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弥生の花
覃(のびる、ひととなる)はさまよいつつも、ふと、己の鼻に嗅ぎなれない匂いが漂ったのに気づく。
此岸に染み付いた……馴染み深い血なまぐささでもなく、腐敗臭でもない。
──桃の花の香り。
「ンー?」
首をかしげ、どこからか桃の花が香ってくるのを探す。この死を凝縮した暗がりに花など咲かない。
草木も、雪解け水も、夏の雨が降ることもない。なのに? 芳しく清廉さをそなえた桃?
「も、も。も、ものはな、あかりをつけ、きょうは、たのしい」
桃は辟邪の象徴。邪を跳ね返す、強力な果実。
希死念慮。絶望。終末願望。万人の死が蟠るこの場には相応しくない。
のびるはもう少しで答えにたどりつきそうで、できなかった。とうの昔に頭が破壊されて以来、知識と思考は繋がらなかった。
「おかしい、おかし、なんだろー? なんでだろ、なにが、」
そもそも閉鎖的な空間に微風が吹くはずがないのだ。なにか、おかしい。
花は好きなのですけど…
桃の花と梅の花、見分けがつかないくらいに花音痴です。
花は全部バラだと思ってます。




