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九、さて一体どうなることやら。

 窓までの高さは――170センチくらいかな。手をかけられる高さだし、壁は結構でこぼこがあるから何とか登れそう。窓は別に格子がある訳でもないし……。


 ムルーに後ろから押してもらって、まず王子が登る。王子がまだ窓枠にいるうちにムルーが軽々と登る。

 うーんさすがにあの窓枠に三人じゃ定員オーバーだな。誰かが向こう側に降り始めてから登ろう。


 ドカッ。――何か物凄い音がしたけど、何やったんだろう……。

 しばらくして、ムルーの姿が見えなくなった。んじゃ登ろうかな。

 窓枠に手をかけて、壁のでこぼこに足かけて、よいしょっと。ふうー。


 王子がにっこり笑いかけてくれた。

 おっと。さっきの物音の正体がわかったぞ。ムルーが短剣をぐさっとさした音だ。刃の部分がほとんど埋まってる短剣が私のすぐ横にある……。馬鹿力だなあ……。

 でもって、そのつかの部分に綱の端が結び付けられていて、その綱をつたって今、ムルーが降りているところ。

 ――この短剣の刃って丈夫なんだなあ……。ムルーの体重を支えられるなら、王子も私も大丈夫だろう。


 それにしても。海面まで本当に4.5メートルなんだろうか。暗いせいもあるだろうけど、全然下が見えやしない。ムルーの姿も見えなくなってきた。

 次に王子が用心深く降りていった。

 うーん、4.5メートル……。そういや満潮時でって言ってたっけ。干潮時だともっとあるんだろうなあ……。


 王子の姿が見えなくなってきた。じゃあそろそろ行こうかな。

 私は綱をしっかり持って、壁に足をかけながら降りて行った。――滑り降りれば早いだろうけど、綱を持って滑り降りて、手のひらを火傷した人を知っている……。


 ざぶん、ざぶん……と波の音が聞こえる。そういえば海に入るんだよね。日本の夏並の気温とはいえ、夜だし、水は冷たいだろうな。準備運動をしとくべきだった……。


 ぽちゃ。あ、足が水にさわった。海だ。一気に綱から手を離すと――う、渦だ!うわー!荷物が!王子たちもやっぱり巻き込まれているんだろうな……冗談じゃない!苦しい!ごぼっぜっぜっごぼっ。


 と、声。

『お前たちは我々と契約していない。どこの者だ?一体誰だ?』


 こ、こんな時にそんなことゆーちょーに訊かないでくれっ。あれっ私、翻訳機してないよね。何でわかるんだ?――あっこれ頭の中で聞こえてるんだ!じゃ、いわゆるテレパシー?

『どこの者だ?』


 ああ海の民とかいう人、本当にいたんだね。ムルーの反対押し切って悪いことしてしまった……。

『ムルー?砂漠の民(アビリ)の傭兵の、か?』


 あら、ムルーって本当に有名なんだ。でもムルーは今は傭兵じゃないんだよー。今はねートーレ王子の……。

『待て』


 あれ、今まで質問してた人と違う人みたい――。なんか、感じが違うような気が……。――あー、なんだか、もーろーと、して、きたなー。

『娘。お前――黒髪に黒い目、のようだが……マツウラ リナか?』


 え、何で私の名前知ってるの――?

『では、やはりマツウラ リナなのだな?』

『おお!サオトンムの言いし彼の人か?』

『そして全ての民の血をひくトーレ王子に、砂漠の民(アビリ)の若長の乳母子(めのとご)ときては、助けぬ訳にはいくまい』

『それでは――』

 そこで記憶が途切れてしまった。

 多分、気絶したんだろう。



「リナ!大丈夫ですか?」

 あー王子の声だ。テレパシーではないから、きっと翻訳機をはめてくれたんだろうなー。

「あっ里菜が目開けたよ、ムルー」

「王子?おはよー」

「おはようございます」

 起き上がりながら訊いてみる。

「私達、助かったの?」

「ああ、どうやらな」

とムルーが言った。ムルーは枯枝を集めていた。


 そこは海ではなく、森の中の、川の近くで、流された筈の荷物までちゃんとあった。

「どういうこと?」

「さあ。渦に巻き込まれて気絶して、気付いたらここだ。どういうことなのか、お前が知ってるのかと思ったが……」

「知らな……あ、でも海の民(ドニート)の会話らしいの聞いたなあ。サオトンムの言いし彼の人と、全ての民の血をひくトーレ王子に、砂漠の民(アビリ)の若長の乳母子ときては助けぬ訳にはいくまい、っていうの」

 めのとご、でムルーがびくっとしたようだった。

「……夢でも見たんじゃないか?」

「そうとも思えないけど。大体、ムルーあんたアビリの若長の乳母子ってのに心当たりありそうだねー」

「全くない!」

 その、むきになるところが怪しい、というのさ。


「でも実際、ドニートのおかげ、とでも思わないとこの状態は説明できませんね」

と王子が呟いた。

「この状態?」

「そう。どうやら僕たちは、ズア川を逆流してきたみたいなので」

「えっ。って、ここどこな訳?」


 王子は地図を開いた。

「ムルーが言うには……多分ここだって」

と言って王子が指したところは――。

「じゃ、もうプリチュ王国でてるの?!」

「そう。ここからならハーレ王城まで、四日もあれば充分辿り着ける。えいくそこのやろ点かんな」

 ムルーが火打ち石と格闘していた。


 確かライターあったよね。ごそごそと荷物を探す。ええっと……袋が沢山あると大変……。あ、あったあった。

「ムルー、替わる」

 ぼっ。ついたついた。枯枝を燃やして、と。

「へー」

 王子は目を丸くしていた。

「便利な物だな」

とムルーも言った。

「でしょ。ライターっていうんだよ」

「ふーん。じゃ、火もついたことですし――と言っても枯枝があまりなかったのでこの火も長くは保たないと思いますが――王子、着替えて服を乾かしちゃいましょう」

 うん。確かにいくら夏とはいえ寒いわ。全身濡れ鼠じゃ。

「そうだね。じゃ、はい、リナ。体ふく布と着替え」

「ありがとう。じゃちょっと向こうで着替えてくる」

 えーと、今渡されたこの服ってつまり貫頭衣なわけか。ふーん。古代のっぽい服って興味あったけど、まさか着る機会があるなんてね。


 ドニートにどんな意図があったのかはわからないけど、とりあえず四日分得したわけだ。かくなる上はプリチュ王の追手に追いつかれないうちにハーレ王国に入らないとね。

 それにしても、サオトンムって一体誰だろう?何でその人が私のことを言ってたって?

 ――ま、とにかく、行くしかない、と。


「第一章 虜囚」はこれにて終了です。第二章は「逃亡」になります。その名の通り、逃亡生活をお送りします。

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