10.婚約者リゼット・クランベリー②(シリル視点)
少しエピソード修正しました。
伸ばされた手を取ったのは"退屈"だったから。
判を押したかのような貴族や令嬢達の反応にうんざりしていた俺にとって"面白そう"は貴重だったのだ。
「で、お前は何から逃げてるんだ」
こっちよ、と慣れた様子で得意げに大人を撒くリゼットは、
「権力と公爵令嬢の義務からよ! 人から押し付けられた結婚なんて嫌! わたくしが愛したいと、愛されたいと願う殿方は自分で見つけるわ」
だから逃げるの、とドキッパリとそう言った。
「お前が逃げては困る人間もいるのではないか?」
例えば、真っ青になって謝っていたあの乳母とか。
例えば、今日来なかったクランベリー公爵とか。
だが。
「そんなのわたくしには関係ないじゃない」
それが何か? と言わんばかりに言い切るリゼットは、
「向こうがわたくしに勝手な都合を押し付けているのに、何故わたくしが合わせてあげなくてはならないの? わたくしにだってわたくしの都合があるというのに」
意味が分からないわ、と不服そうにそっぽを向く。
「都合?」
「そう! 城下街で開かれてるバザールは今日が初日なの。バーティの帽子、絶対欲しい!! ずっと楽しみにしてたんだから」
「帽子」
「ええ、帽子よ」
ぼんやりしてたら売り切れちゃうじゃないと腰に手を当てリゼットはそう主張し、
「バーティは一点ものしか作らないし、いつもバザールに参加するわけじゃないから今日を逃したらいつ買えるか分からないんだからっ!」
だから、早く行きましょうとブンブン腕を振りながら訴える。
「公爵令嬢なのにバザールの出し物なんてよく知ってるな」
「昔、一度だけせがんで連れて行ってもらったことがあるの。それからずっとメイドにせがんで毎年バザールのフライヤーを手に入れてもらっていたの。もうその帽子はわたくしには小さ過ぎるから」
どうしても新調したいの、と語る紅蓮の瞳に俺は思わず引き込まれる。
邪魔なモノは全部を焼き払う。それくらい過激で強い意志の瞳。
それをマジマジ見ていると、
「だというのに、よ。そうして今年やっとバーティの店名を見つけたのに! テストで満点取ったらバザールに連れて行ってくれるって約束したのに! 一方的に反故にされたのよ、王太子様とのお見合いのせいで!!」
盛大に吠えたリゼットは、心底嫌そうな顔でチッと舌打ちした。
「公爵家なら金と権力でゴリ押せば職人一人くらい呼び出せるだろ」
「お金と権力で忖度された帽子なんて嫌。わたくしは自由な発想で作られたバーティのオリジナルの一点モノの帽子が欲しいのよ。だからわたくしは、今日、今、バザールに行きたいの!」
いっそ清々しいほどの自分都合。
だが、一応筋は通っている。リゼットは本来の予定を遂行したいだけなのだ。
「ふっ、確かにそれは王太子なんかと見合いをしている場合ではないな」
「でしょ!? お星様のお兄様はお話が分かる方で嬉しいわ。ところで、お兄様お名前は?」
「シリルだ」
顔は知らなくてもさすがに名前で気づくかと思ったけれど。
「シリル様! とっても素敵なお名前ね」
王太子だと全く気づかれなかった。
この見合いによほど興味がなかったらしい。
まぁ、もし気づいたとしてもリゼットには態度を改める殊勝さはなかっただろうが。
「……っふ、帽子以下」
そんな扱いは初めてで、そして不思議と愉快だった。
「シリル様、笑うともっとキレイね」
紅蓮の瞳を瞬かせたリゼットは、
「わたくしキラキラしてキレイなものって大好きよ!」
とても満足そうに満面の笑みを浮かべた。
思い返せば俺が彼女リゼット・クランベリーを欲しいと思ったのはこの瞬間だったのかもしれない。
予感がしたのだ。この紅蓮の瞳は俺を退屈させない、と。
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