3話 腐ってやがる!
エアコンなんてこの世界にはない。
だから、馬車なんて夏場なら蒸し風呂状態になる。
アンダーソンの氷魔法で、馬車の中を冷却しながら走らせる。これだけでも、私はアンダーソンの失敗を見逃して正解だと思った。
私が汗だくになり、反省のため正座しているエリーがやや干からびるのはどうでもいいのだが、聖女の鮮度が下がるのはヤバい。
夏場は死体の腐るのが早いし、虫がたかるのも一瞬だ。
しっかり冷却し、防腐魔法に保存魔法をかけてメンテナンスを怠らない。
ほぼ快適な馬車生活をしていたが、流石に休憩をしたい。外の空気を吸いたいし、馬も、アンダーソンもしばらく休ませなければならない。そろそろエリーも許してやって足に血液を巡らせてやらねばならない。
数時間休憩を取り、昼食を済ませてから、出発しようと馬車に乗り込む。
「……臭い」
不自然な臭いだ。
私の言葉にアンダーソンが馬車の室内に頭を入れた。
「確かに、何かの臭いがしますね」
「聖女、腐ってきてないかしら?」
私は、聖女の頭や口周り、下腹部あたりの臭いを嗅ぐ。特に消化器系は臭いそうなゾーンだ。同様に容赦なくアンダーソンも臭いを嗅ぐ。
「人間の臭いですね。フレッシュな方の」
「念入りに石鹸で洗った甲斐があるほどのいい匂いね。腐乱臭は今のところないわね。魔力の膜に薄らと囲われているから。防腐魔法も保存魔法も両方有効になっている……」
では、何の臭いだ?
ふと、エリーに目を合わせると、エリーは私の目を逸らし、自分の荷物入れの方へ視線が留まる。
「エリー、正直に言いなさい。何か隠しているわね?」
「え? あー、なんのことでしょう?」
白々しくそう答えたエリーの目は、クロール、バタフライ、背泳ぎをコロコロ変えるごとく、泳いでいた。
「……アンダーソン、やりたくはないけど、エリーの私物を確認して」
「えっ!? リズベット様、それだけはやめてください!」
「つまり、見られたら困るものがあるってことね?
ここで自分で出すか、アンダーソンに取り出させるのがいいかよく考えなさい」
渋々、エリーは顔を真っ赤にして自分の荷物から、雑誌を一冊取り出す。その雑誌を取り出すと妙な臭いが強まった。雑誌のカラーの表紙には細マッチョのイケメン二人が上半身裸になって、妖艶な表情で絡み合っていた。表紙のタイトルには『禁断の角砂糖 vol.52』と記されていた。
雑誌の表紙をよく見ると、『付録、官能的な香りのするしおり付き』と書かれていた。
「この臭いはイランイランの香りですね。官能的な気持ちが高まる効果があるそうです」
私は深くため息を吐いて男が絡み合う雑誌をエリーに返した。
「紛らわしい……エリー、あなたの大事なものを無理やり出させて悪かったわね」
「いえ、私も悪いんです」
しかし、ふと、この雑誌からの臭いが単純すぎることに気がついた。
「エリー、この一冊だけ?」
「はい、荷物がかさばるので、一番尊い本を持ってきました」
「アンダーソン、あなたは何か心当たりはない?」
アンダーソンは自分の荷物から『禁断の角砂糖 vol.49』『付録、官能的な香りのするしおり付き』と書かれている、やや筋肉質の男二人が妖艶に絡み合う表紙の雑誌を取り出した。もわりと臭いが深まる。
お前もか!
その本を受け取り、臭いを嗅ぐ。
「この香りはジャスミン……」
ジャスミンの甘い香りにはインドールというタンパク質の腐敗した際に発生する匂い成分が多く含まれている。イランイランにも低濃度で含まれている。ジャスミンとイランイランを混ぜた香りは魅惑的な香りにもなるが、馬車みたいな狭い空間で香りの濃度が一気に高まると不快感が増加する。
「アンダーソン、この雑誌を捨てなさ……」
そこまで言うと、アンダーソンは顔を下に向けて震えていた。怒りを抑えるように。そして、目から涙がこぼれ落ちた。
えっ、そんなに!?
エリーはアンダーソンに寄り添い背中を撫でて、同様に涙を流していた。同士に対する同情だろう。
これでは私が悪魔か暴君みたいではないか。
「……この雑誌をもう少し布で包んで臭いを出させないようにして。言い忘れたけれど、エリーのも」
二人は顔を輝かせた。
早くこの旅、終わらないかな。
そう思って横たわる聖女を見つめる。
ヴェールの揺れない彼女は何も語らない。
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明日も20時頃に次話の更新をします。




