化け物が化け物になるまで
拒絶しないでよ。ひとりぼっちは嫌なの。
印猫の鼓膜に空虚な呟きが届いた。それを無下に、ぞんざいに扱い踏みつける。
「きょぜつぅ? したのはそっちであろう」
獣は獰猛な唸りをあげ、牙を剥いた。答えなど帰ってこないのを知りながら、彼女は憎々しいと吐き捨てる。
「お前はだれも、みていなかった。だれも! そう、あじぼ、でさえな!」
神言を受け取る身でありながら、無関心にかまけていたのはどちらだ。
それでも──差し伸べられた手を忘れれないのはヒトの定めか。
「君、苦しいの? わえが救ってあげるよ」
神々しい光と共に現れた多多邪の宮を、自らは神の化身だと確信した。あの日。
(バカバカしい。あんなものに騙されなかったら)
印猫──……一国の、現代でいう巫女であった女性は荒地で、野垂れ死ぬ寸前、白髪の『神』を目撃した。
「貴方は? ……」
「わえは多多邪の宮、汝を救いに来たよ」
すり減り汚れた絹の衣、血にまみれた口元。巫女は頼りにしていたクニに厄介者だと拒まれ、人がいない場へ逃げるしか無かった。
従者二人を連れ、生き延びていたがついに吐血し、死を悟る。その際に、戦火に包まれる故郷と大王と妃が脳裏に浮かんだ。
「■■■。■■のクニに向かえ、私が伝えてある。そなたが身を隠せるように。さあ、早く」
「大王さま。妃さま。貴方たちも、早くお逃げになるのです」
「私は民を守らなければならぬ。敵は周辺のクニを味方につけた。勝ち目は無い、それでも戦うのだ」
それからは必死に従者を連れ、南下した。当時力をつけた大きな政権が列島にあるクニを次々に取り込み、またはねじ伏せていたのだ。
南に未だ政権に抵抗していたクニがあった。そこを頼れば援軍を……。
「お前たちは受け入れられない。もしかすれば政権が我々を欺きに来たのかもしれないからな」
「信じてください! わたくしたちはっ」
「もういい! 誑かすための演技はいらぬ! 出ていけ!」
相手にされず、途方にくれた。だからさらに下に降りれば助かると思って、死にものぐるいで飢えを凌ぐ。だがどこも受け付けてくれない。
(我々は何のために仕え、何を信じ生きてきたのだろう)
(大王たちは、なぜわらわを逃がした?苦しませたかったのか)
(虚ろだ。もはや己には何も無い)
飢餓。衰弱。もはや動けず、這いつくばるしかない。命が尽きると諦めた際に、あの、神に似た存在が忽然と姿を表した。
(神はわらわに二度目の生きる道をくださるようだ)
彼女の中で均衡を保って居たものがガラガラと崩れ去っていく。信念が、執念と恨みに変換される。
(さみしい、みちたりない)
「寂しい? 何を言っている? 常に祝福されたお前が? 満ちたりない? ふざけるな」
だが、あの神託を授ける存在は神に近しい者ではなかった。




