三、レスティ
くやしいので再度予約投稿に挑戦。
まだ、昼だった。プリチュ王国を脱出して二日目――つまりこの世界に来て五日目の。
なのに、急いでハーレ王国に行かないといけない筈の私達三人は、何故かテントの中にいた。
勿論、私達がそんなものを持っているわけがない。草原の民のテントだった。
プテスさんだって、夜行性じゃあないだろうから、わざわざ昼間にテントを張った、というのは、ひとえに私達を招き入れるためだろう。
そうなると、それがむこうさんの好奇心を満たすためでも断わるわけにはいかないよなあ。もし仮に、急いでるからって招待を断わったりしたら「無礼者!」とか言って怒りだしそうだし。(「流浪の民」っていうのは、そこらの人間より偉いから、そんなことをしたら実際無礼なんだそうだ。おまけに草原の民って短気でケンカ好きらしい。ムルーが言うには)そうなったら「多勢に無勢」ってもんだろう。それに何より、王子とムルーが御招待を受ける気になったのには、私のこの台詞が効いた。
「御招待というからには、何か食べ物でるよね。――私らってあんまり食糧持ってないんだよねー」
という……。
「さて」
と、テントの一番奥に座っている若いリーダーさんが言った。
リーダーさんの正面に、私達三人がいる。但し!正面とはいえ両脇にずらずらずら~っと人が座っているわけ。つまりテントの一番手前、出入口に一番近い所に座らされているわけなんだな、私達は。
で、えっと私達とリーダーさんの間に、一・二・三・四・五……十一人ずつ。私達もいれると二十八人が一つのテントの中に余裕をもって座ってることになる。――いかにテントが広いか、ですな。
それに加えて、料理を持って出入りしてる人が結構いるみたい。いやはや。ほんと、すごい広さだ。
「さて、お客人。特に真ん中の娘には、正体など明かしてもらいたいところだが」
私に対して発せられた質問のようなのに、私の右隣のムルーが言い返した。
「その前にそっちの正体を明かすのが筋ってもんじゃないか?」
うーむ、小説か漫画で見かけたような台詞だ。
でもって、ムルーからリーダーに発せられた筈の問いには、リーダーの左隣の、一番年とってそうな人が言い返そうとした。
「若に何という無礼……」
「じい、よい。――確かに筋だな。私の名はレスティという」
「レスティ?」
ムルーがちょっと首を傾げた。
「草原の民でリーダー格で若でレスティ?どこかで聞いたこと――あっ!草原の民の長の息子で、次期長のレスティ?」
「ほう、よく知っていたな。流浪の民の長の息子の名など有名ではあるまい」
「――俺も流浪の民だからな」
とムルーが答えると、レスティとかいう人は興味を持ったらしく、
「ほお!どこの者だ?――今度は答えてもらえるんだろうな?」
と言った。ムルーはそれに答えて言った。
「勿論。――俺は砂漠の民のムルーという者だ」
そうしたら周囲がざわついた。そのざわつきを代表してか、〈じい〉が尋ねてきた。
「砂漠の民のムルー?!あの、半伝説化している傭兵の、か?」
「そうだ。が、半伝説化、というのは一体何なんだ?」
その問いには、レスティさんが答えた。
「数年間、行方不明だったろう――そうか行方不明の間、そこの娘に仕えていたわけか」
ぶっとムルーは口に含んでいた飲み物を吹き出した……きたなーい!
「冗談!何で俺がこんな小娘に!俺が仕えているのは――」
ムルーは台詞を途切れさせた。言うべきことかどうか、悩んだんだろう。だけど既に、レスティさんの視線は王子に向かっていた。
「それならお前の仕えているのはその子供、ということか?――そこの娘が小娘なら、この子供も十分小僧だと思うが……。さて子供。お前の名は?」
あっけらかんと、王子は答えた。
「トーレ、です。レスティ殿」
周囲がまたもやざわついた。
「トーレ……王子?」
「ハーレの王子の?」
「プリチュの王子の?」
「ざわざわ」
うーむ、我ながら笑える状況描写だ。
で、レスティさんが言った。王子に向かって。
「トーレ王子?仮に貴公が本物のトーレ王子だったとして――プリチュの次期王たるものが、こんなところで、この少人数で何をしているのだ?」
周囲が――わきたった。レスティさんの問いに対する答えなんて、みんな聞かなくたってわかってるんだろうな。だから、もし王子が本物なら、プリチュに連れていけば謝礼がもらえる――そう考えてわきたっているらしい。
で、ざわざわが最高潮の中で。レスティさんは私に訊いた。
「娘。いやに落ち着いてるが、どうしてだ?」
「――こうなることが十分予想できる状況で、王子が不注意で自分の名をもらしたとは考えにくいから、何か勝算があるんだろうと思って」
と私は言った。(ちなみに翻訳機はレスティさんにしか渡してないので、私の台詞はレスティさん以外の草原の民の面々には通じない)――けど心中は全く落ち着いてなかったりする……。でも王子って並の十二才じゃないからなー。私なんかよりよっぽど冷静。時には二十八歳のムルーよりも大人に見えたりする程。だからこの場は王子に任せてしまおう。
「勝算が……あるのか?」
とレスティさんは王子に尋ねた。王子は静かに答えた。
「大したことじゃないんですけど」
で一拍おいて。
「ただ草原の民はプリチュには寄り付かないようにしているらしいし――、謝礼は別にプリチュからしか出ない訳じゃありませんから」
「――だが、プリチュの王に恩を売っておけば後々便利だ」
「あの王が恩などを買うわけがありません。――第一、誇り高き草原の民ともあろう者が、魔などと手を結ぶつもりですか?」
「……」
うーん、この勝負、王子の勝ちだな。やっぱ十二才とは思えないなー。ムルーがべた惚れなのもわかるなー。で、ムルーの方を見てみると。案の定、得意気な顔をしていた。
「トーレ王子」
とレスティさんが言った。
「気に入ったぞ」
そしてにこっと笑った。ああ、一安心……。と思ったら、レスティさんは突然こっちを見て言った。
「娘。お前の名前を聞いてなかったな」
「……里菜です。松浦里菜。――どーせ訊かれるんだろうから言っときますが、出身地は日本ですからねっ!」
笑える状況描写とは「ざわざわ」のことです。……解説を入れなくてはわからないかも、と思ったので、書いておきます(^^;。