一、月
一章では続けて読むと粗筋になるサブタイトルをつけていましたが、それを延々と続けるとネタばれもいいところなので、二章からは普通のサブタイトルでお届けします……。
うーん。どうしようかなー。
ズア川沿いの森の中で気付いて以来、時折休みを挟みつつ歩き続けて、今は夕方。所は草原。
王子とムルーは弓矢とかの武器を持って少し先まで出掛けていった。――十分位前にムルーだけ一度戻ってきて、料理をしろと言って材料を置いていった。で、私は今、その材料の前で目一杯悩んでいる……。
別にね、料理が出来ないってわけじゃないんだけど。家庭科の調理実習の時のノートさえ(あと材料と)あれば、親子丼だって作れるし、ちらし寿司だって作れる。
そりゃあね、料理が得意だ、なんてどうあがいても言えないけど。だけどノートがなくたって、目玉焼きとか焼き肉とか、とにかく生存してくのに困らない程度の食べ物なら作れる。――自分の世界でなら、ね。
こんな……ムルーがそこらで狩ってきた、何だかわからん動物の、死体を置いてかれたってどーやって料理するかなんてわかるわけないじゃないか~~。
結局、なす術もなく、王子とムルーが帰ってくるまで私は火だけおこして待っていた。
「何、だ。全然出来てないじゃないか」
帰ってくるなりムルーが言った。
「――私はそもそも皮のはぎ方からして知らないぞ!」
ムルーは新たな獲物をその辺に置くと、坐り込んで小刀を手にし、〈夕食の材料〉に向かってざくざく手を動かした。
「――出来ないなら出来ないと、さっさと言やあいいだろ。そうしたら無駄な時間を作らずに済んだのに」
う、やっぱさっきまで生きてた物が切り刻まれるところなんて、あんま見るもんじゃないな。目、そらしたいけど――しかし、これから御馳走になろうというのに、目をそらすというのも礼儀に反してるような気がして、ほとんど睨むような調子でそれを見つつ、それで口答えをする。
「お言葉ですがね、料理をしろとだけ言って有無を言わさず、ここからさっさといなくなったのはどこのどなたでしたっけ?」
「……」
へん。ほーら何も言えなくなった。ま、わかってるけどさ。ムルーが王子から一時たりと離れていたくないっていうのは。いくら四日分のリードがあるとはいえ、気は抜けない状況だもんね。
おっと。私とムルーの問答を聞いて、王子がずっとくすくす笑ってる。ふーん。気は抜けない状況なんだけどね、王子にとっては楽しいらしいや。何となく顔色もいい。
「王子、元気だね」
王子はにこっと笑って。
「あんまり笑ってられる状況でもないですよね。でも狩――どころか城から出たのも七年ぶりだからつい……」
「――七年間ずっと城の中?!そりゃひどい。そーか、それでそんなに青白い肌に――なったわけじゃないのか。よくよく見てみればムルーの肌もちょっと青味がかってるか」
「?――どちらかといえばリナの肌の方が珍しい色だと思いますけど?」
ん?じゃこの星の人はみんなちょっと青味がかった肌ってことか。
ムルーが肉を小枝にさして焼き始めた。
あ、そういえば……。
「王子、訊きたいことがあったんだ。サオトンムって誰?」
「サオトンム?サオトンムっていうのは山の民長のことです」
「山の民ってえーとトンムの?」
「ああ、そうとも言えるし……そうじゃないとも言えるし……ってとこですね」
「あん?」
「えーとですね、サオトンムというのは全ての民の上に位置する人達なんです。だけど直属の民はやっぱり山の民です。だから山の民には長がいませんしね」
「ふうん???」
うーむやっぱり異民族の慣習(?)って理解しがたいものがあるなー。
だけど確か、聞くところによれば流浪の民自体かなり偉いんだよね。その民みんなより上なんだから相当なお偉いさんなんだろーな。うーん。
「焼けた、な。――王子、どうぞ」
「有難う」
「ほらリナ」
「どうも」
それで三人で肉にかぶりついた。うーん、味がないよー。お醤油が欲しい……。これから先の冒険行を思えば、やっぱエネルギー源は取っとかなきゃいけない。だから食べるけどねっ味がなくても。
だけど一体、何の因果でこんなことになっちゃったんだか。ほんとに全く……。
夕飯を終えてから、残りの肉を袋に詰めて、そうしてさっさと寝ることにした。
日はもう沈んでしまったし、お月様はまだ出てなくて、行程を進めるにはちょっと暗すぎる、というので、早寝早起きをして朝歩くことに決めたのに目が冴えて眠れない。
――日頃、街燈で闇夜ですら明るい所にいるから知らなかったけど、月が出てないと夜は本当に暗い。もっとも獣除けに火を焚いてるから、この辺は少しは明るいけど。
ごろっと体を動かして、仰向けになる。――うん、星がよく見えるなあ。地球じゃないなら当たり前だけど、知ってる星座は見当たらない。でも私、地球の星座だって北斗七星とカシオペア座とオリオン座ぐらいしか知らないんだけどね。
うーん、本当に感動するぐらい星がよく見える…あれ?ちょっと待て、変だぞ。私今、コンタクトレンズも眼鏡もしてないよね。なのに何だってこんなによく物が見えるんだ?
――例えば地上の光が邪魔しないから、とか、空気が澄んでるから、とかで星が普段より多少よく見える、なんてことはないわけじゃないだろうけど、いくらよく見えたって、その程度は〈多少〉だよね。――今〈異常〉によく見えるぞ……。
忘れてたけど考えてみたら私って目すごく悪いんだよね。左右とも〇・一ないもん。……〇・〇一位かな。そんな視力で星空が見える筈がない。それに牢で目が覚めて以来ずっと、見えない!って思った覚えがないし、王子の顔もムルーの顔も判別出来てるんだから、うーん何でだかわからないけど、私は目がよくなったらしい。
――そんなことを考えていたら、いつの間にか月が出ていた。半月かな。うー、考え事してたせいか余計目が冴えてしまった……。眠んなきゃ。
それでごろごろ動き回っていたら、王子が目を覚ましてしまった。
「リナ?眠れないんですか?――明日は今日以上に強行軍になると思いますし、寝ておかないともちませんよ」
「うーん、それはわかってはいるんだけどね」
うん、やっぱり一メートル位離れた所で横になってる王子の顔さえはっきり見える。やっぱり目、よくなったらしい。
王子は空を見て言った。
「――月が出るところですね」
へっ?月ならさっきから出てるよ、と言おうとして、私も空を見、そして絶句してしまった。なんでか、というと――月が、二つあった。
ああ、ここって本当に地球じゃないんだなあ、と、何だかしみじみ納得してしまった……。だって、地球には一個しか衛星ないもんねえ。
私が一人、しみじみ納得してるうちに、王子はまたすやすやと寝息をたてて眠りに落ちていった。今度は起こさないように気を付けようっと。
……星がよく見える。
ここが本当に地球とかけ離れた星なら、あの中のどれかが、私が日頃見慣れた太陽かもしれない。――でも、宇宙船になんて乗った覚え、ないんだけどなあ……。
親子丼とちらし寿司は私が高校生の時に調理実習でやったメニューです(苦笑)。