無意味な日常 【桜木視点】
Cブロック。2日目。11時41分。
俺はウィダーインゼリーと似た形状をした物を食べていた。溶けるように、喉元を通過する。
俺の目には、虚空が移っていた。
物体や人間はあくまで背景でしかない。空間そのものを見つめる。
写真の中から切り取ったような光景。
みんな細々と食べ物を摂取する。食事そのものが、機械化されたようだった。
事務的に水を飲み干す。他にやることもない。必然的にリクライニングシートに横たわる。ぎー、という擬音語とともに、すっぽりと黒塗りのヘルメットが被さる。
なんとも無気力な生活だった。
わずか一日でみんなの勢いは沈静化された。時折杉下と佐久間が必死に呼びかけるも、無視。ぐったりとリクライニングシートにもたれこみ現実から目を背ける。疎外感と孤独際に苛まれた二人は黙って、その場を離れる。
今現在リクライニングシートを使用していないのは、俺と岸本、杉下と佐久間、それとシャワーを浴びる女子生徒が数名―――――くらいなものだった。
杉下と佐久間はその状況の打開策を考え、岸本は仏長面でそれを見つめる。三人とも表情は険しかった。南アフリカの先住民に拉致されたような顔だった。
俺と言えば体内に栄養を調達していた。呑気に欠伸して、水をがぶ飲みする。
ディスプレイの横には、奈落のように深いダストシュートがあって、そこにゴミをほおればいいという算段である。一応ダストシュートの中を調べようとしたのだが、とてもじゃないが人一人入る大きさではなかったので諦めた。それに、そんな簡単なところに脱出経路が用意されているとは思いずらい。
俺は中身が空になったペットボトルとゼリー容器をダストシュートに投げ込んだ。
音はしない。
それはこのダストシュートの底が果てしないことを物語っていた。富士山の上空から何か物を落としたような感覚だった。
「これから、どうなるんだ、俺たちは……」
杉下が深淵の底から呻く怪物のような、低い声で言った。
みんながこの状況に絶望し、希望はおろか未来まで失う虚無的な生活。
それは杉下が危惧していた事だった。
それがまさに今現実に起こった。
それはこの国の消滅を意味していた。親鳥を失った雛が乱数的に逃げ回る様に、2-3組の秩序は瓦解した。
もはや、修復不可能な領域に達していた。我々2-3組はわずか一日で完全に内部崩壊した。神経が鈍磨しているのか、乗客を乗せた飛行機が空中分解するほうが、はるかに良心的に思えてきた。
「破綻したな。俺達」
辺りを見渡しながら、ぼそっと呟くように言った。
「まだ、破綻なんかしてない!」
それに過剰反応して、佐久間が断殺魔のような悲鳴を上げる。
この中で唯一、脱出方法を知っている、優越感からか、
「なら、言い方を変えようか。俺たちはこの密室から脱出できない」
心の中では、前言を否定しながらも、俺は言った。
脳髄に漏れるアルカナティックな扉。八時間前に訪れた本当のエデンへと続く階段だ。
「まだ分からないわ!」
と口にしたところで何も変わるわけがない。佐久間は唇をかむ。
「おい、やめろよ桜木も百合も。争ったところでどうにもならないだろ」
だった。
俺は首をすくめた。おどけた道化師とでも言おうか。俺は舞台から身を引いた。
対する佐久間も憮然とした態度を崩さず、杉下のところに駆け寄った。
胸にかすかな罪悪感を感じながらも、地べたに座った。
Cブロック。2日目。12時5分。
配給の時間になってもみんなは起きなかった。食欲や、食べる気力がないのかもしれない。
さっき、シャワーを浴びていた女子生徒も、逃げるようにしてリクライニングシートに潜り込んだ。
俺は手元のFカードを見る。
そこには、9000という数字。
さっきの配給で食料や水で支払った千円分が差し引かれた結果がこれだ。
この調子だと外へと続がる扉にはあと、十五回の供給を受け取れば、目標の金額に達することができる。
つまり、残り八日でここから抜け出すことができるわけだ。
自分を現実から遠ざけ、真実を見極めようとしない連中を見て、俺はほくそ笑む。
しかし俺とてこんな生活は苦痛でしかない。できれば早く終わらせたというのが本音だ。
俺は脳内のシナプスを高速回転させ、膨大な演算式を展開、最良の選択肢を考案しようと試みる。
見落としてる点はないか。
利用できそうなものはないか。
他に判明されていないところはないか。
「……まてよ」
俺は、あの扉の取った形態を思い起こす。
あれは、一度Fカードを通し、Fカードに全額を落とすというシステムだ。
つまり、あれは二つ以上のFカードを通すことも可能であるといえる。
だとしたら、仮に俺以外の人間が蓄えのある状態でFカードをあの扉に通したとき、どうなる?
―――――その人間のFカードの残金は0となり、その分の料金が扉に差し引かれる。
俺は自分が間違った行動をとっていることを悟った。
俺は今まで、自分だけでこのCブロックを脱出することを前提に動いていた。
それは自分一人で宝を独り占めしたい的な感情の起伏だ。
何とも、浅はかな思慮だったと後悔。
サッカーで個人プレイに走ることが、いかに愚行であるか。それがなんとなく分かった気がする。
このCブロックを脱出することに何も単独行動に走るメリットはあまりない。むしろ協力した方がはるかに効率的だ。
見つけてしまったのだ。いち早くここから抜け出す攻略法を。
次なる桜木の秘策。狡猾かつ合理的なものにするつもりです。