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「その思想は人の道に反する」と勇者に言われ追放されたので、愛と信仰の正体を暴いてみた

作者: take
掲載日:2026/02/10

正直に言う、君を信じきれない」

その声は騒がしい酒場の中でもよく聞こえた。


四人の男が集まって話をしている。


「そこまで言うのかよ」

マコトは乾いた笑いを漏らした。


「ただの趣味だろ」


「ただの趣味で済むなら、ここまで引きずり出さない」


声の主は金髪碧眼の青年。

『救国の英雄』デスティニー・ロード・サイト。通称DLサイト。


「君の嗜好は、人の道に反する。場合によってはここを出て行ってもらう」


DLサイトの隣で、筋骨隆々の大男が腕を組み、鼻で笑うように言った。


「当然だ。趣味で済ませたいなら、せめて人としての倫理を守るんだな」


聖戦士イノセントは厳しい戒律を守ることで強大な力を得る戦士。

そんな彼はマコトの考えを軽蔑していた。


マコトが何かを言い返そうとした瞬間、帽子を目深に被った老人が杖で床を軽く突きながら言った。


大賢者グロトネリア。あらゆる魔法・知識を貪欲に集める老人は、人々から『底無しのグロトネリア』『暴食の賢者』と畏怖されていた。


「議題は明確にしよう。勇者DLサイトは“純愛”。聖戦士イノセントは“BSS”。私は“丸呑み”。そして君は――“NTR”。赦されざる嗜好。この事実は勇者の顔に泥を塗る行為でもある。このことについて何か説明はあるか?」


マコトは肩をすくめた。


「説明も何も、それぞれの好みがある。俺だけ石を投げられるのは納得できねえ」


DLサイトが言った。


「君の嗜好は、誰かの誓いを踏み躙る」


マコトは言葉を返さず、イノセントを見た。

彼の横顔は無表情ながら刃物のような気配を放っている。


「イノセント、お前だって似たようなもんだろ。俺たちは」


「一緒にするな」


イノセントが即座に切り捨てる。


「そのような冒涜、看過できない」


マコトは食い下がる。


「は? BSSだろ? 意中の相手が第三者に奪われるんだ。大体同じだろ? 俺たちは同じ穴の貉だ」


「BSSは『奪う』とか『奪われる』じゃない。『届かなかった』んだ」


マコトが眉を顰める。


「言い訳か?」


「違う」


イノセントは顔を上げた。


「BSSは先に想った側の話だ。告げられなかった。届かなかった。あるいは選ばれなかった。果たせなかった想いの行き着く先。それがBSSだ。そこには、成立している絆を壊す意志はない。前提が違う」


マコトは笑った。


「前提、ねえ」


「NTRは違う。すでに結ばれている関係を前提にして、その崩壊を目的としている。他者の絆を弄ぶ。信頼の足場を崩して、その崩壊を楽しむ。悪趣味極まりない」


マコトの笑いが消える。


「言い方が悪いな」


「悪いのは言い方じゃない」


イノセントは鋭く言った。


「NTRは安息を破壊し、BSSは未完を抱える。まるで別物だ」


マコトは唇を噛み、視線をずらす。

次に矛先を向けたのはグロトネリアだ。


「じゃあお前はどうなんだよ」


マコトは声を荒げた。


「丸呑みって、ぶっちゃけ一番ヤバいだろ、グロトネリア。異常性癖の王様じゃねえか。そんな奴、お前以外にいねえよ」


グロトネリアは瞬き一つせず静かに言い返した。


「マイノリティ即ち異常という短絡的な考えは、言葉を扱う者として最も下劣だ」


グロトネリアは続ける。


「マイノリティを異常と判断するなど言語道断。嗜好だけでなく、言動も我々の仲間に相応しくないようだな。異常故に民意を得られず、マイノリティであることと、マイノリティであるが故に民意が得られていないことは全く異なる」


淡々と続ける。


「多数派は、ただ声が大きいだけの場合がある。少数派は、ただ語彙が少ないだけの場合がある。数と正しさは一致せず、数と品格も一致しない」


マコトは一瞬言葉に詰まったが、意地で押し出す。


「じゃあ何だよ、俺だけが異常だって言うのか?」


DLサイトが言った。


「異常かどうかではない。我々が尊んでいるものを、君は壊す。その姿勢が問題なんだ」


マコトは唇を歪める。


「壊す? 違う。俺は――『心』が見たいんだよ」


マコトは三人に向かって語り始めた。


「心ってのはな、綺麗な日常の中じゃ見えねえものがある」


マコトは笑った。熱を孕んでいる。息を吸う音がはっきり聞こえた。


「NTRは三者三様の感情が蠢く蠱毒だ。地獄の釜と言ってもいい。煮えたぎる地獄だ。正しさも、善意も、誓いも、全部まとめて煮込まれて、最後に残るのが『心』なんだ」


イノセントが舌打ちする。


「また大仰なことを」


「大仰じゃない」


マコトは即座に切り返して畳み掛けた。


「寝取る側はただの悪役じゃない。そこには優越があり、支配と征服がある。勝者の倫理だ。この麻薬のような快楽の恐ろしさは人類の歴史が証明している。『勝ち取った』という誇り。『相手から受け入れた』という充足」


DLサイトは問う。


「それが良さだと言うのか」


「言うさ」


マコトはまた笑う。


「支配と征服。これは人間がずっと欲しがってきたものだろ」


言葉は止まらない。


「NTRの恐ろしいところは、寝取る側の武器が暴力に限らない点だ。拳で奪わない。銃で脅さない。優しさで壊す。理解で崩す。正しさで誘惑する。相手の欠けた部分に、必要な言葉をぴたりと当て嵌めてしまう。『君は悪くない』『君は頑張り過ぎた』『君にはもっと価値がある』。この甘さは毒だ。だが毒は、弱った心には薬の顔をして近づく」


マコトはまるで自分に酔うようにさらに進む。


「恋愛というのは一種の信仰なんだよ。『この人が一番』『この人は裏切らない』。そんな信仰が、ある時突然、第三者の登場によって揺らぐ。ここで信仰の真贋が試される。だが、試されるのは信仰だけじゃない。信仰の基盤である日常が試される。あいさつ、食卓、寝息、笑顔。約束。些細なものが突如牙を剥く。匂い、髪、時間、言い訳、沈黙。日常はいつしか己を切り裂く刃となる」


DLサイトは小さく息をのむ。


マコトは構わず続ける。


「日常の破壊者は、しかし完全なる悪とも言えない側面を持つ。この存在は対象の番に対して新たな価値観を与える場合もある。NTRの恐ろしさは単なる破壊の話じゃないってことだ。壊した後に、別の形の幸福を提示できてしまうところだ。人は破壊だけでは堕ちない。堕ちるのはそこに救いに似た何かがあるからだ。救いの顔をした破滅、破滅の顔をした救い。これは見分けがつかない」


グロトネリアがぽつりと言う。


「救いと言うには毒が強過ぎる」


「強いから効く。そしてここで、もっと原始的で、もっと人間的な話をしよう」


マコトが両手を握り締める。


「人間は誰しも選ばれたいんだよ。誰だって選ばれたい。存在価値が欲しい。必要とされたい。特別になりたい。恋愛は選ばれるための戦争だ」


マコトは目を細め、次は寝取られる側を語る。


「寝取られる側の視点はこうだ。嫉妬。劣等感。独占欲。そして絶望。信じたいと許せないが同時に湧く。愛しているはずが憎い。信じたいはずが疑う。この矛盾が人を壊す」


世の成り立ちを説くが如く。


「寝取られる男の地獄は敗北そのものじゃない。何者かであった自分が崩れる時だけ。恋人である自分。夫である自分。選ばれた自分。その立場が崩れてしまう。吹き出すのは嫉妬だけじゃない。羞恥。屈辱。復讐心。同時に、痛みの中で相手を愛してしまう。憎みたいのに憎みきれない。捨てたいのに捨てられない。この弱さが深みを与える。理屈で割り切れない。正しさで救えない。それこそが人間だと」


マコトは次に寝取られる女を語る。


「寝取られる女の視点。裏切りの快楽。自分の価値の証明。自分は何者なのかという問い。恋人なのか。妻なのか。愛玩用なのか。所有物なのか。罪と救い、求めてやまないものが同じ手のひらに乗る。女が抱えるのは快楽だけじゃない。理解される快感だ。欲望の肯定。弱さの肯定。過去の肯定。『君はそのままがいい』。この一言がどれだけ人を壊すか。パートナーが言えなかった、あるいは言わなかった空白にぴたりと嵌まるからだ。そして女の視点の恐ろしさは、選択が一つに見えないことにある。恐れ。諦め。優しさ。優しさが嘘を生む。沈黙を生む。嘘と沈黙が関係を腐らせる。腐った関係の中では、外から差し出される手は救いにも見えるだろう」


マコトは一息挟む。


「そして忘れるな。寝取られる女にも醜い勝利がある。『私は魅力がある』『私は選べる』『私は捨てられていない』。この自己愛は生きるための本能であり、罪でもある」


周囲の喧騒が遠くに聞こえる。


「愛。信仰。嫉妬。執着。劣等感。虚栄心。羞恥。屈辱。怒り。恐れ。罪悪感。自己嫌悪。自己愛。依存。支配。憧れ。後悔。諦め。嘆き。情。期待。そんな人間の光と闇が一堂に会する。さらに追加するならこうだ。比較。承認。正当化。現実逃避。運命。慈悲。そして未練。終わったはずが、心は終われない」


マコトは勝利宣言のように笑う。


「NTRとは数多の感情が交差する人生にも等しい。だからNTRは地獄の釜なんだ。燃え盛る炎のように猛るのは肉体じゃない。言い訳だ。祈りだ。欲望だ」


マコトは三人を再び見渡した。

同意を求める目ではない。


心の内を曝け出すように言う。


「それでも人は覗く。覗かずにはいられない。なぜなら、釜の中に映るのは他人の不幸じゃない。自分の可能性だからだ。自分が勝者になる可能性。敗者になる可能性。裏切られる可能性。許す可能性。人間が人間である限りその可能性は消えない。だから燃える。地獄の釜はいつだって人間の心が焚かれている」


長い言葉が終わり、訪れた沈黙。


「君の言いたいことはわかった」

DLサイトは言った。


「君の心も、思いも理解した」


そう言って、一際厳しい目でマコトを見つめる。


「だがそれでも、私はそれを許容することは出来ない」


「ああそうかい。じゃあ仕方ねえな」


「今一度確認しよう。君の嗜好は“NTR(寝取られ)”であって“NTL(寝取り)”ではない。間違いないな?」


「無論だ。二つは似て非なるもの。『殺した』『殺された』を同一に考える馬鹿がどこにいる」


「であれば尚更だ。君をこのパーティから追放する」


「どういう意味だ?」


「私たちの人生は選択の連続だ。何を選び、何を捨てるか。全ての選択の結果は自らで責を負い、受け入れる。だがしかし、君の言う“NTR”はどうだろうか。起きた事象をどう受け入れるか、という話に終始している。自ら選び勝ち取るという意思を感じさせない、まるで世間知らずの少女が白馬の王子を求めるような未熟さだ。君の内面と嗜好、双方がこの場に相応しくない。だから私は君を追放する」


それは絶対的な決別の言葉だった。


マコトは、そうかいと一言だけ言って立ち上がる。

出口へ向かい一歩を踏み出した瞬間、振り返って言った。


「俺からもいいかい。勇者様」


「なんだい」


「勇者様の考えでは何らかの強制力を以って好意を向けさせる、得る行為は純愛と呼べるのかい?」


「馬鹿な。そんなものが純愛であるはずがない」


「じゃあ、我々の認知を超えた存在によって脳、意識を改造された結果、醜悪な怪物を可憐な少女と認識してこれを愛する。これは何と呼べばいいのかな? “洗脳”か? “異種”か?」


DLサイトは微笑みながら答えた。


「失礼だな、“純愛”だよ」

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