善狐の頂点あらわる
多多邪の宮を傷にまみれた印猫が食らいつき、肉を潰す音を響かせる。
赤い雨が降り注ぐ中、双方も血を流してズタボロだった。
だが印猫は生と死を循環させる者。傷口はすぐさま塞がり、痛みだけを残す。
疎ましかった能力が今は味方になっていた。
多多邪の宮の肉と骨をちぎり、不味い血肉を味わう。どんなに痛めつけようが彼もまた死ねない。
無気力になった白髪の子供は肢体をダランと放り出したまま、抵抗もせず、動かなくなっていた。
「グガアアアアッ」
獣が吠え、周囲がより崩壊する。耐えられぬ世界が軋みをあげ暴風雨が吹き荒れる。
「印猫! 何をしているのだ!」
死闘の末、破壊しきった街並みを背に別亜が現れた。そうして5使者のメンバーも集い、惨状に固唾を飲む。
「グルル……」
唸りを転がし、巨獣が新たな獲物だと言わんばかりに脚に力を込めた。
「ダメね。やっぱり分かり合えないわぁ。この人と」
「いや、印猫もう正気じゃない気がするぞ」
「軽口を叩いてる場合じゃない、皆で印猫を処分──」
第三眷属が言い終わる前にミサイルよりも凄まじい音の何かが放たれ、印猫は倒れた。
光で構成された弓矢が巨体を貫き、事切れているようにも見える。それよりも横槍を入れたのは誰だ?
「こんばんは♪阿字母の子たち。サムサーラを代表する第一眷属、綾彼方八名比丹羽と申します」
たおやかに言い放つ少女。サムサーラ──善狐の第一眷属。
美しい髪と浮世離れした雰囲気をまとい、汚れひとつないメイド服を着ている。噂だけの存在が突如、出現し動揺するしかない。
「どさくさに紛れてアテクシらを殺めにきたの? 野蛮ね」
「いいえ、この凄惨な事態を収めにきただけです。ですので麻宇汝旴愧堕焚邪命と印猫 我無比女には死んでもらいます」
伏し目がちに彼女は上品に言う。
「何を言っている? そうしたら僕たちは壊滅的被害を被るでないか!」
「当たり前でしょう? 此岸に大災害を起こすなど、タブーにほかなりませぬわ」
確かにこの世とあの世の境に此岸を崩落させたのは、どんな高次元な存在でもしてはならない。だが善狐にも落ち度はある。事が大きくなる前に多多邪の宮などと戦えばよかったのに。
良いとこ取りをするために、爪を研いで出番を待っていたのが透けて見えた。
バティは歯を食いしばり、常に正義面する善狐に苛立った。
「あー……いてて、明日は筋肉痛やけん。は、アンタら何だ?」
「み、ミハル!?」
瓦礫からミハル・ミザーンがひょっこりと姿を表し、は? と間抜けな声をあげた。
「うわ、なんなん。でけえ犬?」
「どうしてここに?」
「あ、ああ。分からん。テキトーに歩いてたら」
「アナタァ、誰? バテイと知り合い?」
美麗之前が眉をひそめ、不快極まりないと扇で顔を隠した。
「あ、お邪魔だった? とりあえずこれだけ渡しておくけんな。部下からもらったんだけど訳分からんから、バティ、なんかに使ってくれよ」
彼は呑気に胸ポケットから小瓶を取り出した。「ケセランパサランかもしれん。願い事、叶えてくれるかもな。なんちゃって」




