むすめのしかいで
乎代子は覚醒するなり真っ白な空間にいた。夢だというのは自覚しており、この世界に壁も床もないのも不思議と理解していた。
コウモリの身体に人の頭を持つ──人面獣がつらさがっているのだけは視界にハッキリと映る。
アレはこの世の者でない部類で、得体の知れないものの最上の存在だとも無意識に肯定していた。
「えっと」
美しいかんばせは何も言わない。ただこちらを見ているだけだ。
だが、不意に視界の隅に見知らぬ子供が佇んでいるのに気づいた。
「多多邪の宮」
事前知識もなく、口から言葉が出る。あの子供は多多邪の宮というらしい。
──乎代子、わえと汝は会ったはずだろう? 忘れてしまったの?
「そ、そうだっけ」
──まー、これはユメ。混ざっていても仕方がない。
「混ざる?」
どうやら多多邪の宮はこれから遠くに行ってしまう。そうしてその前に、何かしらの騒動が起こる。夢だから前触れもなく結末が読めてしまうのは当たり前か。
「──ラファティも?」
ラファティ・アスケラの後ろ姿がフッと浮かぶ。誰かとともに赤い川へ足を踏み入れ、どこか遠くへ行こうとしている。
「待って、どこに行くの! 待てよ!」
駆け寄ろうとして、地面がないのを悟り、そのまま落下した。ラファティ・アスケラとの距離がさらに広がり、手は届かない。
「行っちゃうの? じゃあ、もう会えないの? ねえ」
人面獣は答えず、落ちていくこちらを見下ろしていた。白い世界から弾き出され、気がつけば今度は真っ暗な奈落にいた。
忙しい夢だ。
「パーラム。なぜ来た? お前、謹慎中、じゃないの? へん、へん」
ユキヒョウに似た人面獣が首をかしげ、こちらに近づいてきた。かなり大きな肢体だ。
あのコウモリも人より大きかった──気がする。
「私は──」
──パーラム、また彼らに会えるよ。
誰かの声がして、乎代子と覃(のびる、ひととなる)は空を仰いだ。
「れんろー」
「誰それ、れんろーって誰」
「……パーラム、間抜けな顔だね」
まぶたを開け、パーラム・イターはヨダレを拭った。どうやら寝ていたらしい。
あの自らの世界での一連の会話、そうして乎代子として移動した記憶は俗にいう夢オチだった訳か。
至愚の硬い毛並みが近くにある。そうか、己は昼寝をしていたのだ。
「ラファティ・アスケラはいなくなる。そうして、多分、多多邪の宮も」
「ラフはいなくならないさ。彼は意外と丈夫なんだよ」
乾いた笑いが漏れそうになり、堪えた。やはりアレは絵空事。彼女から話しかけてくるなどありえない。
「だといいな」
追記 2026年2月6日
乎代子と多多邪の宮は出会っていたのをド忘れしていたので加筆修正しました。




