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婚約者が「愛する人のために消えてくれ」と言ってきましたが……、消えるのはあなた方でしたね。2


 王子との婚儀を一か月後に控え、私の心にはようやく平穏が訪れていた。


 この異世界の公爵家令嬢に転生して幼い頃に王子の婚約者となったものの、ここまでの道のりは平坦じゃなかった。

 様々な障害があったけど、やっぱり一番大変だったのはあれかな。男爵家令嬢の特異能力によって王子が洗脳されてしまった一件……。

 ……あの時は本当に大変だった。


「王子様、私に『君には消えてもらう』とか仰っていたんですよ」

「……すまない、全く覚えてないんだ。だが、君が頑張って解呪してくれたおかげで俺は正気を取り戻せた。感謝してもしきれない」


 お城の広間にて、来月の結婚式の打ち合わせをしながら私と王子はそう笑い合った。

 かつての異常事態も今となっては笑い話になっている。


「おーっと、人の苦労を笑い話にされては困るわ」


 そう言ってカツカツと靴音をたてて入ってきたのはあの男爵家令嬢だった。

 彼女がこの場にいることが信じられない私は声を上げる。


「あなたは捕まって牢獄に入れられたはず!」

「あんなものは造作もなく脱出できるわ。こうやって近くにいる者を洗脳してね!」


 男爵家令嬢の目がピカッと赤く光ると、途端に王子の体が禍々しいオーラに包まれる。


「ぐあーっ! もうやめてくれー!」


 邪悪な意思に抗うように苦しみ出す王子。

 私は携帯していた聖水の小瓶を取り出し、彼の顔にバシャッとかけた。こんなこともあろうかと前に使った解呪の聖水を持ち歩いていたんだよ!


 シュー……。


 王子は全身から煙を上げて床に横たわっていた。

 その様子を眺めながら男爵家令嬢は微笑みを浮かべる。


「あなたもさすがに少しは学習しているということかしらね。だけど、今回はそんな王子様なんてどうでもいいのよ、実は」


 私に視線を移してきた彼女はそのまま人差し指を突きつけてきた。


「ど、どういうことなの?」

「私はあなたになりたい、ってこと」

「え、だから、王子様の婚約者になりたいんでしょ?」

「違うわ、仮想のあなたじゃなくて本当のあなたになり代わりたいの」


 ……この人はいったい何を言っているの? ……仮想の私?

 意味が分からず固まっている私を見て男爵家令嬢はさらに言葉を続ける。


「前回、光の粒子にされた私はこの世界の理を知り、そして考えたわ。どうすればあなたに、いいえ、あなた達に勝てるか」


 彼女が話し終えた直後、不意に私の目の前に真っ黒な服を着た少女が現れた。

 少女は出てくるなり勢いよくこちらに振り返る。


「緊急事態なので自ら来ました! 今回は上手くいっていると見守っていたらとんでもないものを生み出してくれましたね!」

「私と同じ顔! あなた誰! 私が生み出したって言われても全然わけが分からない!」

「面倒ですね、記憶だけ目覚めさせます!」


 同じ顔をした黒服の少女が私の目を見つめた瞬間、頭の中に膨大な情報が流れこんできて私は全てを理解した。


 ……ここは、私の夢の中だ。

 じゃあ、黒服のこの子は私の夢の管理者的な?(なぜだろう、初めて会った気がしない)

 それよりあの男爵家令嬢、夢の登場人物なのに大変なことを言ってなかった……? 本当の私になり代わるってことは、現実世界の私を乗っ取るってことでしょ……?


「かかかか管理者! あの女は私の人格を乗っ取るつもりだ! 何とかして!」

「だから、緊急事態だと言ったでしょう……。あれほど強力な思念体を生み出すなんて、あなたどこにエネルギーを使っているんですか」


 慌てふためく私と呆れ返る私、二人の私で向かい合う奇妙な図になっていた。

 とか悠長に考えてる場合じゃない! あんな悪女が表に出たら……。


「絶対に犯罪者になる! 法律とか平気で破りそう!」

「まあそうでしょうが、案外発覚しないように上手にやるかもしれませんよ? 彼女には良心の欠片もないので躊躇いもなさそうですし」

「そんな怪物みたいな人間になるのは嫌! ……ちょっと待って、これは私の夢なんだからまとめて消しちゃえばいいんじゃないの?」


 私の発した言葉に、男爵家令嬢はひょいと背後に跳び退いた。微笑みを浮かべたままの彼女の体が次第に大きくなっていく。


「どうすればあなた達に勝てるか考えたと言ったでしょ。前回あなた、私の正体は魔物かも、と思ったわよね? その案、採用させてもらったわ!」


 男爵家令嬢の姿は、高い広間の天井に頭がつくほどの巨大なドラゴンに変わっていた。

 こんなラスボスみたいな真の姿は想像してない!


 でも所詮は夢の中の出来事だから管理者なら何とかできるんだよね!

 助けを求める私の視線を受けて、黒服の少女は片手をかざした。

 次の瞬間、周囲にある全てのものが光の粒子へと変わっていく。広間の壁も床も、そして倒れている王子も。彼は最期にくるりとこちらを向いた。


「……もう少し、まともな夢を見てくれ」


 …………、ごめんなさい。……夢の登場人物から苦情を言われる私って。


 やがて周りには何もない空間が広がっていた。存在しているのは私と管理者、と目を背けても視界に入ってしまう大きなドラゴンだけ。


「消えてない! ドラゴン消えてないよ!」

「やはりあの思念体はもはや私と同格。私の力で消滅させるのは不可能です」


 冷静な黒服の少女の分析に私は愕然とする。

 すると、かつて男爵家令嬢だったドラゴンから勝ち誇ったような高笑いが。


「消えるのはあなた達の方よ! 食らいなさい!」


 ドラゴンが口を開くと、そこから眩い光線が発射された。

 まるで某ゲームの最強召喚獣の破壊砲だ! 消し飛ぶーっ!

 しかし、黒服の少女は手を前に出して光線を易々とガード。


「同格なのでそう簡単にはやられません」

「ああ、そっか……。けど、同じ強さならどうやってあれを倒すの?」


 尋ねると管理者はしばし考えに耽る。程なくその眼差しをまっすぐ私に向けてきた。


「こちらがより上位の存在になればいいのです」

「そんなのになれるの? だったら早くなって!」

「はい、では」


 言うが早く黒服の少女は私に向かって足を進める。ぶつかる! と思った瞬間、彼女はスーッと私の中に入っていった。時を置かずに、公爵家令嬢らしいドレスを着ていた私の服装が真っ黒なものに変化。


 ……なるほど、本体である私自身が夢に干渉できる管理者の力を持てばいいのか。


 同じ顔の二人が一つになったのを見てドラゴンはたじろぐ。


「消えるのは、やっぱりあなたの方だったね」


 私がさっと手を払うと巨竜の体は端から光の粒子になっていく。


「ちくしょ――――! あと一歩で全てが手に入ったものを――――!」


 断末魔を残して恐ろしい企みを持っていた夢の怪物は消滅した。


 ……はぁ、本当に一時はどうなるかと思ったよ。

 管理者の力が得られてよかった。


 おや、もしかして今の私は見たい夢を好きに見られるのでは?

 ……やっぱり、まずはあの人だよね。きちんと謝らないと。


 私の目の前に光が集まり出す。すぐにそれは人の形になった。


「王子様、これまでごめんなさい。……きっと私、何度もあなたを大変な目に遭わせたんでしょうね」

「ああ、今月だけでもう九度目だ」

「……本当にごめんなさい」


 頭を下げる私に対し、王子はくすりと微笑んだ。


「現実の君は何歳なんだい?」

「十五歳です」

「恋愛の経験は?」

「う……、ないです」


 いたたまれずに視線を逸らす私の頭を、彼はふわりと撫でてきた。


「おそらく君はこれから色々な出会いを経験する。夢の世界もどんどん変化していくだろう。俺はそれを楽しみにしているよ」


 王子はもう一度微笑んだ後に光の風となって私の前から去っていった。


 ……夢の登場人物にすごく大人の対応をされてしまった。でも、気分は悪くない。

 ありがとう、私の王子。


 さて、あと見たい(叶えたい)夢といえば、普段はなかなかできないこととかかな。

 たとえば食べたい物を自在に出せたり……。

 手を伸ばすとそこにパック詰めされた中トロの切り身がポンッと現れた。おお、出た。わーい、中トロだ。

 いっそお寿司屋さんごと召喚しようかと思っていると、私の中から黒服の少女が出てきた。


「あまり思い通りの夢ばかり見ていると精神に変調をきたしますよ。今回はあくまでも緊急の措置です。王子は許容しましたが、中トロはいけません。あなたはもう目を覚ましてください」


 そんな、せめて中トロを一口だけでもー……。

 願いは聞き届けられず、無情にも私の意識は遠のいていった。


 ――――。



 目覚ましの音で私はベッドから体を起こした。ぼんやりした頭のまま部屋の窓に向かって歩く。


「なんか、無性に中トロが食べたい……」


 何か夢を見た気がするけど、その思いしか覚えていなかった。


 カーテンを開けると朝日が目に飛びこんできた。

 ……うぅ、眩しい、太陽が憎い。学校、行くの面倒だな。

 いつもと変わらない風景を眺めながら思わずため息をついていた。


(ふーん、これが外の世界なのね)


 ……え。

 今、耳の奥から誰かの声が……。


(すみません、この人、そもそも光の粒子になっても生き延びるしぶとさなので消滅させるのは無理なようです。同居人として認めてあげてください。私も管理者としてこれから一緒に監視していくので、共に頑張りましょう)


 ま、また別の人の声が頭の中に! どうなってるの!


(そういうわけだからよろしくね。もう運命共同体だし、私の洗脳の魔眼も使わせてあげるわよ)


 え? え?

 ちょ! 私の眼がなんか赤くギラギラ光ってる!


お読みいただき、有難うございました。

一応本編はここまでになります。


せっかくなのでこの女子高生(と思念体二人)を本当に転生させてみようかと。

よろしければ、この先もどうぞ。

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