異端者とは真実を知る者 【岸本視点】
主人公の桜木からヒロインの岸本へ視点を変えようと思います。
Cブロック。2日目。12時16分。
神とは何か?
私はふと疑問に思った。
―――――いや、違うな。そんな、アニミズム的な象徴による発想によって生み出されるものではない。言い換えるとすれば―――――。
―――――この世界の中の異端者は誰か?
今私達の世界はあらゆる外界からシャットダウンされている。食料や飲料水、生活用品の不足こそないが、外部とのコミュニケーションは皆無だ。携帯電話は勿論パソコンやテレビ、新聞などの情報ソースもない。何も分らない。すべてが未知数だ。それに加えて、私達の精神状態は最悪。衛生管理はほぼ完璧だが、いかんせんここには何もない。揺るがない母なる大地や、広がり続ける空。何もない。あるのは虚無感と疎外感。
辺りを見渡す。そこには三十二個のリクライニングシート。そのほとんどが生徒に使用され、電脳世界へと旅立つ道具と化している。その中で唯一私を含めた四人だけが、リクライニングシートを利用していない。
杉下和馬、佐久間百合、桜木鼓太郎、そして、私――――岸本睡蓮。この四人だ。
この部屋に取り付けてある時計を信じるとすれば、今は昼ごろの午後一時。昼御飯の時間だ。しかし、あまり食欲はない。アンノウンなこの状態に思考回路が混乱したからだと思う。
閑話休題。話を戻そう。
―――――確か、私はこの世界の異端者は誰か? と、問たはずだ。
その答えは簡単。
私だ。
私は見つけてしまったのだ。このCブロックから脱出するための経路を。
単純な話だ。ファンを探せばいいだけのことだ。明らかにこの空間の設備は整いすぎている。しかしことにみんなは気が付かなかった。いや、気が付けない程、精神が疲弊しているのだろう。
私はこの部屋の中で一番初めに目を覚ました。パニックに陥る脳に喝を入れ、脳内をメリーゴーランドの如く回転させる。
その結果、導き出された結論がファンを探すことだ。
私はすぐさま、ファンを探した。そして、見つけたのだ。あの扉を。
初め、デジタル表記の150000という数字の意味が全く分からず、開けることすらできないことに戦々恐々し、恐怖したが、Fカードが配られたあと、その疑問はすぐさま解決した。
一見ただの食料引き換え券のようなものだったFカードには、隠された能力があることを知ったのだ。このFカードはいわば、通行手形。ある一定の料金(つまり、150000円)が溜まれば、間違いなく外に出ることができる。
できれば、一度このFカードをあの扉に通してみたかったのだが、いかんせん常に誰かが起きていてままならなかった。それに私自身もうとうとしてしまって、ぐっすりと寝てしまった。
とはいえ流れは私の方にある。それだけは確実だ。もしかしたら私以外の誰かがファンに潜り込んで真相を知った者もいるかもしれないがそれはない。こんな不可解な状況で冷静に頭を働かせることができるはずがない。
ただ―――――不安要素はある。
それは桜木鼓太郎だ。彼は非常に頭が切れる。決して、油断していい相手ではない。しかし、もし、彼もまたこの世界の異端者であるとしたら……私はどうすればいいのだろうか。
「岸本」
前方から鋭い声。具現化したらそのまま磨製石器として効果を発揮しそうな研磨された音声。
「……何? 桜木君?」
私は静かに答えた。かすかに心拍数が上昇したような気がする。
「ちょっと、話がある」
だから、耳を貸して、と、彼は手招きしながら言った。
私はなんだろうと思いながら、体を傾ける。
耳元に彼の吐息がわずかに吹き込む。心臓が熱い物で絞めつけられたような感触。しかし、私は平静を装う。
時を飴のように延ばしたような、緩慢な時間が流れる。
彼は息を顰めて言った。
「もし、ここから脱出する方法があるとしたら――――どうする?」