どくされている
イェヒエル・ザラフシャンは『あの階』に近い場所でまた、ドブネズミが死んでいるのを見かけた。
毒を盛られた訳でもなかろう。
イェヒエルは動物関係には知覚が優れている。あのネズミからは負の腐敗臭が凄まじい。
スコーク ナァ〜ごだったか。
アリーが実験台にしている不気味な生き物。日に日に悪くなる空気。何かが蠢いている暗闇。
アレが創り出す、瘴気が通りかかったドブネズミに作用した。
「よう。ザラフシャン! 元気か?」
「扉隠しの車座。何か用ですか」
「うわ、ダイレクトだなァ。ミハル・ミザーンって呼んでくれってば」
苦笑する紛れ込んだ害獣に眉をひそめるも、ミハル・ミザーンはまたヘラヘラするだけだった。害獣にも彼女は目ざとかったがこの組織は寛容か、腐っているのか──そのままになっている。
「そのネズミ、どしたん。じーっと見つめてたけど」
「いえ、ミハル・ミザーンさん。貴方こそ立ち入り禁止区域で何を?」
そう。この階も立ち入り禁止区域なのだ。
理由はあの不気味な生き物がいるからではない。過去に伝書鳩の一員が不審死を遂げてから、死にやすい輩が変死してしまう忌み嫌われた階になってしまった。
由緒正しい事故物件だ。
「呼ばれた気がしてなー。あ、厨二病的な意味じゃなくて」
「呼ばれた?」
「扉隠しの車座として、良くないモノが蠢く場所は調べたくなるんよ。ほら、アンタの上司。何かをしてるだろ? ソレのせいか、ここにいるヤツが」
「ここには誰も居ませんよ」
否定して、ネズミを近くにあったチリトリに乗せ、そそくさとダストボックスへ捨てた。その一連の動作を眺めていた彼は明るい橙色の瞳を細める。
「怖いんか?」
「……馬鹿いわないでください。これしきの事で怖がっていたら仕事になりませんよ」
「ハハッ! だよな! ごめん。じゃあ、オイラはこの先にいくわ」
「不審死しないでくださいね」
嫌味を吐いたが、彼は反応せず歩いていった。はあ、とチリトリを眺める。
不気味な生き物はかみさまがいる、とほざいていたそうだ。伝書鳩は基本的に神を信じていない。神がいたら我々は生まれなかった。
(アリーさまが狂わないといいが)
オフィスビル特有の無機質な内装にそぐわぬ薄暗い照明が、やけに不快感を抱かせた。




