 そう訊くと王子はこっちを向いて微笑むと言った。

「まあ、そうです。だから――ロッフ王の世界征服を阻止するのが第一目標なんだから……。もし父が植民地のままの方がいいと願うのなら」

 王子はいったん言葉をきり、目線を下に落として、固く結んだ自分の右手の拳を見つめ、唇をきつく結ぶと、少しずつそれをゆるめて、そして言った。

「僕がこの手でプリチュ王を殺します」


剣の打ち合い……よくわかりません。

しかしこの話では今後も出てきます。悩みどころです……。

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