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転生幼女姉妹、極貧脱却を目指す。


 私達が極貧男爵家に転生してから六年が経過した。つまり、私アメリアと、妹のソフィア、ヴェルアはそれぞれ六歳になっていた。

 とても貴族とは思えない質素な家の台所で、今日も仲良く並んで朝食をとっている。


 転生前、神様に言われた通り当家は貴族の中でも底辺だけど、幸いにも小さな農園を経営しているので食べる物には困らない。

 食卓には今日も、パン、蒸し野菜、炒め野菜、野菜のスープ、野菜のサラダ、と充実のラインナップがずらり。


「野菜ばっかりじゃない! 来る日も来る日も野菜野菜野菜!」


 いつものことながらヴェルアが席から立ち上がって叫んでいた。


 そう、困らないのは野菜だけ。肉なんて滅多に食べられないし、卵さえ高級品だ。この六年間、私は好物の中トロを一度も口にできていない。

 しっかり蒸したニンジンにフォークを突き刺して口へと運ぶ。よく火を通してあるけど、中トロの口溶けには遠く及ばなかった。


「私ももう、限界かもしれない……」


 私がこう呟くとソフィアが「ふむ」とフォークをテーブルに置いた。


「それでは、そろそろ動き出しますか?」


 次女のこの発言に、私とヴェルアは同時に振り向く。


 転生者である私達は生まれた直後から意識がはっきりしており、知能も記憶も前世のそれらを引き継いでいた。今の年齢になるまで、私達はこの世界の言葉や情報を覚えるだけの日々を過ごした。それは体の成長を待っていたからだ。自由に活動できる大きさになるまで。

 どうやらついにその時が来たらしい。


 ヴェルアも待っていたと言わんばかりに腕組みをして笑みを浮かべる。


「じゃあ、最優先はやっぱりこの極貧生活を脱することでしょ」

「はい、では早く朝食を済ませて町に向かいましょう」


 フォークを握り直したソフィアはそれをブスッとジャガイモに刺した。


 朝食を終えた私達が出掛ける支度をしていると、これに気付いたメイドが慌てた様子で。


「お嬢様方、どこかにお出掛けですか! 私もご一緒しますのでお待ちを!」

「あ、私達だけで大丈夫だよ。コルシャさんは家のこととかお父様達の昼食の準備とか、やることがいっぱいでしょ?」


 私がそう言うとソフィアとヴェルアも同意して頷く。


「そ、そうですか。お嬢様方は昔から本当にしっかりなさっているので、私はとても助かっています……」


 まあ、全員が転生者だからね。


 当家は極貧なだけあって、雇っている使用人もたった二人しかいない。その一人がメイドのコルシャさんで、彼女は家全般のことから、早朝から農園で働くお父様とお母様、あともう一人の使用人の昼食を作って届けたりと大忙しだった。

 ぶっちゃけ爵位がなければ当家は完全にただの農家だと思う。それに、もし私達が転生者じゃなく普通の子供だったら、コルシャさんはパンクしていただろうし家は崩壊していたに違いない。

 神様も絶妙な極貧貴族を選んだものだ……。



 町に出た私達はソフィアの先導で中央市場へとやって来た。

 彼女には何か考えがあるみたいだけど、どうするつもりなんだろう?

 と思っていると先にヴェルアが前に進み出る。


「よし、手っ取り早く私の洗脳の魔眼で、あそこの裕福そうな小太りの男から有り金全部巻き上げるわ」

「駄目でしょ……、なるべく犯罪行為はしないって約束したじゃない」


 速攻で私が止めると三女は「試しに言ってみただけよ!」とそっぽを向いた。


 私達姉妹には魔眼という特殊な能力がある。この世界の人間は魔力を持っていて効果は弱まるものの、魔眼が強力な力であることには変わりない。そこで、姉妹で話し合ってあまりひどいことには使わないでおこうと決めた。

 ヴェルアもこの六年で(これでも)ずいぶんと丸くなったので、一応は取り決めを守るつもりのようだ。


 ……まあ、やりすぎるとまた神様に消滅させられるかもしれないしね。

 そういえば、神様から授かった私の魔眼がどういうものなのか、まだ全然分からないんだよね。一度も発動する気配すらないし、すごくもやもやする……。

 私のもやもやが伝わったのか、ソフィアがくすりと微笑んだ。


「きっと必要な時が来れば発動しますよ、気長に待ちましょう。それから今回、私も魔眼を使うつもりです。この当家の在庫野菜を買い取ってくれる人を捜します」


 と彼女は一枚のメモを手渡してきた。そこにはお父様の筆跡で野菜全般の在庫量が記されている。


「いつの間にこんなものを……」

「そろそろアメリアとヴェルアの我慢が限界だと思って、ここ数日は毎日お父様に教えてもらっていました」


 そう明かしたソフィアの瞳が青く光る。記憶の魔眼で市場を行き交う人々の思考を読みはじめた。


 在庫の野菜が売れたらお金は入るしお父様達も喜ぶし、一石二鳥だね。こんなことを思いつくなんてさすがソフィア。


 当家の農園は小さなものだから生産量はさほどでもないんだけど、それでも在庫を抱えがちだった。原因は販路の乏しさにある。大口はほぼ全て巨大農園を持つ上位貴族が独占していて、うちのような弱小はつけいる隙がない。

 作ってもなかなか売れない、これが当家が極貧の理由だ。


 やがて、一人の商人風の男性に目を留めたソフィアの顔が輝いた。


「見つけました、大口です!」


 ソフィアは一直線に男性へと駆け寄っていく。


「もしや、かの名店、金色の鹿亭のオーナー様ではありませんか? 何かお困り事のようにお見受けしましたが、よろしければお聞かせください。当家は小さいながら農園を経営しております」

「おお、なんと農園を! 実は急に複数の団体客の予約が入ってな、食材が全く足りなくて困っておったのだ。すぐに用意できる野菜があれば売ってくれんか?」


 この言葉を待っていたかのようにソフィアはお父様のメモを取り出し、そこにペンでささっと何かを書いて男性に見せた。


「当家がご用意できる野菜の量と、キロあたりのお値段です。ここ数日で収穫したものですので品質にも自信がございます。いかがでしょう?」

「相場よりも安い! 品物を見て問題がなければ全て買い取ろう!」


 あっさり商談成立させた! ソフィアすごいな!

 私が驚きの眼差しで見ていると、上機嫌で立ち去ろうとしていた男性がふと足を止めた。その懐に手を入れながらこちらに振り返る。


「いやはや、こんなに小さいのにしっかりしたお嬢さんだ。どれ、おこづかいをあげよう」


 と彼は取り出した一万リル札(前世の価値基準で大体一万円札と同等)をソフィアに手渡した。


 わ、気前いいな。けど、なんかちょっと不自然な気が……。

 首を傾げつつ隣に視線をやるとヴェルアの瞳が赤く光っていた。


「あんた……」

「これくらい、いいでしょ」


 いたずらな笑みを浮かべる妹に、私はため息をつくしかなかった。


 ――――。



 結局、私達は貰った一万リルで普段は買えない肉や魚、さらにスイーツを購入して帰宅。

 私達姉妹の誕生日以上のごちそうを、お父様とお母様、コルシャさん達使用人、家の全員で囲んだ。


 在庫の野菜が全て売れた上に、金色の鹿亭が今後も継続して当家と取引をしてくれることも決まり、この日、極貧男爵家はこれまでにない幸せな夜を過ごした。


 中トロはなかったけど、皆が楽しそうにしているのを見て私も嬉しい気持ちに。


 ソフィアとヴェルア、この二人の妹となら、この世界でも何とかやっていけるかもしれないと思った。


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