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「愛するこの世界のために消えてもらいます」と言われましても……。


 どういうわけか私の中には二人の思念体がいて、私は彼女達と一緒に日常生活を送ることになった。

 これは多重人格者というやつになってしまったってことなのかな……。病院に行った方がいいのかも……。


 誰かに相談するのも怖いし、傍目からは何の変哲もないので、とりあえず病院ではなくいつも通り高校に行くことにした。

 思念体との共同生活で何が大変かって、頭の中がとにかくうるさいことだ。

 呼び名がないと不便なので、私の夢の管理者だという方をそのまま管理者、魔眼を使う過激な方を魔女と呼ぶことに決める。

 それで、どっちが厄介かといえば、断然魔女の方だった。まだ生まれたてで外の世界が珍しいらしく、あちこちに興味を示しては本当によく喋る。


(電車ってすごいわねー、あんなに大勢を一気に運べるなんて。馬車でのろのろ移動していた自分がバカみたいだわ。あんた、夢に電車出しなさいよ)


 うるさいな、お城の前を電車が走ってたら雰囲気ぶち壊しでしょ……。


 ……こんな感じで、頭の中で喋り続けている。

 ちょっと魔女、少しは管理者を見習って大人しくしていてよ。


(なによ、あまり私を適当に扱わない方がいいわよ。私の洗脳の魔眼はこの現実世界でもかなり役に立ちそうじゃない。そんなしがない夢の番人なんかより遥かに私を敬うべきだわ)


 魔女のこの発言に対し、管理者がややムッとしたのが伝わってきた。私の中で喧嘩とかやめてよ……。


(夢の番人である私にしかできないこともありますよ。いいでしょう、見せてあげます)


 え、見せてあげますって……、いったい何をするつもり?


 ちなみに、現在私はうるさい同居人達に苛まれながらも高校に到着し、一年生の自分の教室にいた。

 目の前にはこの春新たに友達になったユウちゃんがいて、二人で始業前のお喋りに花を咲かせ中だった。内部の思念体達に意識を削がれているから、結構話半分だけど……。

 お喋りの最中、突然ユウちゃんがぎょっとした表情に変わる。


「ね、ねえ、あんた、目がなんか青く光ってるわよ……」

「嘘、青く? 赤色じゃなくて?」

「青でも赤でも光ってること自体が問題でしょ! ……保健室に行く?」

「待って、自分でも確認するから」


 と鏡を探して机横の鞄を漁っていると、頭の中に管理者の声が響いた。


(ご心配なく、これは私の能力によるものです)


 能力って、どんなの?


(夢は記憶が基になって形作られ、私にはそこにアクセスする権限があります。本来なら自分の宿主の記憶に限定されますが、今の私は通常の管理者以上の思念体。他者の記憶を覗くことも可能です)


 他者ってまさか、ユウちゃんの記憶にアクセスしたってこと?


(はい、彼女は目玉焼きには醤油派なのですが、今朝は間違えてソースをかけてしまっています。しかし、意外とソースも美味しいかも、と思ったようですね)

(またどうでもいい情報を引き出したわね……)


 魔女が呆れたように呟いていた。

 まあ確かにどうでもいい情報だけど、確認しないわけにはいかないよね。


 私はまだ心配そうな顔をしているユウちゃんの方に向き直る。


「ユウちゃん今朝、目玉焼きに醤油と間違えてソースかけた? それで、こっちも意外と美味しいかもって思った?」

「どうして知ってるの! しばらくソース派に転向しようかと考えていたところよ!」


 おお、管理者は本当にユウちゃんの記憶を覗いたみたいだ。

 魔女だけじゃなく管理者までこんな力を持っていたなんて。二人共、どうして本体である私にはない超能力を備えているんだろう……。

 いや、それより私(達)、現実世界でこんな超能力が使えたらやばくない?


 内部で私の言葉に反応して魔女が微笑むのが分かった。


(素晴らしいことじゃないの。管理者、ちょっと本体の記憶からこの世界のことを学習したいからアクセス権を頂戴)

(世界について知るのは必要なことですし、まあいいでしょう)


 あ、勝手に! ……私、プライバシーゼロだな。魔女がそれで静かにしてくれるなら別にいいか。もうすぐ授業も始まるし。



 やがて始業のチャイムが鳴り、一限目の担任教師による古文の授業が開始された。

 目論見通り、魔女は静かに私の記憶を見続けていた。最初の十五分だけは。その時間が経過した頃、不意に彼女はぽつりと。


(つまらないわね、もう終わらせましょ)


 魔女は私の目を使って洗脳の魔眼を発動。ターゲットは黒板の前で一生懸命もののあわれを説いていた担任教師だった。


(後は自習にしなさい。はい、お疲れさま)

「……皆さん、後は自習に、します。お疲れさま、でした……」


 担任教師は虚ろな表情で教室を出ていった。クラスメイト達は全員で呆然とそれを見送る。


 ちょっと魔女! 何やってんの!


(実験をしてみたのよ)


 実験って……?


(私の魔眼がこの世界の人間にどれだけ効くか試したの。思った通り、効果は抜群。魔法が存在しないここの人達は抵抗力が全くないのね。管理者、あんたもさっき魔眼を使った時に感じたでしょ?)

(……確かに、すんなり記憶にアクセスできましたが)


 そりゃ皆、魔法なんて使えないからね。でも、魔眼がよく効くからどうだっての?


(おバカな本体ね。私達はこの世界でやりたい放題だと言っているのよ。誰の記憶でも覗けて、誰でも自在に操れるんだから。お金はいくらでも手に入るし、望むなら総理大臣にも大統領にもなれるわ。私達は世界を支配できる!)


 私の頭の中に魔女の高笑いが響き渡る。


 ……世界を支配とか、途方もないことを。けど実際、これだけの能力があれば本当に何でも可能な気がする。この先の私の人生は薔薇色だ。

 なんて、安易に捉えられない……。

 一人の人間がこんな力を持っていて大丈夫なの? なんかまずいんじゃない?



『まったくその通りです。あなたは危険人物ですので、愛するこの世界のために消えてもらいます』



 その声は管理者のものでも魔女のものでもなく、なのに私の頭の中に直接聞こえてきた。

 次の瞬間、私の体全体が眩い光を放ちはじめる。


 授業が自習になったことでユウちゃんが私の席にお喋りに来ていた。彼女は驚きの声を上げる。


「目どころか今度は全身が光ってる! あんたもう何なの!」

「私にも分からないよ!」


 光り輝く私を見てクラスメイト達も騒然となった。揃って私から距離を取る。

 傷つく暇もなく、次なる異変が起こった。


 私の体の端から、蒸発するように肉体が光の粒子となって消滅していく。


 ななななな何だってー! 全然痛くないけどめちゃくちゃ怖いっ!


 ……いや、現実にこんなことが起こるはずない。そうか、これは夢だ。私はまだ家のベッドで寝ているに違いない。

 そう自分に言い聞かせるも、無情な声が頭の中に。


(夢の管理者である私が断言します。これは現実です)


 聞きたくなかったよ! どうしてそんなに冷静なの!

 続いて魔女がため息をつくのも伝わってきた。


(やだもう、これで消えるの何度目かしら)


 くっ、慣れたものだな!


 こうしている間にも、私の体はすでに半分以上が光に変わっていた。どうすることもできず、結局私にできるのは見苦しくあがくことだけだった。


「いや――――っ! 消えたくない――――っ!」


 断末魔を残して私は教室から、いや、この世界から消滅した。


 ――――。





 気がつけば、私は周囲に何もない空間にふわふわと浮かんでいた。


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