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お前も正義のヒーローにならないか?

作者: けにゃっぷ
掲載日:2026/03/15

「ねえ勇人。お前も正義のヒーローにならないか?」


 この時俺はありうべからざる失態を犯した。

 目の前の男が胡散臭い笑顔で吐く妄言に、昼飯のカレーパンを食う手を三秒も止めてしまうという失態である。

 己が過ちに気づくや否や、俺は残りのパンをぱくもぐごくんと瞬時に片付けすぐさま自席を立った。そのまま、級友たちをかき分けすたすたすたと教室を出、廊下を驀進し始める。背後に同じようなすたすたすたという足音がぴったり付き従って来るが、その音の主にこれ以上時間をくれてやるという愚挙を行う気は毛頭ない――


「待ってくれ勇人、行かないでくれ! 僕は何か悪い事でも言ったか!? 気に入らない所があったら直す、だから俺の元に戻ってきてくれ勇人!」

「怖気の走る言い方をするな! 俺はお前の嫁じゃねえ!」


 ――筈だったのだが、後ろから大声で叫び散らされた看過しえぬ一声が俺をあっさりと振り向かせた。いくら聞き捨てならない台詞であったとはいえ簡単に策略に嵌め込まれてしまう辺り、俺もまだまだ未熟者という事なのだろう。小早川勇人、十六歳。未だ人生経験が足りぬ若輩の身である。

 俺は深々と溜息をついた。無作為に校舎内を突き進んだ結果、気が付くと人通りのない特別教室棟に行きついていた。何を口走るか分かったものではない阿呆と相対するにはまだマシな場所であったろうと自分を納得させ、胸の前で腕を組んで目の前の男を睨む。

「で、駿? 何だその寝言は」

 鷲宮駿、同学年の十六歳。友人とは決して言いたくない、腐れ縁の幼馴染である。

 駿は先程と同じいわく言い難い明るさに満ちた笑顔に立ち戻り、同じ言葉を繰り返してのけた。

「お前も正義のヒーローにならないか?」

「……だからそれはどういう意味なんだって聞いてる」

「僕がブルーでお前がレッド。猪突猛進で熱血漢、そしてちょっぴりおばかさんなお前はリーダー向きだし頭のいい僕は参謀向きだからね」

「……会話する気がねえんなら行くが?」

 苛々として告げると、駿は物分りの悪い子供を相手にするようにやれやれと首を振って見せた。あー殺したい。

「お前にも分かるようにいちいち噛み砕いて説明するよりは、実際に見せた方が早そうだ」

「説明する努力を微塵たりとも見せねえ奴にさも馬鹿のように見下される謂れはビタイチねえんだが」あーまじ殺したい。

 しかしそんな俺の殺意など一切気にした様子なく、駿はどこから取り出したのか、すっと俺の鼻先に金属質な何かを翳して見せた。

 それは直径十五センチほどの環状の物体だった。駿は、工場の熟練ライン工のような手際の良さで、俺の左腕をさっと持ち上げ、その環をさっと通し、それごと俺の手首の辺りをぎゅっと握った。固い金属のように見えた環は何の抵抗もなさそうに簡単に窄まり、俺の手首に密着するに至る。

「!?」

 ぎょっとして見下ろした俺の手首は、なにやら妙にメカニカルなデザインをした腕時計状の物体に取り巻かれていた。重みは全くと言っていい程感じないのに重厚そうに見える謎物質で出来たそれは、明らかに子供のおもちゃの質感ではないものの、デザイン的にはまさにそんなような何かである。

「な、何だこれ」

「変身アイテムさ。ヒーローにはつきものだろう?」

 全く以て理解し難い事をさも当然のように告げられる。唖然とする俺の目の前で、奴は自分の左手の袖を軽く捲ると、手の甲をドヤァとばかりにこちらに向けてきた。その手首にも、俺の手首に巻きついているものと全く同じ機械が燦然と装着されている。

「見せてあげるよ君だけに。この素晴らしい正義の破滅的破壊力を」

 何か明らかな矛盾を感じずにはいられない台詞を嘯いて、駿はおもむろに膝を屈め、握った拳を腰溜めに構えた。そして、

「超・絶! ふぁぁぁぁいなるぶらすとー!!」

 どこかで聞いたことがあるような、若しくは単にどこにでもありそうな技名を叫びながら引き絞った拳を鋭く突き出した。

 その瞬間、拳の先から極彩色の光条が迸る。

 唖然とするほどの時間もなかった。その輝きを網膜にだけ焼き付けさせたまま、光は、直線の廊下を突き進み突き当たりの壁に突き刺さるや爆音とともに突き破り――


 ああ、空が青い。

 ――俺はその光線にすら劣らぬ速さでその場から逃走した。




 サッカー部の脚力を以って走りに走り、とりあえず校内で一番人気がないであろう校舎裏に逃げた俺を、陸上部の脚力を以って難なく追走した駿は、どこからどう見ても得意満面としか表現しようのない、それはそれはムカつく笑顔を浮かべて滔々と語った。

「昨晩、僕の元に奇怪な生物が現れたんだ。それは、猫のようなウサギのような形をした一見したところ実に無害そうに見える可愛らしい小動物だったんだけれど、しかしそのつぶらな瞳に宿る空虚さに僕は震撼した。あれはまさしく底のない沼。果てのない闇。真なる虚ろとでも言うべき暗黒を湛えた瞳だった。幾億の害意を抱く悪魔よりも尚たちが悪そうな、虚無の深淵を覗き込んだが如き言い知れぬ戦慄をあの瞬間、僕は覚えたよ。まあそれはそれとしてその可愛い小動物は僕にこう言ったんだ」

 すっと息を吸い、一言。


「僕と契約して正義のヒーローになってよ」


 その瞬間。

 何故だか俺の手は雷光の如く閃き、目の前の奴の頬を全力で殴り倒していた。俺と比較すれば若干華奢な奴の身体がまさに漫画のように吹っ飛ぶ。が、さしたるダメージもなかったようですぐさま奴は上体を起こし、横座りに座ったまま悲劇のヒロインよろしく非難の視線を俺に向けた。

「殴ったね!? 親父にもぶたれたことはないのに!」

「うるせえ、その台詞は二回殴られてから言え!」

「なんてマニアックなツッコミだ! 恐れ入った、さすが僕の勇人」

「お前のじゃねえ! 断じてねえ! いや今はそのツッコミすら重要性が霞む!」

 言い捨てて俺はチンピラ宜しく駿の襟ぐりを掴み上げ、額が接触せんばかりに至近からその目を覗き込み、唸った。

「説明の手間を省いてやるが、つまり万人がその異常性を恐れてやまない貴様をして心胆寒からしめたその得体の知れない小動物の頼みを聞いてこの銃刀法違反ってレベルじゃねえ兵器を他人に無許可で装着するに飽き足らず人を共犯に仕立て上げようと試みた訳か貴様。自分の今の発言が孕む狂気に自分で何かしらの疑問は持たなかったのか、ええ? 頭のいい参謀職さんよ!?」

 責め立てながらがくがくと揺さぶると、駿は拗ねたように唇を尖らせた。男がやっても可愛かないわ!

「だってえ、僕一度でいいから正義のヒーローになってみたかったんだもん。得体の知れない恐るべき何かに騙されて親友と共に永遠に救われることなき輪廻の円環に繋がれるかもしれない可能性なんて、刹那的な快楽の前には些細なものだよね」

「俺は悟ったよ、お前こそが抹殺すべき巨悪だとな」

 幼稚園の頃から幾度となく抱いてきた殺意に従いさっさと殺しとけばよかった。

 駿から手を離し、俺は手首の腕時計もどきをがちゃがちゃと弄った。どうにか外すことは出来ないかといろいろ工夫してみるが、それはどこが継ぎ目なのかも分からない程平滑、且ついかにも頑丈そうな作りになっていて、全く外れる気配は無かった。家に帰ったら工具箱を漁ってみよう……無駄な気もするけど。

 いい歳こいてこんな変なおもちゃを身に着けている事だけで恥極まりないが、それだけならそれだけで済む話ではある。どうしても外せないようなら当面はリストバンドででも隠して……等と思っている最中、その腕時計もどきが、ぴりりりり、とけたたましいアラーム音を吐き出した。

 何事だ、とビビる俺に駿はきりりっと無駄に表情を引き締めて叫んだ。

「大変だ、勇人! 敵の襲来だ!」

「て、敵?」

「そりゃあヒーローには敵がいるに決まってるだろ、悪の組織と敵対していない正義のヒーローなんて、モロヘイヤの入っていない味噌汁のようなものじゃないか!」

「モロヘイヤが味噌汁に必須なご家庭はこの日本で恐らくごくごく一握りだ」

「恐らくだがハラペーニョよりはいくらか多数派だと思われるよ。まあ日本の食生活に関する学術的な検討はさておいて、さあ、勇人。変身だ!」

 言うと、駿は先程の攻撃姿勢とはまた違った形で左の拳を腰だめに構え、右腕を大きな円を描くように動かした。そして、鶴が舞うようなポーズをシュバッと取りつつ、一声。


「クラッシュ☆氷結果実!!」


 目の眩む程の光量が駿の全身を包んだかと思うと、その光はほどなく収束し、メタリックブルーな特撮ヒーローじみた様相の何かが、怪鳥のポーズのまま現出した。

 ……えーなんかおかしくねえかなその変身の合言葉。缶チューハイかな?

 突っ込むまい突っ込むまいとは思っているものの、本当にツッコミどころに事欠かない。誰か助けろ。夢なら母ちゃん早く起こしてくれ。

「さあ、勇人も。早く変身ワードを叫ぶんだ!」

「ぜってー言わねえ。んな意味不明なセリフ死んでも吐かねえからな」

「だが便利なことに、このアイテムには自動変身機能が付いている。これなら風邪を引いて声が出ないときに敵が来たって安心だね」

 マジで誰か助けて。

 思ってる間に俺を鮮烈な光が包んだ。




 案の定のメタリックレッド、五人セットの戦隊の方でなく宇宙刑事的な風味のスーツに身を包んだ俺が馬鹿に引きずられ、謎の移動手段で到着したのは、どこかの採石場じみた無機質で広大な窪地であった。学校の近隣にはない風景だ。遥か昔――幼稚園くらいの頃、五色の爆発をバックにポーズを決めるTVの中のヒーローを指差しながらこのロケ地は隣県のどこどこだよとかいらん知識を披露してきたこの馬鹿の幼い声が思い出されるが、その隣県某所辺りかもしれない。知らんけど。

 ともあれそういった類のロケ地に選定されてもおかしくなさそうな風情の場所に、『それら』はヒーローの到来を待ち受けるように佇んでいた。


 『それら』を何と表現するべきか――

 ……これもまた、特段に悩むこともなく『そういう感じのそれら』としか言いようのない『それら』であった。

 黒の全身タイツ様の装束に身を包む、或いはそもそもがそういう存在なのかもしれない人たちが数十人。そしてその人員たちを従えるような格好で、中央に一人だけ、異なる造形の存在がある。

 黒を基調としたエナメル質の、刺々しくも露出度高めなコスチュームに身を包むそれが女性であることは、遠目からでも分かった。

 悪の戦闘員たちと悪の女幹部……。

 俺の理性はもう目に見える現実共々意識を全部放棄してしまいたいと切実に訴えかけて来ていたが、とりあえず、ただただ情報を処理する機械になったかのような心持ちでその女幹部を観察する。

 黒地に金の縁取りで装飾の施された、ゲームやアニメに於いてしばしば見られる防御性能に疑問を感じる構造の鎧で胸と肩を覆っている。そして下半身は俺の視点からは見えないがほんの僅かにでも目の高さを下げれば中が覗けてしまいかねないギリギリアウトな丈のミニスカート。白い脚は膝上まで隠す黒のニーソックスでかなりの面積を覆われてはいるが、それは逆に惜しげもなく顕わになっている太腿が強調される効果を発揮して俗に言う所の絶対領域。これはまことにけしからん。……おっとおかげで少しだけ意識がはっきりした。

 ……豊かな黒髪はおさげに結われ左右一本ずつ垂れ下がり、刺々しいカチューシャのような兜?の下にある小振りな顔は羞恥のあまりか真っ赤に染まっている。

 見覚えをなんとなく感じたその顔を、俺はついまじまじと見て――

「……鈴木さん?」

 思い至ったその名前をぽつりと口にした。

 鈴木……名前はなんだったか。地味目な黒縁の眼鏡と一切の加工を施したことがないと分かる黒髪とカッチリ学校標準の膝丈スカートが逆に今時目立つ、物凄く大人しいクラスメイトだ。眼鏡がなかったのですぐには気付けなかった。

「え、ええと……?」

 困惑した風に、鈴木さんはこちらに顔を向ける。そりゃそうだ。このなりでは分かるはずもない。

「小早川だ。同じクラスの」

「僕は鷲宮俊だよ!」

 親指をびっと己の胸に突きつけるポーズで馬鹿も名乗る。馬鹿の呼称がさっきから馬鹿のまま固定されて戻ってないがもう馬鹿だしなんでもいいや。

「小早川君に鷲宮君……? ええと、……え?」

 どう問いかけていいものかすら分からないらしく要領を得ない声を彼女は上げる。俺もだ気持ちはよく分かる。しかしながら俺はどうにか事態を少しでも収拾の方向に進めるべく、もう少し具体的な疑問を言葉にした。

「……他人様の事を言えた義理じゃないんだが、鈴木さんは、えーと何故そんな格好を?」

 俺の問いかけで自らの装束について思い出したのか、色白の顔を更に一層かあぁと赤らめた鈴木さんは、スカートの裾を一生懸命引っ張って脚を隠そうと無駄な努力を開始した。特に会話をしたこともなく、顔などじっくり見た事はなかったので今迄気付かなかったが、その恥じらいを持った仕草と相まって、こんな時にそう思う事自体若干申し訳ないが、大変可愛らしい。

「あの、ええと……自分でも全然わからないんだけど……昨日、突然私の部屋に、なんか……うさぎみたいな動物が現れて……、『力が欲しいか?』とか聞いてくるから『いらないです』って答えたんだけど、『遠慮するな』とかなんとか言われて……、その後は、よく分からないことになって、……もう訳が分からなくて……どっ、どうしたらいいのかなあ、小早川君、鷲宮君……」

 要領は得ないが状況はなんとなく察せられる説明を続けながら、鈴木さんはぽろりと一粒涙を流した。それが呼び水になってしまったのか、無言のまま涙だけが次々と溢れ出し、それをどうにか止めようとする様子を見せるものの、やがてひっくひっくと憐れましい啜り泣きとなっていく。

 あああ……。

 非モテ男子高校生たる俺に、この状況への対応法が思い浮かぶ筈もなく、ただただ俺はこの状況にそぐわないメタリックレッドな腕をおろおろ所在なく伸ばす事しか出来なかった。済まない鈴木さん。

 しかしうさぎのようなって……

「おい俊、それってもしかしてお前にこのオモチャを渡したっていう……」

 件のヤバ気な生き物と同一の存在なんじゃないだろうか。そんなうすら寒い想像を共有しようと顔を横向けた刹那。

「とおっ!!」

 突如、妙に勇ましい掛け声とともに俊は空高く跳躍した。は?

 唖然として見上げる俺の頭上で体操選手の如くぎゅるぎゅるぎゅると直立姿勢の回転を見せたかと思うと、鈴木さんの斜め前に、こちらを向いて着地した。そしておもむろに、俺に真っ直ぐに指を突き付け、

「神は言った。ミニスカニーソは正義だと。よって正義の為に! 僕は涙を呑んでお前と戦う!!」

「わざわざ要らんイベント勃発させんなあああああッ!!!」

 いちいちめんどくせええええ!!!と発作的に拳を腰溜めに構えて振り抜いたら、ゴッという轟音と中々いかつい太さの光条が俺の拳からもめでたく生じ、目の前のクソ(馬鹿からランクダウン)をブチ飛ばした。そのままきらーんと空へ退場させる。いっそ死ねと割と本気で思っているが誠に遺憾ながらあいつがこれで死ぬ気は全然しない。

 何もかも一ミリも解決してはいないが目の前から不快物質が削除されたことに刹那的な安寧を覚え、俺は「ふぅ」と一つ吐息した。


 ……どうすんだ、これ。

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