きょだい な けもの いんびょう がむのひめ
かの獣はあまりにも巨体であり、肢体には幾多の杭が突き刺さり、繋ぎとめていたはずの鎖を引きづっている。
犬だろうか? 長い耳の垂れた洋犬にも、ネコ科の猛獣にも思えた。ブチ柄の尾の長い四足の生き物。
のびるは首を左右に傾げながら、あれは死の塊だと納得する。この空間が死を抱擁する場所なら、あのような化け物がいても不思議はない。
見開かれた眼窩。歯並びの悪い牙から多数の皮膚と血肉が滴っている。
アレは死神に近い。ふいに一瞬でも死を悟るとやってくる、抗えない生命の終わりの恐怖。
──死神はまたやってきた。
「わらわをにかいも、みるとは。おぬしもうんがわるい……」
こちらへニタリと獣は笑ってみせた。
「? のびる、おぼえてーない、ない、な、ない」
「ふん。オツムをどこかへおとしたようだな? わらわは印猫 我無比女。つぎはうぼえておくといい」
のびるはまた首をかしげたが、印猫と名乗った巨大獣は金色に輝く目を暗がりに向けた。
「すべてをここへおとしまおうか」
「ダメダメ。ここ、のびるの大事な癒しの場。全部来たら、うるさい、うるさい」
「きがあうではないか。のう? では、のびる。もっとおぞましいばしょをさがさなくてはならぬな? おもわんか?」
「分からなー い」
頭をクルクル回す人面獣を一瞥し、獣はくだらぬと皮膚を滴らせた。それは食い殺してきた不良品──壊れた眷属たちと己を貶めたクニや、敵たちのものだ。
食っても食っても、足りはしない。
空腹でもない、違うもの。
「じごくでもなく、無でもなく、きょうふでもなく、なにがものをこわす??」
「ンー? 終わりがない?」
「そうかもしれぬな! 名案だ! おわりのない、いきるという苦、しにつづけるという苦──てにはいらぬという苦! それこそつきおとすのに、ふさわしい!」
ビリビリと空気を震わせ、宣言する様はどこから見ても狂っていた。だがのびるは気にならない。
残念ながら、それも気にならない程脳を破壊されていた。
一瞬でも死を悟るとやってくる、抗えない生命の終わりの恐怖。それが終わりのない虚ろな時間を肯定する。賛美する。
「ははは! 多多邪の宮を終わりなくくいころす、それがわらわのあいじゃ。ほんにんはわからぬようだがな、ふはは!」
「多多邪の宮、多多邪の宮、知ってる。知ってる? そうだっけ?」
鎖を引き摺って、笑いながら消えていく印猫 我無比女を見送り、彼は座り込みあくびをした。
「あい? 愛? 変なの、変なの〜〜~」
本人は全く反省していない、印猫さん。




