極貧貴族三姉妹に転生する。
まるで空を飛んでいるみたいだ。見回しても私の周りには何も……、いや、何かある。
二つの光の玉が宙を漂っている。それらは私に近寄ってくると目の前で停止した。星が瞬くように玉の一つが微かに点滅する。
「参りましたね。ここはいったいどこでしょう」
「うわ、喋った。……って、その声はもしかして、管理者?」
「はい、どういうわけかこのような光球になってしまいました」
「それ以前になぜ私の体から分離してるの。じゃあ、そっちの光の玉は」
もう一つの何だか邪悪な雰囲気の光に目を向けると、こちらも瞬きを返してきた。
「私よ、私」
やっぱり魔女だった。
私達は高校の教室で確かに消滅したはずなのに、それがどうしてこんな所でふわふわと浮かんでいるのか。単純に考えるならここは死後の世界、天国ということになるんだろうけど。
誰か説明してくれないかな。
再び周囲を見回しているとあの声が聞こえてきた。
『驚きました、やはり二つの独立した魂として存在しています。たまにいるのですよね、想像力が強すぎて創造してしまう人間が』
それってつまり、管理者と魔女にもきちんと魂があるってこと? そもそも魂なんてものが本当にあったとは。
とりあえず分からないことだらけだから、まずこの状況を説明してほしいかも。
私がこう思っているのが伝わったのか、謎の声は早速本題に入ってくれた。それは衝撃の事実から始まる。
『えーと、単刀直入に言いますと、あなた達は以前いた世界からは完全に消滅しました。私が消滅させました』
「やっぱりか! ひどいよ! まだ一か月前に高校生になったばかりなのに!」
「そうよ! 私なんて生まれたばかりだったんだから! 何の権利があってこんな横暴を!」
私と魔女が抗議をすると、途端に周りの気温が下がった気がした。謎の声も合わせて冷ややかに。
『お黙りなさい、神である私にはその権利があります。大体、能力を使って世界を支配しようなんて危険な思考が伝わってこなければ、ここまでの強行手段は取らなかったのです』
これに私と管理者は互いの視線を合わせる。それから二人でもう一つの魂の方に向き直った。
「「消されたの、魔女のせいじゃん(じゃないですか)」」
魔女の魂である光の玉はススーと後ずさり。
「ご、ごめん……。ほら、私、生まれたばかりだし……」
彼女にしては珍しく謝罪が入ったところで、管理者が私達を呼び集める。とり急ぎ作戦会議をすると言い出した。
「とにかくこれ以上あの自称神の機嫌を損ねてはなりません。下手をすれば魂すら消滅させられるかもしれませんし、この状態で留め置かれているのには理由があるはずです。態度を改めて今後のためにより良い条件を勝ち取らなければ」
結局、私達の中で一番しっかりしているのはやはり管理者だった。
もう魂だけの姿にされてしまった以上は後戻りできないし、彼女の言うように次の人生を素晴らしいものにしなくては。そのためならこの場は徹底的にへり下ろう。
全員の意見が一致すると私達は横一列に並んだ。
「「「神様、これまでのご無礼をお許しください」」」
『……先ほどの作戦会議も全て聞こえていましたし、私は自称ではなく自他共に認めるきちんとした神ですよ。まあ、あなた達をここに呼んだのも、つい一時の感情で消滅させてしまったことを悪く思っているからです。多少の希望を飲むこともやぶさかではありません』
……神様に一時の感情で消されるって、私、結構怖い世界に住んでいたんだな。ユウちゃん気をつけて、神様は気分屋だよ。
希望ってどこまでのことが通るんだろう、と思っていると神様は『さて』と言った。
『まずはあなた達が転生する世界を決めなければなりません。候補はいくつかあるのですが』
おーっと、ここに来て思いがけないチャンスが。これは私が読んでいたライトノベルのような世界に転生する絶好の機会なのでは?
よし、ものは試しだ、尋ねてみよう。
「前の世界の中世西洋のような世界はありませんか? あまり不便なのは困るので、魔法の力である程度は文明が進んでいる所がいいです。その世界の貴族の令嬢に転生させてください」
『結構条件を付けてきましたね……。元々魔法の存在は必須でしたが。そうでなければ、そちらの二人の思念体が持つ魔眼で好き勝手できてしまいますからね』
「え、二人の能力はそのままなんですか?」
『魂と不可分ですので。ああ、そうでした、その思念体達とはまた一つの体を共有する形でよろしいですか? それぞれに体を与えることもできますが』
神様の言葉に私達は時間が止まったように固まった。一瞬の間ののち、堰を切ったみたいに口々に。
「別々の体にしてください!」
「自分だけの体が欲しいです! これでついにおかしな人間の夢の管理者から解放されます!」
「私だけの体をください! やったわ、おバカな本体から自由になれる!」
……ちょっと二人共、どさくさに紛れて私に対してひどくない?
まあとにかく元の私一人の体に戻れるのはよかった。あれ……、でも、私から管理者と魔女が抜けたら、私には何の特殊能力もなくなるんじゃない? これから行くのは魔法のある世界だし、そこで無能力者って一人だけ不利だよね?
…………、……生まれる前から差をつけられてなるものか。
私は虚空を見上げて目を見開いた。
「神様! 私にも何か能力をください! 魔眼をください!」
『急に必死になりましたね……。分かりました、何かあげます。言っておきますが、各自魔眼があってもこれから赴く世界ではさほど有利ではありませんよ。人間以上の生物もいますし。三人で協力して生きていきなさい。一人が命を落とせば残り二人の命も尽きるのですから』
……人間以上の生物? ……そ、それより、一人が死ねば残り二人も死ぬってどういうこと……?
尋ね返すと神様はさも当たり前のように。
『あなた達は本来一つの魂なのです。当然でしょう。さあ、色々と希望を叶えてあげたのですからもう転生しなさい』
そう言われた直後、私達は揃って体がどこかに引っ張られる感覚に襲われる。どうやらもう強制的に転生させられるらしい。
「まさか体が別々になっても運命共同体だなんて……。でも、公爵家の令嬢ならそうそう危ない目にも遭わないだろうし大丈夫か」
私の呟きに神様の笑う声が聞こえた。
『そんなトップ貴族ではありませんよ。あなた達は魔眼という生まれながらの特典に恵まれるのですから、家柄はその分下げないと不公平になります。転生するのは貴族の最下級、男爵家の中でも底辺の家の令嬢です。もう平民より貧しいくらいですが、力を合わせて頑張ってください』
そんな、話が違うよ!
抗議する間もなく、私は二人の思念体と共に異世界へと引っ張られていった。
――――。
こうして私達は極貧男爵家(実質的にはほぼ農家)の三つ子の姉妹として生を授かる。
私は長女アメリアとして、管理者は次女ソフィアとして、魔女は三女ヴェルアとして、新たな世界で人生を始めることになった。