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婚約者が「愛する人のために消えてくれ」と言ってきましたが……、消えるのはあなた方でしたね。


 お城の広間で王子は婚約者であるはずの私に冷たい眼差しを向けてきていた。


「君との婚約は破棄する」

「そ、そんな、どうしてですか……!」


 私からの問いには答えず、彼はそのまま押し黙ってしまった。

 異世界から公爵家の次女に転生した私は、幼い頃からこの王子の許嫁とされ、やがては婚姻を結ぶことになっていた。それがどうしてこんな事態に……。


 王子が依然として黙ったままでいると横から一人の女性が。彼女は笑みを浮かべて私の前まで歩いてきた。


「理解しなさい、あなたはふられたのよ。家の力と許嫁という立場の上にあぐらをかいていた罰ね」


 彼女の顔には見覚えがある。確か、平民から男爵家の養女になった令嬢だ。いつもニコニコ笑顔で誰に対しても親切な印象があったけど……。今日は何だか雰囲気が違う……。

 男爵令嬢はさらに言葉を続けた。


「いつもと雰囲気が違うから驚いているのかしら? ふふ、王子様の愛を手に入れたからもう愛想を振りまく必要がなくなっただけよ」


 じゃ、じゃあ、私は彼女に王子を奪われたってこと……? それで本性を現したのか。

 ちょっと待って、思いっ切り王子もこっちを見てるけど。


「王子様! この女、本性を現してますよ! こんな腹黒でいいんですか!」

「俺は、そんな腹黒で性悪なところも含めて彼女を愛してしまったんだ」


 そんなバカな……。

 私が呆然としていると、男爵令嬢は王子の肩にポンと手を乗せる。


「王子様、邪魔者の彼女にはもう死んでもらいましょうよ」


 なななな何てこと言うの! この女!


「そうだな、君の言う通りにする。彼女には消えてもらおう」


 王子! その女から精神支配でも受けているのか!

 私が何か反論するより先に男爵令嬢は指をパチンと鳴らす。すると、大勢の騎士達が広間になだれこんできた。全員で私に向かって剣を抜く。

 こっちは武器も持ってない女性一人なのに……、多勢に無勢すぎ……。


 騎士達の真ん中に移動した男爵令嬢は、そこで再び微笑みを浮かべた。


「あなたの家はかなり力を持っていて公に婚約を破棄するのは難しいのよ。だから、ここで『事故死』してもらうわ」


 ……この女、性悪どころかもう極悪だ……。

 最後の望みにすがる思いで私は王子に視線を向ける。


「長い間あなたと共にいた私をこんな風に……、あんまりです!」

「悪く思うな、愛する人のために消えてくれ」


 やっぱりダメだこの王子!

 ……最悪だ、転生して幸せな人生が待ってると思っていたのに。こんな最期を迎えるなんてひどすぎる……。


「では、もう全てを終わらせますか?」


 え……?


 先ほどの言葉を発した人物は私達のいる広間に不意に現れた。真っ黒な服を身に纏った少女で、なんと私とそっくりの顔をしている。

 なぜか分からないけど、私には彼女の申し出が唯一の救いのように思えた。

 自然と言葉が口から出て来る。


「全てを……、終わらせます……」

「承知しました」


 黒服の少女はそう言ってサッと手を掲げた。

 次の瞬間、異変はすぐに目の前で起こった。周囲にあるあらゆるものが光の粒子に変わっていく。壁も床も、剣を構える騎士達も、そして男爵令嬢も。


「ぎぃやぁぁー! あと少しだったのにー!」


 この世のものとは思えない叫び声を上げて男爵令嬢は光の泡になった。……あの人、正体は魔物とかだったんじゃないの?

 もちろん王子も消えゆく運命にあった。


「ああ、やっとこの呪縛から解放される……」


 彼は安堵したような微笑みを湛えながら消えていった。どうやら本当に操られていた模様。


 全てが光と化し、何もなくなった空間に私と黒服の少女だけが浮かんでいた。

 ……改めて見るとこの子、本当に鏡に映したように私とそっくりだ。助けてもらったからお礼を言わなきゃいけないんだけど、自分に言うみたいで変な気分だね。


「あの、ありがとうございました」

「これが仕事ですので。ただ、一言だけよろしいでしょうか」

「何でしょう?」

「あなたは覚えてないでしょうが、これで今月八度目の出動です。はっきり言って、あなたは影響を受けすぎなんですよ」

「どういうことですか……?」

「もう時間なので行きます。……まったく、近頃のものは過激でまいりますね」


 愚痴りながら私と同じ顔をした少女は消えていった。

 全くわけが分からないまま私もどこかに引っ張られる感覚に襲われる。それと同時に、意識も遠のいていくのを感じた。



 ――――。

 目覚ましの音で私は弾かれるように体を起こした。しかし、まだ頭はぼんやりしていて枕の上に再び戻る。


「……なんか、ひどい夢を見た気がするけど……、全然覚えてない」


 誰かからお説教される夢だったような……、と考えていて頭にゴツゴツと何かが当たっているのに気付く。手に取ってみると昨晩遅くまで読んでいたライトノベルだった。

 異世界の高貴な身分に転生した主人公が婚約者から命を狙われるというストーリーだ。


「この王子、絶対にマインドコントロールされてると思う。豹変ぶりがありえないし。でも、面白くってやめられないんだよね」


 すごく怖いけど、一度くらいならこういう経験をしてみたい、かも?


(ですから、一度どころかもう今月だけで八度目なんですって。毎回救出にいくこっちの身にもなってください。どうしてそんなに感化されやすいんですか……。……はぁ、大変な人の夢の管理人になったものです)


 ……ん? 何か聞こえたような……?


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